第十二話
ネリーから詳しい話を聞いたあとは、案内された個室で休息をとった蒼汰。その日は以後やることもなく、そのまま就寝。翌日となった。
起床後はネリーが朝食を運んできて、そのまま勇者としての訓練についての説明を受けた。朝食後、訓練場にて初日の訓練が開始される。そこで蒼汰ら勇者の具体的な指導方針が決まっていく、とのこと。
正味な話、蒼汰は気が気でなかった。自分のステータスは勇者としてあまりにも低い。ネリーから問題ないと保証されたとしても、それで全ての問題が解決するわけではない。
単純な想像だけでも、訓練の激化やクラスメイトからの迫害というリスクが考えられた。
元々、蒼汰はクラスメイトに快く思われていない。その状況で弱者に甘んじることは、そのままこれまでの嫌悪感が爆発する可能性も示唆する。かといって、努力で埋められないほどの力の差があるのも明白。それだけの力を勇者という存在が持っているからこそ、この世界の人間は勇者召喚という選択をしたのだから。
クラスメイトから嫌われるだけならば問題は無い。これまでも、蒼汰は嫌われていた。だが、この世界で日本での道徳観が通用し続けるとは、蒼汰には思えなかった。故に、直接的な嫌がらせや、待遇の悪化――最悪、暴力などに晒されるリスクもある。
そうした自体は、可能ならば避けたい。だが、自身の行動、選択だけで回避するのも困難だというのが現状だ。
故に、蒼汰はどうにもできない焦燥感に駆られていた。
そして――その想像はほぼ現実となる。
「――君は、まずは基礎体力の強化から始めようか」
そんな言葉を告げられたのは、蒼汰ただ一人であった。
訓練場に到着して、最初に行われたのは教官の配属である。十数名の教官が立ち並び、その前に立つ騎士団長なる男の支持で、勇者達はそれぞれ適切な教官の前に並ばされた。前日のうちに確認してあったステータスを元に振り分けられているのだろう、と蒼汰は推測した。
そして最後まで名前を呼ばれなかったのが蒼汰である。ひとり残され、騎士団長から戦力外であると暗に告げられ、クラスメイトの中からクスクスと嘲るような笑い声が聞こえた。
そうした反応にうんざりしながらも――蒼汰は、これはそう悪くない結果だろう、と思った。こうしてグループ分けをされることで、クラスメイトとの接触機会は最低限に絞られる。となれば、クラスメイトとの接触から生まれうる弊害、迫害もまた最小限に留められるはずであった。
その後――クラスメイトがそれぞれ戦闘に関する訓練を受ける中、蒼汰だけは筋力トレーニングや走り込み、持久力の訓練を続けた。
そうしたシンプルな特訓で午前中を終え、昼食後にはさらに過酷な訓練が開始。騎士団が作戦行動中に背負うと説明された背嚢……およそ六十キロほどの荷持を背負ったまま、機敏な運動を要求される。咄嗟の場面で身を守るための基礎訓練、と説明されたものの、それ以上に新人いじめの性質が強い訓練だろう、と蒼汰は思った。
体力的な面はもちろん、非常に過酷な状況で次々と指示が飛んでくる。さほど高圧的ではないものの、それでも精神的な圧力は相当なものである。体力的に消耗している分もあり、心がくじけそうになってしまう。
そうした精神面でのスタミナも鍛える目的があるのだろう、と蒼汰は推測した。故に、実際にくじけるようなことはなかった。黙々と、指示に従い機敏な運動を続ける。
時折、脳裏にネリーの笑顔が浮かんでしまい、首を横に振る。
だが、それ以外は特に無駄な行動も無く訓練を終えた。
そうして一日目の訓練が終わる。夕食は交流の意味も兼ねて、騎士団の食堂で取ることとなっていた。蒼汰もまた、例外ではない。
出来ることなら、別々で食事をしたい。それが蒼汰の本音であったが、理由があっての事であるなら勝手は許されない。クラスメイトに絡まれて面倒が起こる可能性に辟易しつつも、食堂に向かう。
そして案の定――蒼汰はクラスメイトに絡まれた。
「――おっと、悪い悪い!」
そう言って、蒼汰の背中へ目掛け水入りのコップをひっくり返したのは、クラスの不良グループの一人であった。剣城拓海のようにすぐ手が出るようなタイプではないが、日頃から調子づいており、教員に対してもふざけた態度をとることの多い生徒であった。
