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5.ほらよく見てみろその顔

 次の日、冬月は学校に来なかった。禿げ先生が言うには風邪らしい。


 蛹は、何となく嫌な気分のまま、悶々とその日一日の授業を受けた。頬杖をついて外を眺めるうち、あれやこれやの事柄が浮かんで消えて有耶無耶なままになった。もちろん授業の内容は一切頭には入らなかった。


「おい蛹。いつまでノート開いてんだよ。飯食おうぜー」


 いつの間にか昼食の合図が鳴っていたようだ。春鳥は蛹の肩を3回叩くと、空席となっている蛹の前の席を陣取った。足をおっ広げに開き、後ろ座りの姿勢でコンビニ弁当を広げる。


 蛹は叩かれた肩にカクリとうなづくと、机に広げた教科書をそのままに、コンビニで買ったパンを食べ始めた。


「朝から元気ないじゃんよー。昨日の交渉うまくいかなかったんかー」


 蛹はハッとして、春鳥の顔を見た。春鳥は視線を弁当から逸らさず、箸だけを蛹へ向けていた。


「委員長不登校になるしよー。オメェも朝から一言も喋らず、ボーッとしてるからよう。聞くに聞きづらいんダケドォ?」


 蛹は目を伏せるとパンを机の上に置いた。


「ああ。負け戦は受けられないと言われた」


「それで? どうしろって?」


「どうもこうも無い。奴さんたち『手を噛む犬』は要らないってさ」


「はん。お偉いさんが言いそうなこって。そしたら.....」


「ちょっと。それどういうこと!?」


 秋野が春鳥の頭を弁当の中に押し込むと、その席を強引に奪った。怒りに顔を歪ませ、鬼のように目を釣り上げている。蛹はその様を見て、ため息を吐いた。


 多分話は通じ無いだろうな。蛹はパンを拾い上げた。


「どうもこうもない。このままこの学校で勉強するか。ちょっと離れた学校に転校するかしか選択肢が無くなっただけだ」


「なんで? 日本帝国大学校に入れないの?生徒会長のせいってこと? ふざけないで欲しいわ。クソ外人のせいで私の人生がボロボロにされるのだけはごめんよ。あいつを裸にひん剥いて土下座させるか体でも売らせて金作らせて、解決させましょ。とにかく......」


 クソ外人。蛹は昨日の帰り道を思い出した。泣きながらこの学校でなければならないと言っていた冬月は唇を噛み締めて泣いていた。


 コイツは土下座までして自分のせいですと言って詫びた冬月からまだ搾取しようとするのか?蛹は頭に血が昇るのを感じた。


「ウルセェ。ヒステリックに叫ぶな。起きたもんは仕方ねぇだろうが」


「仕方ない? 私は大学に行きたいの。私の人生を仕方ないの一言で済ませないでくれる?」


「大学? 遊郭の間違いじゃ無いのか? 化粧にかんざしなんかしやがって。ここ学校だぞ。ちったあ真面目な姿を見せてみろ」


「うるさい!うるさい!なんなの!? 私が化粧するのと大学に行けないのに何の関係があるわけ? 全部お前のせいじゃん。全員に土下座しろよ土下座」


「このクソアマが.....」


 蛹は怒りのままにパンを握りつぶした。溢れる中身が散らばるが全く気にならない。それ以上に蛹にとって重要だったことは、この震えが止まらない拳を秋野の塞がらない口にどう突っ込んでやろうかということだった。


