The PrequelⅢ
不定期更新という不真面目さ
「どうかしたか?」
それはこっちのセリフである。これまでの経緯の説明を受けるかと思いきや、話はあらぬ方向へと進展した。
「ラグナロクって何ですか。それに参戦するって、俺が戦うんですか? 誰と?」
内なる怒りとパニックが質問責めという形で溢れ出る。それに対してザロアローファはどこか不安そうな顔をして、今の質問に答えた。
「神聖戦争とは、この母なる世界ミオソティアの存続の為に神々が互いに鎬を削り、そこで死せる者の魂をその贄として世界へと捧げるこの世で最も貴い儀式だ」
「そして君が戦うのは僕やザロア姐、君を迎えに行った暁くんを含めた十二人の後継者と三柱の神、計十五人」
冗談じゃない、誰が好き好んでわざわざ死にに行くようなことをするものか。自殺を志願した憶えはない。
そこでカードを切っている飄逸なギャンブラーはともかく、この鬼気迫る女と悪霊を一刀両断したあの暁とかいう男とは絶対に戦いたくはない。
「嫌です。棄権します」
「なら今から大体七十年、ここに一度も訪れなければ自動的に解除されるよ」
「それじゃあ、全然間に合わないじゃないですか」
「だったら解約金として、誰か他の人に神権を譲渡するために殺される必要があるね」
ザロアローファの表情が話が進むに連れ暗くなるのに対し、ツァゼルは一切表情を曇らせずに穏やかでないことを平然と言う。
つまり、俺の余命は長くて二年。それは余りにも殺生である。
「……どうしようもないんですか?」
細々とした口調で訊くとツァゼルは初めて表情に影を落とした。それは全てを諦めさせ、絶望するのには十分だった。
しかしツァゼルが「残念だけど……」と言いかけると、ザロアローファが割り込んできた。
「一つだけ、もっとも確証はないが、お前が救われる方法がある」
「ちょっとザロア姐つまんないなぁ。今の絶対面白いやつじゃん」
「ツァゼル、外せ」
「すみませんでしたもうしま」
「早く」
「………………はい」
ツァゼルは肩をすぼめてモノクロの闇の中に溶けて消えた。
「茶々を入れる奴が消えたところでもう一度言おう。お前が私たちと戦わずして生きる方法はただ一つ。それは、本来参加するはずだった前々代の神、デュオン・クエーカーを蘇らせることだ」
なんだかどんどん話が大きくなってきている。何故前々代なのかと尋ねるとザロアローファは自らの左腰に手を当てた。すると青白い光を放つ紋様が浮き上がり、彼女の手が肘までその中へと入っていった。
そこから取り出した物は黒い箱だった。大きさはパンが一つ入るくらいの大きさで、鎖で雁字搦めにされている。
そしてそれを追うように、ザロアローファの腰の紋様から脚や腕も飛び出してきた。
「この中にはデュオンの魂が入っている。散らばった彼の肉体、つまり本来の魂の依り代さえ元に戻れば、コイツは再び一個体の生命として復活する」
「……そんなことできるんですか?」
「普通の人間やエルフではまず不可能だろう。だがコイツは別物だ。生死に可逆性がある」
今でもそんなある種の冒涜的な話は信じられない。デュオンとはいったい何者なんだ。
「今は、どれくらい集めたか? 腕一本と脚二本、胴は回収済みで、残りはもう一方の腕と頭と心臓――だそうだ」
だそうだ。とはこれまた奇妙だ。まるでリアルタイムで本人と会話をしているように取れる。
「そして、コイツ曰くどこに残り部位があるかは既に確認済みだ」
「何か聞こえるんですか? その中から」
訊ねるとザロアローファは一人何かを納得してこう言った。
「ユイには聴こえないだろうが、確かにそう言ってる。というよりは発信してる」
彼女はさらに続けて、
「コイツの肉体を探すのにかれこれ三百年歳月が流れているが、やたら強力な『ルサンチマン』が蔓延ったりと難航している」
「三百って、あんた一体何歳なんだ……?」
「女の齢を訊くのはよろしくないな。神聖戦争の贄の肉体は歳を取らない。お前もな」
歳をとらなくとも死ぬときは死ぬのだ。不老だけなのはあんまり嬉しくない。
「復活できたとして、結局は殺されなきゃダメなんじゃないのか」
「それが最たる不確定要素、神権の優先順位だ。一度剥奪された者が蘇った場合、その神権の真の保有者が誰になるのか。お前の生き延びる術はここに委ねられる」
普通に考えたらたとえ以前にその権利を持っていたとしても、だがそれは俺にとっても望ましくないなのでそれ以上は考えるのを止めた。今はザロアローファのいう可能性に賭けるしかない。
因みにルサンチマンとは悪霊のことを指すらしい。
のっぴきならないこの状況で、俺に何ができるだろうか。そう考えた矢先、ザロアローファが俺に問う。
「ユイ。ここからはお前の覚悟の問題だ。逃避行も決して楽ではない。だが私たちも出来る限りお前の手助けをする」
「やるよ」
どうせ今の自分には記憶も目的も何もない。誰がそう仕向けたかは知らないが、このくそったれな運命に意味をつけるなら、それが成すべきことだ。
「そうか。ならばお前は暁とともに東都フィラデルフィアにあるデュオンの心臓を回収してもらおうか」
「わかった」
俺は意を決して強くそう返した。するとザロアローファは再び腰から何かを取り出した。剣だ。刀身が大地の断層のような不思議なデザインをしている。
「これは餞別だ。銘は『瑪瑙』」
彼女から受け取ると瑪瑙はたちまち消滅して、同時に右手の甲に彼女の腰のと同じ柄の青白い紋様が浮かび上がった。
「これでそいつの銘を呼べばいつでも出てくるようになった」
「ありがとう」
至れり尽くせりで彼女には感謝の言葉しかない。まるで我が子を見守る母親のようだ。
「……何か質問はあるか?」
やっと疑念を消化できるようになった。ここからはこっちの番だ。
と、積もりに積もった疑問を全て訊いたが、結局俺が何者なのか、そして何故あんな所にいたのかは彼女でもわからなかった。
だが彼女は同時に、記憶は忘れても消えることは無いとも言った。いずれは全てを思い出すだろうと。
勝手に理律聖堂院だと思っていたここは『ヴァルハラ』と呼ばれる亜空間で、ラグナロクを控える神々の集会所だという。
未だわからずじまいなことが多かったが、それでも誰も俺のことについては分からないという事が分かって逆に吹っ切れた。
もう訊ねることはないだろうと思った矢先、ふと何か肝心なことを見落としていることに気付いた。
「ザロアローファ。デュオンは前代の神に殺されたんだよな……? じゃあその前代の神は?」
半分は分かっていた。しかしそれだけはどうも信じられない。誰かにそうだと言われるまで。
「――お前が殺した。どうやってかは知らんがな」
記憶を失う前の俺は一体何者だったんだ。だが少なくとも人をバラバラ死体にするような殺人鬼であることだけは御免被る。
「この空間へは五感を断つことで出入りできる。困ったことがあればいつでも来い」
慰めるように、その時初めてザロアローファは笑った。
「わかった」
俺は深く頷き、息を止め瞼を閉じてヴァルハラを後にした。