そんなクラスメイトの行動に、蒼汰はため息を吐く。これがもし日本での出来事なら、すぐにでも殴りかかっただろう。しかし、この世界にはステータスというものがある。そして、自分とその他のクラスメイトには実力差がある。
感情に従って反撃に出れば、敗北は避けられない。故に、ここは耐えるしかなかった。
そして――そのような状況を見逃せない物が一人居た。
「大丈夫かい、緋影君?」
佐々木幸次郎である。蒼汰に心配の声をかけた後は、剣城拓海の喫煙を忠告した時のように、悪事をしでかした男子生徒にきつい視線を向ける。
「名瀬君。これはいくらなんでも冗談が過ぎるよ」
幸次郎の指摘と同時に、クラス全体の鋭い視線が不良生徒、名瀬に突き刺さる。
「……こんなやつ、庇ってどうなるんだよ。佐々木も迷惑してただろ」
「僕は緋影君を迷惑だと思ったことはないし、そうだとしても君のやっていることは間違っているよ」
「――ケッ」
正論をぶつけられた名瀬は、幸次郎から視線を逸らす。
そんな二人を尻目に見ながら、蒼汰はつぶやく。
「……ムカつくんだよ、お前ら二人共」
そのつぶやきは名瀬と、そして幸次郎の耳に届いた。
「あぁ? 今なんつった!?」
腹の虫がおさまらない名瀬は、当然蒼汰に食って掛かる。
「ムカつくって言ったんだよ。悪いか?」
蒼汰は名瀬に言い返す。蒼汰もまた、名瀬と同様に虫の居所が悪かった。
「中途半端でしょうもないカス野郎共に、都合よく利用されるのが俺は一番気に入らないんだよ」
「んだとテメェ!?」
当然、言われた名瀬は黙っていない。蒼汰の胸ぐらに掴みかかって凄む。
だが、蒼汰は怯まずに言い返す。
「半端もんだろうが、お前はよ。人様にちょっかい出しといて、少し文句言われたぐらいで引っ込みやがって。他人がそんなに怖いんだったら、最初っから絡んでくるなよカス」
「……ッ!」
激昂し、名瀬は拳を振り上げる。
だが、その手を幸次郎が掴んで止める。
「やめるんだ、名瀬君! 緋影君も、どうして煽るようなことを言うんだ」
「うるせえよタコ。お前だっておんなじだろうが。後から善人ヅラしてしゃしゃり出やがって。そんなに仲良しこよしが良けりゃあ、他に出来ることなんざいくらでもあっただろうが。わかりやすい被害者が出てから、喜んで飛び出してくるテメエみてえな奴が、俺は特に嫌いなんだよ」
蒼汰は名瀬に対して向けた言葉以上に、幸次郎に向けての言葉に嫌悪感を乗せて言った。
「……不快に思わせたなら謝るよ」
幸次郎は、それでも蒼汰を責めようとはしない。
「でも、俺は間違ったことをしたとは思っていないよ。目の前で良くないことが起こりそうだったから、止めに入っただけだ。それをダメなことだとは思わないし、これからも同じことをする。君に嫌われてもね」
蒼汰を真っ直ぐ見つめながら、幸次郎は堂々と言い放つ。
「……そうかよ。好きにしろ」
矛を収めるように、蒼汰は視線を逸らしつつ言った。未だに幸次郎のことを許せない、と思う気持ちについては変わっていない。だが、これ以上騒動を起こして自分の立場を悪くするのも良くない、と思い直す。
蒼汰が矛を収めた結果、騒動も収まった。蒼汰と幸次郎の口論を見て、毒気を抜かれた名瀬も黙って席に付く。
その後――終始蒼汰に向けて、鋭い視線が刺さり続けた。幸次郎と言うわかりやすい善人にまで噛み付いた蒼汰は、クラスメイト達にとって明確な、わかりやすい敵となった。
これを不快に思いつつも、何にせよ遅かれ早かれこうなったはずだ、と自分を納得させ、蒼汰は黙ったまま夕食を済ませた。幸次郎が注意をした手前、この場で蒼汰に手出しをする者はいない。だが、陰口は収まらない。
(……だから俺はてめえが嫌いなんだよ)
蒼汰は苦虫を噛み潰したように顔を顰める。明らかに、悪意ある視線と言葉が飛び交っている。だが、それを幸次郎はどうにかしようとはしなかった。
本当に、心から悪意を憎んでいるのなら。どうして今何もしようとしないのか。その言動の不一致が、蒼汰には受け入れられない。結局のところ、人助けという体裁で自尊心を満たしたいだけなのだろう、と考えてしまう。
そうやって、自分という存在を道具のように利用されることが、蒼汰はたまらなく嫌だった。
随分お久しぶりの更新です。
蒼汰という主人公の、感情移入の難しさに四苦八苦しながら書いていたらこうなってしまいました……。
思春期をこじらせすぎた少年をしっかり書けているか心配ですが、ひとまず今の方向性で行こうと思います。