「秋野さんは少し頭を冷やした方がいいんじゃないかい?」


 五月雨がそう言って秋野と蛹の間に割って入った。蛹はニヒルに口を曲げた。


「.....紳士的だな。お前は怒ると思ってたよ」


 秋野は五月雨に止められ、顔を真っ赤にしながらこちらを睨んでいた。


 五月雨は睨み合う蛹と秋野を見て肩を竦ませる。


「怒る? この場合それが何の役に立つんだい?」


 蛹は少し呆気にとられた。


 五月雨は当たり前のように春鳥を退かすと、蛹の前の席へ座る。そして、チョイチョイと椅子を指さし『座れ』と合図した。蛹は頭を掻くと椅子に座り直した。


「で、日本帝国大学校のことだ。何か他の条件を提示してきたんだろ。どんな条件だったんだい」


 五月雨はメガネをクイッと上げると、蛹の目を覗き込むように視線を合わせた。蛹は唇を引き結んだ。


「いや、条件なんてものはない。奴らにとって重要なことは、俺らが苦しむさまを他の学校に見せつけることだ。俺らに一切の救済措置など用意してないそうだ」


 しばらく五月雨は蛹の目を見続けた。蛹は鋭い目を逸らす事なく見返した。


 五月雨は蛹の様子を観察した後、満足したのか、ため息を一つ吐くと立ち上がった。


「そうか。それなら。僕は今日帰ることにするよ。今日学校にいる意味も無さそうだし」


 蛹はその言葉に肩をすかしたような気分になった。


「そ、そうか?」


 五月雨は自分の席に置かれた荷物を鞄に移し替えながら、蛹の気の抜けた返答に強い口調で返した。


「一応言っておくよ。君は出来て当然の交渉を失敗したんだ。私は君に幻滅してる。とりあえず何か案が出たらまた学校に呼んでよ。それまで学習塾だけで済ますから」


 蛹はそのイヤミっ垂らしい言い方に苛立ちを覚え、ブスッと「そうかい」と言い返した。


「私もサンセー。無い脳みそでしっかり考えろよ。バーカ」


 秋野は五月雨の後ろへ隠れながら「あっかんべー」の仕草をしながら荷物をまとめ出した。


 蛹は二人に何か声を掛けようかと思ったがついぞ何も声をかける事が出来なかった。


 同様に夏山も春鳥も何かを察したようで、蛹に声を掛けて来なかった。蛹は中断された昼食を口の中へ強引にねじ込むと、荷物をまとめ、冬月の家へ向かうことにした。


 蛹自身も五月雨達の言い分はもっともだと思ったが、蛹にはどうしようもないことだったからこそ、彼らの言いがかりを独りで受け止めたく無かったし、蛹を説明の場に独り立たせた冬月にひとこと言いたくなった。



 大浜高校から冬月の家である『子供発達センターめばえ』までは1時間くらい掛かった

先日冬月と歩いた時は苦にならなかったが、今日は足を動かすことがとても気怠く感じられるほどだった。



 蛹は腕の突っ張り棒を膝小僧に当てがって、上がった息を整えながら、目的地である建物を見上げた。伸び切った生垣、ボロボロになった遊具、板で打ち付けられた窓。どう見ても人が住んでるようには見えないただのお化け屋敷。それが蛹が改めて見た『子供発達センターめばえ』の印象だった。


「はぁ」蛹は最後の一息を大きく吐くと、体を起こして、建物へ歩み寄った。


 入り口はどこかと見回すと、鬱蒼とした生垣の隙間に人が通れる隙間が空いていることに気付いた。右手側には封印されるように伸びた生垣に隠されたインターホン。蛹はその劣化してひび割れたボタンを押そうとして指を止めた。


 今日言われた話をそのまま冬月にするべきだろうか?自分が言われたことの当てつけを冬月にしてしまうだけじゃないだろうか?それが自分がしたかったことだろうか?


