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勿忘のニルヴァーナ  作者: 藍染 シオン
3/4

The PrequelⅡ

大体一話3000字前後でやって行こうと思います。今回はそれより少なめですけど。

 死に物狂いで走ったのはいつ以来か。折角取り込んだ貴重な水を吐きそうだ。


 「さて、ようやく着いた。遅いよ」


 お前が速過ぎるんだよ、と突っ込む気力もなかった。ゼェゼェ息を切らしながら顔を上げると、そこには森とは非対称的な紫色の人工的近未来的建造物があった。

 中へ入ると自動で電気が点き、月のクレーターのような大小(まば)らの窪みが無数に点在する内部はそれを銀色にてらてらと反射する。部屋の中央には乳白色をした卵型のポッドがぽつんと、背後の優美な青年像に見つめられながら佇んでいた。

 男がポッドの上に手で何かを描くとポッドが白い煙を吹きながら開く。


 「これに乗って。行先は理律聖堂院(りりつせいどういん)に設定したから、そこで落ち合おう」


 りりつせいどういんとは何処だ。言われるがままに俺は機体に乗り込む。金属の外面とは裏腹に中はフカフカしていて心地良いのだが、何故か足元が水浸しだった。


 「扉が閉まったら中は水で満たされる。そうしたら目を閉じて耳を塞いで、息も止めるんだ。諸々の説明はその後ザロアローファから聞いてくれ」


 ザロアローファとはいったい誰だ。訊きたいことがてんこ盛りで溜飲は上がる一方だが、仕方なく俺は彼の指示に従うことにした。


 「じゃあ、また後で会おう」


 俺を閉じ込めた卵は、(おもむ)ろに傾いて降下しながら、どこから水漏れが生じているのか彼の言う通り水位がどんどん上がっていった。

 脱出不可能な密閉空間内で水責めにされること以上に怖いことがあるだろうか。

 俺は男の指示通り瞼を閉じ息を止めて、一切の感覚を遮断した。

 背中が座席から離れ、疑似的な無重力を体験する。縮こまりながらその時を待つ姿はまるで胎児の様だった。



 段々と苦しくなってくる――。



 理律聖堂院とやらまで息は持つのか。



 意識が朦朧として来た――――。



 ………………………………。



 もう、……限界だ――――。





 身体の酸素欲に抗えず口を大きく開けてしまった。しかし口内に流れ込んできたものは空気だった。

 目を開くや否や驚愕した。つい先程まで水で飽和した空間が、無機質で無彩色な空間へと変化したのだから。この一瞬でどこへ移動できるだろうか。体感時間0秒である。ここが理律聖堂院なのか。


 「ようやく来たか。遅かったな……」


 目の前の長身の女性が彼の言っていたそのザロアローファなのだろうか。

 頭頂で結わえているにもかかわらず彼女の赤い髪は腰部にまで及び、尖った両耳はシエラのそれと同様に、彼女同様エルフであることの証だ。上半身は胸部のみを(さらし)だけで覆い、下半身は中華風の装飾が施されたロングスカートを纏っているが、その長い脚を見せつけんばかりに深いスリットが入っている。

 勝手に『百戦錬磨』や『一騎当千』をそのまま体現したような無精髭を生やした巨漢をイメージしていたのでそのギャップに面を喰らう。しかし彼女の放つ圧倒的な貫禄にはそのイメージに勝るとも劣らないものを感じた。


 「さて少年。何故君がここに呼ばれたのか解かるか?」


 豊満な胸を支えるように腕を組んで、女は単刀直入に、しかし怪訝な顔をして俺に問いかけてきた。


 「いいえ全く。事情は後で理律聖堂院のザロアローファが説明するって、死神に先送りにされたんです。あなたがそうですか?」


 初対面故に敬語で話しているが、ここまで散々たらい回しにされたことへの怒りを込めての敬語である。


 「死神って。これまた皮肉たっぷりな言われようだね。暁くん可哀想」


 背後からわざとらしい嗤い声が聞こえてきた。悪霊、死神、武神ときて振り返るとそこには鈍い光を放つ高価な装飾品をこれでもかという程に身に付けた男がいた。

 白銀の髪を独特なセットで整えているその風貌はギャンブラーやホストを彷彿させる。また彼もエルフ特有の耳をしていた。

 そしてあろうことか男は空中浮遊するトランプタワーの制作に勤しんでいるのだ。

 思えばこの空間自体が不定形で、浮かぶ正八胞体や、床とも壁とも言い難いもので囲まれ構成されていた。

 灯火がないにも関わらず目に見えるものは鮮明に映され、まるで空間そのものが俺を弄んでいるようだった。


 「…………なら順を追って説明と質問をしようか。まずここは理律聖堂院ではない。だが君の言う通り、ザロアローファ・セキシュコーとは私のことだ」

 「あぁ……、えと…………」


 名乗られたからにはこちらも返さねばと思った。しかし名前を記憶からサルベージすべく奮闘するも、やはり思い出すことはできなかった。


 「どうした……? 名前も憶えていないのか?」


 ザロアローファは気の毒そうに俺を見つめる。


 「……君の指に嵌めているこのバンドにはなんて書かれているんだい? 見たことのない文字だね」


 いつの間にか賭博師は建設中の楼閣と共に水平移動し、俺の右腕を掴んでそれをまじまじと見た。

 彼の視線に促されるように自身の指を見つめると、そこには「Y.U.I」と三文字のアルファベットがそれぞれ人差し指から薬指にかけて一文字ずつ施されている黒いバンドが嵌められていた。今まで気付かなかった。


 「これは、『ユイ』って書いてあるのか……?」


 それが自身の本名だとは思えなかったがこのまま名無しという訳にもいかないので妥協案として、それをこの時に命名した。

 それにしても英語が読めないどころか見たことがないとは、これまた不思議である。


 「よろしくユイ。ボクは、ツァゼル・モイラファティだよ」


 そう言うと落成した空中楼閣をツァゼルは無慈悲に崩してポケットにしまった。

 一通り自己紹介をなんとか終えると、ザロアローファが話を切り出した。


 「ではユイ。標準時間で二年後に(もたら)される神聖戦争(ラグナロク)参戦にあたって、お前は四人の候補者をこれから探さねばならない」


 「…………………………は?」


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