The Prologue
まったりとやって行こうと思います。
むかしむかし それは まだにんげんが エルフさんたちと なかよくいっしょにくらしていたじだい
みんなは きょうりょくしあって せいかつしていました。
エルフさんには よにんの リーダーがいて
火をつくる げんきいっぱいな サラマンダー
水をつくる みんなのおねえさんの ウンディーネ
風をつくる のんびりやさんの シルフ
土をつくる ちからもちの ノーム
このよにんが エルフさんたちを まとめていました
エルフさんは “まほう”をつかって 火をおこしたり 雨をふらせたりしました
にんげんは まほうをつかえませんでしたが かわりにおうちやおふねを みんなのためにつくりました
しかし あるときにんげんは こういいます
「あのエルフたちを じぶんたちの いいなりにしよう」と
もちろんエルフさんたちは はんたいします
しかし にんげんは エルフさんの まほうのちからが ほしくてたまりませんでした
やがて エルフさんたちと にんげんとの せんそうがはじまりました
エルフさんには まほうがあったけれど おおくのにんげんのまえには かないませんでした
おいつめられたエルフさんたちは 4にんのリーダーが ちからをあわせて こことはべつのせかいをつくり そこへにげました
ノームがだいちをつくり シルフがそれをつつむようにくうきをつくり サラマンダーがたいようをつくって ウンディーネがうみをつくりました
にんげんたちが おいかけてこないように せかいをとじるときに ウンディーネが 雨をふらせてこう水をおこしました
にんげんたちは こう水にのまれて エルフさんをおいかけることが できなくなりました
こうして いまのわたしたちのせかい ミオソティアができました
「これがミオソティア神話よ。それも児童版。どう? これなら流石に読んだこともあると思うし知ってるでしょ? 世界で最も売れた本、第二位」
「悪い、ぜんっぜんワカンねぇ」
俺は机に突っ伏して首を振った。大体幼少期から神話を、それも世界創造だとか宗教じみた内容を入知恵させるなんて、ここの教育方針はどうなっているんだ。
「あなたね……、それふざけてるんだったら許さないわよ? 今までの16年間何して生きていたのよ」
そこで語気に急ブレーキを掛け、脱力した口調に変わる。
「……って言ってもそれも思い出せないんでしょ?」
「はい……、申し訳ございません」
向かいに座る赤髪の少女は長い溜息を吐き、それをしまい込むように児童書を閉じた。
「それにしてもやっぱり信じ難い話ね……、あなたそれで神様なんでしょ? 東大陸の……」
「それだっていきなり言われたんだって。俺だってまだ信じられねぇよ……」
項垂れる俺をよそに、少女は席を立って本を元の棚に戻す。
「記憶喪失って便利ね。それまでの事ぜーんぶの免罪符になるんだから」
確かにそれは一理ある。だが同時に今のような皮肉交じりの詰りの前には、まったくその効能を発揮しない。
「こんなので神様が務まっちゃうんだから、驚きね。ザロアローファ様は何をお考えにしておられるのやら」
彼女は再びため息を吐く。それも先の倍ほどに長く。嫌味ったらしく。座っている俺にも聴こえるほどに。
少女にとってこの不可解さがどうしようもなくもどかしいのだ。
俺は頭を上げて嫌味増し増しで返す。
「そんなに言うなら譲ってやってもいいぞ」
「嫌よ、そんな責任重大なこと。私はここの生徒会長でいっぱいいっぱいよ」
もっとも、簡単に譲れるなら今頃俺はこんなところにいない。これは呪いなのだ。
「俺からしてみればあんたがエルフ族で、御歳178のご長寿だってことも驚きだよ」
明らかに俺と異なる尖った耳。寧ろこれでエルフでないと言われるとお前は何なのだと問い質したくなるが、エルフと言われたらそれはそれでまた問い詰めたくなる。
そして彫刻という理想の上でのみ成り立つような顔立ち。これでも彼女曰く顔面偏差値50ちょいらしい。謙遜にしてはいささか卑屈すぎやしないか。
一方で性格偏差値は高いと豪語している。この嫌味マシンガンエルフめ。
「まぁあなたたち非エルフからしてみれば、私たちは不老不死の存在に近いでしょうしね」
「今の俺は神様で不老だぞ」
「ワケアリのね」
彼女の付け足しにぐうの音も出ずゴンと再び突っ伏した後、遠くから三度鐘の音が聞こえた。その回数は次の授業の予鈴を表す。
「……さて、休み時間は終わり。次は実技魔術の授業だから、ほらこれ持って。行くよユイ」
「頑張ってください! いってらっしゃいませ」
「あんたも行くの! つべこべ言わないさっさとほら!」
「…………はい」
制服の内側から先端に瑠璃の装飾された杖を取り出し俺に手渡した。それを渋々受け取って俺は走る彼女の後を駆け足で追いかけた。
自己紹介が遅れたがさっきから俺々言っている俺の名はユイである。女の子みたいな名前だがれっきとした男だ。立派とは言えないが付いてるものは付いている。
三人称彼女こと向かいに座っていた赤髪の少女は、シエラビスタ・エー・フィラデルフィア。長いので俺はシエラと呼んでいる。
そしてここはミオソティア東部随一の名門、フィラデルフィア魔術大学付属フィラデルフィア学園一棟の図書館である。
なにゆえ記憶喪失中の俺がそんなところを拠り所にしているかというと、これまたかなり長くなるのだが、読者諸君の便宜を図る為に詳らかに説明しようと思う。