 蛹は考えを巡らせると動けなくなってしまった。


「蛹じゃない。どうしたのこんなとこで?」


 生垣の奥から声がした。蛹は顔を引き攣らせると生垣の隙間から中を覗く。


 生き生きと雑草が溢れた庭の中心、山と積み上がった草の束の隣に開けた場所があって、冬月はそこに立っていた

 金髪を隙間から覗かせた小さな頭巾と細い足に合わないブカブカな長靴。泥だらけの姿で汗を拭いながら真っ直ぐに蛹を見ていた。


「なんだ。そこにいたのか?」


「何バカ言ってんのさ。初めっから居たわよ。家の周りをうろつく不審者なんて目立って仕方ないわ」


 ああ。返す言葉も無いな。蛹は言葉飲み込むと、努めて真面目な表情をした。


「昨日の話の続きをしたい。一応みんなには説明したんだが......」


「そう。そしたら中に......。いや、そこで座って待ってて。お茶くらい出すわ」


 冬月は蛹を庭へ招き入れると、庭の中で一際陽の当たる一角を指差した。石のタイルで囲まれた円形の広場の端に青い塗装がバリバリに割れた横長のベンチが見えた。


「少し待ってて」


 蛹は促されるままにベンチへ腰掛けた。手入れされていない生垣は椿の木だったようで、そこかしこに蕾が小さく顔を出していた。また、生垣の隙間からは蛹達が住む大浜町が一望でき、大浜高校も視界に捉えることができた。


「お待たせ」


 冬月はそう言ってお盆に二つ湯呑みを乗せて持って来た。


「熱いわよ」


「飲めれば良いさ。熱っ!」


 蛹は舌を火傷した。


「熱いって言ったじゃない」


「こんなに熱いとは聞いてない」


「そう」


「.......」


「.......」


「で、どんな話になったの」


「ああ。散々だったよ。当たり前に通る交渉を失敗したんだから、自分らでなんとかしろってさ。土下座とか金を積むとか?」


「そう......それは出来ないわね」


「お前はどうしたいんだ? 学校を卒業したいのか?」


「したいけど、もう仕方ないじゃない。夢は叶えられないから見るものだと教わったわ。私には私の分相応があるの」


「そうか。じゃあこれからどうやって生きていくんだ?」


「コンビニのバイトでもして食い繋ぐわ」


「......このままだと、高卒認定も貰えないぞ。大学出が殆どな今、中学卒なんてそうそう雇って貰えないぞ。」


「厳しいことを言うね。私だって好きでこの選択肢を選んだわけじゃ無いわ。あなたがあの時邪魔しなければ勝てたかも知れないのに」


「そいつぁ悪かったな」


「別に責めてる訳じゃないわ。だけど私にはどうしようもない」


「どうしようもないか」


「そう。どうしようもない」


「お前ムカつかないのか?」


「怒ってはいるわ。三つ星さんは凄く非人道的だと思ってる」


「だよなぁ。だけど、今のままだと諦めるしかないぞ。色々頑張ってきたこと全てを無に返すことになるぞ」


「言いようによるわね。知ってる? 発明とは1%のひらめきと99%の努力って言葉。あれはひらめきが無ければ努力なんて無意味ってことみたいよ」


「つまり?」


「私の努力は無駄だったってことよ」


「それは諦めなのか?」


「真理よ。達観視しているの」


「そうか。ところでこのお茶全然冷めないね」


「私の話を無視しないでよ」


「お前の真理は聞いたが、俺の真理も伝えとくわ」


「なに?」


「正直、今回の件が無ければお前のことなんて凄くどうでもいい」


「そう」


「そっけないな」


「いや、そこに咲いてる花の名前知ってる?」


「紫陽花だろ」


「葉っぱが甘くて美味しいそうよ。沢山食べてみて」


「なんだよ。怒ってんのかよ。紫陽花って毒があるだろ」


「怒ってはないわ。ただ、喧嘩売ってきたバカに塗る薬がないかと思って」


「塗る薬飲んだらバカ超えちゃうだろ。バカキングの名前が進呈されちゃうよ......」


「喧嘩売るほうが悪い」


「だけど三ツ星御令嬢にも喧嘩は売られてるぜ」


「......」


「......」


「どうせなら盛大に爆死しないか?」


「どうしたの急に?」


「既に死んだ身だ。これ以上落ちることも無いだろ」


「私の友達にそう言ってゲームやり過ぎで、視力が下がり続けたバカがいるけど」


「バカはバカらしくさ。諦めるのも良いけど、最後に死に花咲かせてみないか?」


「つまりは?」


「三ツ星御令嬢の鼻柱をへし折ってやる」


 蛹はそう言って笑った

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