第十一話
蒼汰は、まず何よりも気になったことを単刀直入に質問した。
「なあ、メイドさん。弱いスキルしか持っていない勇者はどういう扱いになるんだ?」
自分の待遇を暗に心配してのことだった。
「勇者様。私のことはネリーとお呼び下さい。それで――質問の答えですが、スキルによる、としか言えません。基本的には、どれだけ弱いスキルであっても、有効活用可能なように教育を受けることになるかと思います」
侍女ネリーは、頭頂部の獣耳をぴくり、と動かしながら答えた。
「なら、無能だからって酷い待遇になるとかは無いんだな?」
「はい。そもそも我が国では過去、幾度となく異界の勇者様を召喚してきました。その経験則上、有用そうに思えないスキルであっても使い方次第では化けることがあります。また、スキルの性質に合わせた特殊な役割を担うことでも有効活用は可能です。そして、スキルの強弱による差別は後々の勇者様全体の士気に関わりますので、基本的には平等に扱われます」
その言葉に、蒼汰は安心して息をつく。
「まあ、そうは言っても優秀な勇者様に関してはどうしても特別扱いになってしまいます。ですので、そういう意味ではスキルの強弱次第で待遇に格差が生まれることになります。ただ、スキルが弱いという理由で不当に勇者様の待遇を引き下げ、無用なストレスや負担を掛けることはありませんので、ご安心下さい」
にこり、と微笑みかけるネリー。その表情を正面から受け止められず、蒼汰は視線を逸らす。
「そうか、分かった。……ありがとう」
そして一応、取ってつけたように謝意を述べた。
「ご理解頂けたようで何よりです。――他に質問はございますか?」
ネリーは気さくに、蒼汰の態度に不快感を示すこと無く言った。仕事だからだろう、と蒼汰は思った。が、それでも気分は良かった。家族や幼馴染が見せるような、妙な含みのある笑顔ではないからである。
そして、要求されたとおり。蒼汰は様々な質問を繰り返す。
それにより、必要な知識を集めた。
まず、蒼汰達を召喚した国の名はヒルヴェイン王国。国境線の三分の一ほどが、北部で魔族領と隣接しており、人類の主要国家の中では最も魔族との争いが激しい国である。
このヒルヴェイン王国に加え、商業の盛んなパスハット共和国、魔法産業と軍事が発展しているラインスタッド帝国。この三国が、人類における三代国家であり、大陸の半分以上がこの三国の領土になっている。
次に、何故勇者は召喚されたのか。それは魔族との戦争が激化したことが原因である。古来より、ヒルヴェイン王国は魔族対策として召喚による異界の勇者の力を借りて魔族を退けてきた。無闇に召喚を繰り返してきたわけではなく、あくまでも既存の戦力で魔族と戦えない時に限っての話である。
そもそも、世界には召喚による異界の勇者の他にも、精霊の加護を得ることによって誕生する勇者も存在する。彼らの力でもって、魔族を退けるのが常の戦法であった。
だが、精霊の加護は常に一定の数を得られるものではない。時により、勇者がほとんど存在しない時代もあった。そうした時勢に魔族の動きが活発化すると、どうしても被害が拡大してしまう。
それを防ぐための苦肉の策が、異界からの勇者召喚というわけである。
「――他にもなにか、ございますか?」
ネリーは優しげな笑みを浮かべつつ、蒼汰に問う。嫌味の無い、自然な仕草に蒼汰も少しばかり気を許す。そして、聞きたくもあったが、言いづらくもあった質問をようやく口にする。
「実は、俺のステータスは低いらしいんだ。それにクラスもノービスってことになってるんだが」
「ノービスですか」
ネリーは少し、困惑するような表情を浮かべる。
「少し、ステータスを拝見してもよいでしょうか?」
ネリーの要求に応じて、蒼汰は自らのステータスを開示する。文字に関しては、ネリーが異世界人であるためしっかりとこの世界の八進数文字で表示する。
「……なるほど。確かに勇者様としては、かなり低いステータスであると言えますね」
その言葉がネリーから発せられ、蒼汰は内心で焦る。つまり自分は弱者である。それに付随して発生しうる問題など、想像するだけで頭が痛くなる。
そんな蒼汰の胸中を察してか、ネリーはすぐさま弁護に入る。
「ですが、それは勇者様を基準にした話です。この世界の人々を基準に考えると、かなりの才能に恵まれた方と同等のステータスですから、決して悲観するほどではありませんね」
ネリーはそう言って、にこりと微笑む。その言葉にどの程度の信憑性があるのか、蒼汰には分からない。だが、ひとまずの安心は十分に得られた。
「しかも、ノービスでこのステータスですから。クラスが上位のものに変化した時は、さらにステータスが伸びるはずです。勇者様を除けば、おそらく世界でも有数のステータス保持者に名を連ねうるでしょう」
そして――その褒め言葉に、蒼汰は内心では歓喜していた。たとえ突出して優れていなくても。自身の能力を認められ、その力を頼りにされることは、本心では求めてやまないものであったからだ。
それ故に――蒼汰は照れ隠しをするように、頭を掻きながら言う。
「そうか。それなら、まあ、努力はしてみるよ」
「はい。期待しております、蒼汰様」
そしてネリーに微笑みを正面からぶつけられ、つい視線を逸らしてしまうのであった。
投稿が遅れまして申し訳ありません。
正月休みのボケが抜けきれておりませんが、さすがにそろそろ執筆するという習慣を元に戻していかないといけませんね……。