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第十話




 蒼汰が覚悟を決めた時。王女が口を開いた。

「それでは、順に皆さんのステータスを確認させていただきます。今後の対応に関わってきますので、どうかご協力お願いします」

 その言葉と同時に、一同の周囲を囲んでいたローブ姿の人々が近づいてくる。蒼汰もまた、一人の老人にステータスを見られることになった。


「……ふむ、なるほど」

 皺の入った顔から表情は読み取りづらかった。だが、渋い顔をしているだろう、ということだけは蒼汰にも理解できた。

「文句あるか?」

「いや。だが、難しいな」

 老人の言葉は、意味ありげに響いた。


 そうして次々とステータスを確認されていく少年少女たち。やがて、その中でも特筆すべきステータスの持ち主が数名、王女の前へと連れ出された。

「皆さんは、勇者様方の中でも特に抜きん出た才能、ステータスをお持ちだと言えます。これからは、皆さんが他の勇者様を引っ張っていく形になるかと思います。突然のことで困惑なさっているかもしれませんが、どうかご協力お願いいたします」

 そう言って、王女メノアは首だけをわずかに傾けて礼をした。


 蒼汰は高位の立場にある者の礼に意外性を感じながらも、視線はクラスメイトに向いていた。メノア王女の前に立つ十人ほどのクラスメイト。そこには幼馴染の遥や妹の千里。クラス委員の輪廻に、教室で争っていた幸次郎と拓海まで並んでいた。

 当然の結果だ。と、蒼汰は考えた。理屈ではわかっていた。しかしながら、一方でノービスに火傷耐性という無能の証二つを思って苛立ちも感じていた。


「――それでは、本題に入りましょう。皆さんをこの世界にお呼びした、理由についてです」

 ついに王女は誰もが気にしていた話題を口にした。何故、自分たちがこんな場所にいるのか。ステータスという奇妙な能力。勇者様、という呼称。竜言語や八進数という常識を逸した概念。それら全てが、未だ高校生に過ぎない未熟な者たちの心をざわつかせていた。

 そこに回答が得られるとあって、誰もが注目する。無論、蒼汰もまた。


「まず、前提としてこの国、そして世界は危機に瀕しています」

 その言葉は、導入として十二分にわかりやすく、そして言葉足らずでもあった。故に自然と、誰もが誘導されるように、何故? と考えた。

「何故なら――我が国と隣接する魔族の領域から『魔王』が誕生し、世界をその手に収めようと侵攻を開始したからです」

 そして扇動的な言葉が発せられた。


「魔族は過去幾度と無く、その領土を広げるために虐殺、戦争を繰り返してきました。魔族領と隣接する我がヒルヴェイン王国は、長い歴史の中でその侵略行為を防ぎ続けてきました。今回もまた、そうなるはずでした」

 悲しげな声で王女は語る。その情感篤い言葉に、多くの者が真剣に聞き入る。

「ですが、魔王の出現で情勢は変わりました。精霊の祝福を受けた勇者様の一人が殺され、戦線は後退。ゆっくりと、しかし着実に魔族はその支配域を広げ始めたのです」


 侵略、支配、虐殺、戦争。残酷な言葉が、刺激的な言い回しが、単なる子供に過ぎない蒼汰達の心を縛る。そうと知られぬうちに、子供達を言葉でがんじがらめにしていく。


「そこで私たちは、古来より伝わる異界の勇者様を召喚して今回の危機に対応することを決断しました。異界の勇者様は精霊の祝福が無くとも、特別な力を持ってこの世界に訪れます。そして精霊の勇者様と同等か、それ以上のステータスを持ちます。ですので……精霊の勇者様でさえ敗北した相手でも、異界の勇者様であれば勝つ可能性があるわけです」

「つまり、私たちはその魔王との戦争に協力するため、呼ばれたということですか?」

 僅かな怒気を含んだ声で、輪廻が尋ねた。王女の扇動的な言い回しに騙されず、冷静に物事を考えている一人だ。故に、こうして言葉を遮るようなタイミングで口を開いた。


「有り体に言えば、そうなります。ですが、ただ戦えというわけではありません。最大限の援助は約束します。衣食住、金銀財宝。はたまた権力や望む通りの異性であっても。我が国が用意できるものであれば、どんなものでも褒賞としてお渡しします」

