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7.氷の中限界の淵まで

「ありえないし!!」


 先日の蛹による“喧嘩売り事件”の翌日。秋野の怒声が教室内に響き渡った。


「秋野ぉ、うるせぇよ。さっさと案出せって。帰れねぇだろ?」


 春鳥は机に両足を乗せ、椅子をギコギコと揺らしながら唇を尖らせた。


「なんでみんな、当たり前みたいに『戦闘行為』するつもりでいるわけ? ありえないんだけど!」


「秋野さん、落ち着いて。ここで争っても意味ないよ」


 黒板に全員の案を書き出していた五月雨が、視線を彼女に向けることなく静かに言った。


「なんで昨日まで喧嘩してたあんたまで、あいつに同調してんのよ?」


 秋野が睨む中、板書を終えた五月雨は、眼鏡をクイッと持ち上げながら淡々と答えた。


「いや、俺、実は戦闘行為そのものは好きなんだ。センスがなくて任されなかったけど、こうやって色々考えるのは好きでね」


 照れ隠しなのか視線を逸らす彼に、秋野が語気を強めた。


「五月雨のことなんてどうでもいいし! 私はどうなるわけ!?」


 ため息を吐いた五月雨は肩を落とし、秋野のほうを振り返る。


「だから、怒らないで。怒っても仕方ないんだから。まずは、みんなで話し合おうよ」


「私は普通の人生を送りたいの! 大学にも行きたいし、友達とカラオケだって行きたいの! こんなの異常よ。隣町の学校に通えば済む話じゃない!」


 飛ばされた唾を拭いながら、五月雨は努めて優しい声を出した。


「隣町は遠いから、毎日の通学で補助金を使い切ってしまうよ。それに……やっぱり『静岡日本大帝国学校』が一番条件がいい。君だって、それは分かってるでしょ?」


「……そうだけど。私だって行きたいわよ。あのクソ野郎が交渉を台無しにしなければ、ね。何であんなムカつく顔して座ってんのよ!?」


 怒りの矛先が蛹に向かう。彼は半眼のまま、酸っぱい顔を作って言った。


「顔がムカつく。それもまた、煩悩なのです」


 秋野の額に青筋が浮かぶ。


「ぶち殺すぞ、エテ公!」


 蛹は爆笑した。


「ははは。怒ってる怒ってる」


 秋野は頭を抱え、長い髪を左右に振り乱す。


「ムキーッ!」


 騒ぎを横目に、夏山が静かに声を張った。


「まとまらなさそうだね。とりあえず、情報を整理しよう。僕らの人数は6人。相手は1144人。数では到底勝てない」


 その言葉に、五月雨は黒板横の椅子に腰を下ろし、ぼんやりと天井を仰いだ。


「学校の規模も段違いだ。こっちで戦闘行為をしようとすれば、まず机を片付けるだけで3日はかかる。相手校は机を床に格納できる電動システムがある。戦闘のたびに即座に教室を空にできるのは、圧倒的に有利だ」


 蛹が補足するように続けた。


「それに特殊作戦部隊もいる。毎日のように訓練してるから、動きは軍隊並み。こっちはデブ、ガリ、チビ、ヒス、サル、外人。戦闘の“せ”の字も知らないメンツだしな」


 ギコギコと揺れていた春鳥の椅子が、音を止めた。


「……勝てるのか? これ」


 蛹は椅子にどっかと座り直した。


「勝てるように、考えるしかないだろ。相手を徹底的に分析して、最適な戦い方を練るしかない」


 五月雨は眼鏡を外し、手で顔を拭った。


「蛹の案は……消防設備の利用、だったな」


 蛹は神妙に頷く。


「ああ。静岡日本大帝国学校は戦闘行為を前提に建てられてる。染料を使う機会が多いから、水で感知器を作動させると、あちこちから放水が始まる。それを避けるために、二種類の消火設備が備わってるんだ」


 教室の隅で所在なげにしていた冬月が首をかしげる。


「二種類?」


「一つは感知器が作動して化学消火剤を撒くタイプ。電子端末が各自に配られるこの学校では、水を使うと逆に火災を広げかねないから、そっちが優先される。もう一つは屋上のプールを使った消火装置。こちらは最終手段だな」


 五月雨が思わず息を漏らす。


「そのプールに染料を混ぜれば、一網打尽というわけか……設備の図面が欲しいところだな」


 夏山がボソリと呟いた。


「まあ、やれば一発で刑務所行きでしょうけどね」


 その言葉を無視して、蛹は伸びをしながら続けた。


「図面くらい簡単に手に入るだろ。この前、先生が“どの生徒が新入りかわからん”って言ってたし、制服も旧式のままでいいってさ」


 春鳥が再び椅子を揺らしながらつぶやく。


「それなら一度、現地を見に行くべきかもな」


「まあ、それはそれとして――」


「秋野くん」


 五月雨の言葉を遮って、ハゲ先生がぐったりとした顔で教室に入ってきた。前よりもげっそりしているのは、たぶん蛹のせいだ。


「どうしたの、先生?」


 秋野が問うと、先生は目を合わせずに答えた。


「今日、紅葉野が楽器を取りに来るらしい。俺はもう帰るから、対応頼んでもいいか?」


 秋野は一瞬驚いたような表情を見せたが、何かを飲み込むようにして、薄い笑みを浮かべた。


「……わかりました」


 その様子を見ていた蛹は、小さな変化を見逃さなかった。


「なあ、秋野。紅葉野って誰だ?」


 蛹の問いに、秋野の眉が跳ね上がる。


「誰でもいいでしょ! 私は少し話があるから、みんなさっさと帰って!」


 秋野は勢いよく荷物を鞄に詰め込み、教室を飛び出していった。


 喧々諤々の議論を終え、学校から帰ろうとしたとき、校舎の脇で秋野を見つけた。


 何やら言い争っているようだったが、遅い時間だったので気にせず帰ることにした

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