4.どちらかからともなく反旗翻せ
これで本日分ラスト
蛹は三ツ星御令嬢に一礼してから、冬月を追って走り出した。
冬月は足が速く、蛹が部屋を出た頃には階段を駆け下りていた。
蛹は必死に走った。冬月は風のように階段を下り、下駄箱で靴を履かずに走り抜け、校門を通り抜けた。蛹は冬月の靴を回収しつつ校門を出た。蛹の息が切れ、校舎からは見えない路地の奥まったところまで行くと、すすり泣くような泣き声が聞こえた。
蛹が路地を覗き込むと電柱の影に隠れるようにして泣いている冬月がいた。
蛹は躊躇した。直ぐに声を掛けるべきか考えたが、この女にもプライドがあるだろう。蛹は少し離れたところから、泣き止むのを待つ事にした。
どのくらい待っていただろうか? 周囲が暗くなるころ、冬月がガラガラになった声を上げた。
「いつまでそこで見ているつもり? 見世物じゃ無いわよ」
蛹はどうしようか迷ったが、戯けたように笑いながら近づいた。
「なんだここに居たのか? 見つからないから、居眠りこいてたんだが、近くに居るなんて気付かなかったな」
冬月は蛹の言葉を聞いても顔を上げず、膝を抱えたまま俯いていた。
「そっちがその気なら私は構わないわ。あと......悪かったわね。」
「......何が?」
蛹は努めて冷静に聞き返した。
「『負け戦』よ。断られちゃったじゃない。私の所為で.....。本当にごめんなさい」
「謝る必要なんて無いさ。あんたは土下座してまで、俺らを入学させようとしたんだ。少なくても俺はアンタという人間が好きだぜ」
「.....その言葉を聞いて気が楽になったわ。だけど、もう色々終わりね。私疲れちゃった」
冬月は顔を上げた。笑顔を作ってるつもりだろうが、目が真っ赤に腫れ、涙が溢れ続けているのを見るといたたまれない気分になった。蛹は顔を逸らして、冬月の靴を差し出した。
「辺りが暗くなってきた。今日はもう帰ろう。立てるか?」
蛹の言葉に冬月は首を左右に振った。蛹が視線を下ろすと、冬月の白い靴下が血で染まっていた。靴も履かずに走り出したからだろう。
蛹はため息を一つ着くと、背中を差し出した。
「今日は送ってやるよ。さっきのお礼だ」
蛹の言葉に躊躇しているのか、冬月は固まっているようだった。
「やましいことするつもりでしょ?」
「しねぇよ。日本人しか興味ないから安心しろ」
蛹は思わず怒鳴った。勿論嘘だが問題はないだろう。
「そしたら、遠慮なく」
そう言って冬月は背中に乗って来た。背中にかかる荷重は、全ての筋肉を酷使させるには充分だった。しかし、蛹は言い出しっぺだった為、気合いを入れて立ち上がると、冬月に案内されながら、帰路に着いた。
帰る途中は、『大日本帝国高校』へ行くとは違い、色々な話をした。得意科目や可笑しいクラスメイト、先生の癖など。話題が次から次へと湧き、尽きる事は無かった。いや、正確に言えば冬月の気を逸らそうと蛹は必死だった。話題が尽きると冬月がまた泣いてしまうような気がしたからだった。
周囲が完全に暗くなった頃、街から少し離れた冬月の家に着いた。しかしそこは家では無かった。
「送ってくれてありがとう。ここが私の家よ」
『子供発達センターめばえ』それが彼女の家の名前だった。いわゆる児童養護施設と言えるだろう。
「驚いた? ここが私の家。私の居場所」
「.......まさか冬月が『静岡日本大帝国高校』へ行けない理由って.....」
「......うん。補助金を施設の方に入れているの。妹や弟に学費や給食代を出さないと行けないから.......。バイトもしてるんだけど、それでもギリギリでさ。『静岡日本大帝国高校』へ行くと補助金を学費に使わないといけないから....,,」
冬月はそう言って寂しそうに笑った。蛹は何も言えなかった。何を言っても彼女の為にはならないと何となく思えてしまったからだった。
「......そうか。今日はありがとうな」
蛹は努めて考えないようにしてお礼を言って振り向いた。
「こちらこそ送ってくれてありがとう」
冬月はそう返してくれた。
「じゃあ。また」
「うん。また」
そう言って別れて10歩ほど進んだ後、冬月の顔が見えないくらいまで来てから蛹は声を出した。
「冬月!! 明日学校に来いよ。待ってるからな。必ず来いよ!!」
蛹はそれだけいうと、振り向いて走り出した。街の灯りが滲んでいるように感じていた。