「……命の危険は、あるんですか?」

「あります。ただ、あえて言いますと、もし我々との協力を拒否した場合は、魔族との戦争に参加するよりよほど危険な経験をすることになるでしょう。戦時中に、国勢も知らぬ異界の子供が生きて行けるほど甘い場所はありませんので」

 王女の言葉で、誰もが表情を強張らせた。


 つまり、戦争に参加しなければ回避できる、というわけではない。戦争そのものが、今自分たちのいる場所で起こっているのだから。それなら、勇者として戦う道を選ぶ方が、少なくとも戦力として保護されるというメリットが生まれる。

 そもそも拉致された立場であり、生殺与奪の権利は向う側にある。それを改めて、はっきりと認識する。

 それを、今更かよ、と蒼汰は思いながら、目を細めて周囲を睨んでいた。


「どうでしょうか、皆さん。我が国、ヒルヴェイン王国の勇者様として、魔族や魔王と戦ってはくれませんでしょうか?」

 王女の言葉で、一同は顔を見合わせる。たとえ安全のためにはそれしか選択肢が無いとしても。戦争となれば、安易に肯定は出来ない。

 ……と、誰もが考えているところで、勝手な行動をする者があった。


「いいぜ。協力してやるよ」


 その言葉を発したのは、剣城拓海。未だ漂うかすかな煙の臭いと共に、王女の眼前に歩み出る。

「やりたいようにやれるんなら、戦争だろうが殺しだろうがやってやるよ」

「ありがとうございます。頼もしい限りです」

 威圧するような拓海の視線を受けても、メノア王女は少しも動じず、笑顔で受け答えをした。


 拓海の言葉が皮切りとなって、ぽつぽつと自分も賛成する、という言葉が出始める。それを確認した輪廻は、ため息を吐いてから王女に言う。

「クラスの総意みたいですから。私も、その戦争に協力します」

「はい、ご理解いただけたようで嬉しく思います」

 王女の笑顔は崩れない。だが、輪廻相手の笑顔には僅かな警戒心が見られる。と、蒼汰は感づいていた。


「俺も協力します、メノアさん」

 そう言って、拓海と同様に前へ出たのは佐々木幸次郎であった。

「戦争に関わると聞けば拒否感があります。ですが、魔族というものに人々が殺され、生まれ育った土地を追いやられているのだと考えれば、人助けだとも言えると思います。だから、俺は協力します。こうして出会ってしまったんですから。もう見て見ぬ振りはできません」

「ありがとうございます、勇者様」

 幸次郎の言葉には、それはもう満足したような笑顔で答える王女。


 そうして、クラス全員の了承が得られたところで、王女は話の続きに戻る。

「それでは、皆さん全員が我が国に協力していただけると約束していただけたので、これからはより具体的な話に入りましょう。……とは言っても、ここまで説明続きな上、慣れないことばかりでお疲れでしょう。皆さんには一人につき一名の侍女が付きますので、そちらから詳細をお聞き下さい。勇者様の質問や要求には可能な限り答えるように申し付けてあります」

 その言葉と同時に、大勢の侍女が部屋に整列したまま入り込んでくる。そして勇者となった少年少女達の前に並ぶと、一斉にお辞儀をした。


「それでは、お部屋にご案内します。おやすみになられた後は、この侍女たちに詳しい話をお聞き下さい」

 その言葉が合図であった。侍女たちは順に、勇者の前へと歩み出る。一人につき一名の侍女。蒼汰も例外ではなく、そこには獣の耳のようなものが頭頂部に生えた少女が居た。

「よろしくお願いいたします、勇者様。まずは、お部屋にご案内いたします」

 にこり、と笑顔を蒼汰に向ける侍女。それを蒼汰は、無視するように視線を反らして。

「……連れてってくれ。聞きたいことがある」

 そう、ぶっきらぼうに呟いた。

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