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第十三話




 夕食後は、自室に戻って休むだけとなる。蒼汰もそのつもりで、部屋に戻った。

 だが、そこでネリーが呼び止める。

「蒼汰様。実は蒼汰様だけは、この後に特別訓練の予定が組まれているのです」

 初耳であり、蒼汰は眉を顰める。


「すみません、決まったのは今日の訓練の後のことだったのです。蒼汰様の能力を活かすためには、専用の特殊訓練が必要である、という判断になりましたので。その訓練が、これからあるのです」

「……わかったよ、行けばいいんだろ」

 ふてくされるような態度を取りながらも、蒼汰には期待する気持ちもあった。この訓練を通して、少しでも力をつけることが出来れば。少なくとも、今より立場が悪くなることは無いだろう。


「それでは、時間になりましたら呼びに参ります」

 そうして、ネリーは部屋を後にした。取り残された蒼汰は、ベッドに寝転がったまま呆然と天井を見上げる。

 思えば、随分と奇妙な境遇に置かれたものだ、と考える。異世界への召喚。火傷耐性という不遇な能力。そしてクラスメイトとの対立。

 望む望まないに関わらず、状況は動いている。ただ、それが全て悪いもののようには思えなかった。


 辟易していた、と言えばよいだろうか。蒼汰は、とにかく現実が、召喚される前の日々が、言いようもなく窮屈だった。

 自分の存在を、誰もが否定している。何もかもが自分の敵であるような、そんな気がしていた。

 しかし――この世界は、そうではない。思えば過酷な訓練でさえ、気分としては悪くないものだった。無能と断じてくれるのは、蒼汰には嬉しいことだった。見下すでもなく、無能にふさわしい境遇で迎え入れてくれた。そう感じられるからこそ、辛い訓練をこなすことが出来た。


 現代日本での自分はどうだっただろうか。いつも期待に応えることを求められた。昔の自分を要求された。そんな要求を突っぱねれば、自分だけが悪いように誰もが見下してきた。どうしようもない奴だと否定された。君の味方だ、と自称する教師も居たが、誰もが蒼汰に生まれ変わることを求めた。人に優しく、よく学び、礼儀正しい。そんな赤の他人のような存在になれと、誰もが要求した。

 自分は違うのだ。そうじゃないんだ、とどれだけ言ったところで、理解されることは無かった。


 期待されず、ただ静かに課題を与えられる。このなんと心地よいことか。

 蒼汰は、すっかり現代日本へ帰りたいという気持ちを失くしていた。


 ――そのような考えを巡らせていたところで、部屋にノックの音が響く。

「蒼汰様。訓練のお時間です」

 ネリーの呼び掛け。どうやら、休息の時間は終わりらしかった。

「今行く」

 ベッドから起き上がり、ドアを開く蒼汰。

「それでは、ご案内いたします」


 ネリーの先導に従い、進んでいく蒼汰。訓練の疲れもあってか、廊下に出ているクラスメイトは一人も居ない。誰もが今頃は、眠りについているのだろう。

 そう考えながら歩いていたところで、ちょうど人とすれ違う。

「――おい、待てよ」

 すれ違いざま、呼び止めてきたのは剣城拓海であった。


 不良生徒という意味では、蒼汰と拓海は同類である。だが、学校でつるんだことは一度も無く、会話もほとんど交わしたことが無かった。

 そんな拓海に呼び止められ、蒼汰は訝しみながら立ち止まる。

「何だよ」

「テメェ、幸次郎の野郎に食って掛かったんだってな?」

 面白いものでも見つけたかのように、拓海はニヤつきながら訊いた。


「だったら何だよ。悪いか?」

「いや。悪かねぇよ」

 拓海は、僅かに嬉しそうな声を滲ませて言う。

「おもしれぇじゃねぇか、お前。悪くねぇよ、ホント」

 言って、蒼汰の肩をポンと叩く拓海。そして、そのまま離れていく。


 どういうつもりなのか。蒼汰は意図を測りかねていた。だが、少なくとも他のクラスメイトとは違い、敵対的な態度でないことだけは分かった。

「……蒼汰様。そろそろ」

 蒼汰に合わせ、足を止めていたネリーが口を開く。

「ああ、悪い」

 蒼汰が応えると、再びネリーが歩き出す。それに付いて、蒼汰も進む。


 歩きながら、考える。剣城拓海が、わざわざ自分に声を掛けた意味を。単なるその場限りの興味なのか。それとも同類を見つけた親近感からなのか。

 答えは出ない。だが、つい思考を巡らせてしまう。場合によっては、クラスメイトの中で唯一協力的な立場の人間なのかもしれない。と、考えてしまう。

 そんな結果の出ない思考は、ネリーの案内が終わるまで続いた。

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