3.凍てついた瞳に惑わされて
あと一話分
入学式から数日後、蛹は冬月と共に、『静岡日本帝国高校』を訪れていた。
あの後全員と相談し、冬月の責任だからと『静岡大日本帝国高校』へ学校内に詳しい蛹を伴って『臨時戦闘』の届けを置きに来ていた。
冬月は不満そうな表情だが、蛹としても歩くダイナマイト女と並んで歩くことは避けたかった。しかしながら、蛹が居れば交渉を有利に進められるかもしれないという打算があったための結果だった。
校門に立ち、学校全体を眺めると素晴らしさが目立った、大学のキャンパスのようなオシャレな学舎に手入れの行き届いた構内樹木。池には大物の鯉が悠々と泳いでいた。
「お、蛹じゃん。何してるよこんなとこで」
校門前で、突っ立っていると、山本五十六が声を掛けてきた。体操着を着ているところを見ると、体育の時間だろうか?
「よう。『臨時戦闘』の届出だよ。俺もそっちに入れてくれ」
「あー。何だよ。早いなー。もっとゆっくりして来いよ」
「ふざけんな。あんなとこにいると頭おかしくなるぞ」
チラリと横目で隣にいる冬月を見る。山本は察したような顔をしてニヤッと笑った。だが、コイツに俺の苦労はわからないだろう。人間的に面倒な奴だらけで、禿げそうになっているのだから。
「はは。冗談だよ。次の『臨時戦闘』は俺が倒してやるよ」
「あんがとよ。ちなみに、こういうのって、職員室に持ってけばいいんかなぁ?」
「いいんじゃね。早くしろよ」
「おう。ありがとうな」
手を振って別れると、冬月がボソリと呟いた。
「そんなに嫌だったら、学校に来なきゃいいのに」
「ああ。お前とじゃなけりゃ特に楽しかったろうさ」
蛹も聞こえるように言ってやった。クラス全員に挨拶したあとから、ずっとこうやって突っかかって来るのだ。しつこいったらありゃしない。
「ちなみに今挨拶してきたのは、山本五十六?」
「そうだよ。知ってるのか?」
「有名人よね。五十六がいる限り、私達は勝てないって話をクラスでしてたのよ」
「あー。五十六は殲滅戦をやらせりゃピカイチだからなぁ。だから、負けるつもりで居たのか」
「......人数差もあったからよ。本当は勝てなくても人数が減らないようにする予定だったのだけど......」
「はーん。職員室は二階だ。さっさと行くぞ」
蛹は心底どうでも良かったので、そう言って適当に返事をした。
「失礼しまーす。『臨時戦闘』の届出を出しに来ましたー」
蛹は適当な挨拶をしながら職員室の扉を開けると、扉に近いところにいた坊主頭にジャージ姿の教員が嫌そうな顔をした。
「うわ。蛹が来た。嫌だよー。帰れー」
「おっ? ハラスメントですか? 一緒に裁判所行きますか? 陸坊主せんせー」
妖怪『陸坊主』またの名を陸坊 逗子。一説には本名が陸坊 逗子では無いかと言われている。体育教員であり、輝きだけで言えば学校一だ。無論、頭部の輝きを指す。
「ぶー。自分の学校にいない奴なんて、知りませーん。というか一人できたのか? 寂しい奴だな」
「何見てんだよ隣にいるだろ。隣に」
蛹は冬月を顎でさす。陸坊主は束の間ボケっとした表情を見せるが、すぐに笑みを浮かべた。
「あー。『戦闘』で増えた人数が多すぎてな。顔が覚えられんのよ。制服は再来月位まで変えなくて良いって話になってるし。正直、他校の生徒か自校の生徒かわからんのよ」
蛹はそれを聞いてほくそ笑んだ。
「そーなん? じゃあ俺もこっち来て良いですか? 」
「いや、お前はダメ。来たら即刻追い出すわ」
「ひどー。後で覚えてろよ」
「はは。とりあえず応接室で待っててくれよ。すぐに行くから」
「ヘーイ」
蛹はそう返事をすると、応接室へ移動した。3畳ほどの狭い部屋に向かい合うソファとちゃぶ台があるだけの部屋だった。
蛹と冬月は二人並んで待つことにした。勿論、お互い話す事は無く無言だった。しばらく無言の重圧を耐えていたが、いつまで経っても誰も来なかった。
今日は帰ろうかと考え始めた頃、青い高そうな着物を着た女が扉を開けた。三ツ星御令嬢だ。蛹は頭を抱えた。
「お待たせしましたわ。『臨時戦闘』の申請と伺って来ましたのよ」
「え、ええ。その通りです」
蛹は状況が飲み込めず、ゴマを擦りながらうなづいた。
「今度は『負け戦』したいと伺いましたが、本当ですか?」
「本当です。その通りです」
蛹がカクリカクリとうなづくと、御令嬢はニヤリと笑った。
「そうですか。ならば、お断りさせていただきますわ」
「.....何故か教えてもらえますか?」
ピシリと固まった空気を破るように、蛹は乾いた喉から声を絞り出した。御令嬢は心底楽しそうに笑う。
「だって、私達にメリットがありませんもの。現状、大浜高校に強い選手は居ませんし、何よりソコにいる狂犬は私を染料銃で攻撃して来たのですよ。今更、何をノコノコと来てるのか。私が聞きたいですわ」
横目で冬月を見ると、ポカンとした表情を浮かべていた。反対側のソファに座って居たら、さぞ笑えたに違いない。
さもありなん。蛹は笑顔を顔に貼り付けた。
「言ってる言葉の意味がわかってるんですか? 俺たちは降参すると言ってるんですよ?」
「あなたはやっぱり使えない人間でしたわね。コレは『みせしめ』ですわ」
「みせしめ?」
「ええ。『戦闘行為』にはお金が掛かることはお分かりですか? まあ、低俗なあなた方にはわからないでしょうね。私たちは何度戦おうと絶対に勝てますが、こういう風に分割して何度も戦闘すると面倒ですのよ。だからこそ、『みせしめ』としてあなた方を吊るし上げ、同じような事が起こらないようにするのです」
見誤った。蛹は目を見開いた。
この女は生粋の上に立つ人間だ。人間を道具として扱い、利益を得られない奴は切って捨てる合理性の塊だった。
同い年だから、同じ学校に居たから、蛹が彼女を助けたから、蛹たちが打算で『戦闘してもらえる』と思っていた『理由』はコイツにとって判断材料では無かったのだ。
「よろしくて?」
そう言うと、三ツ星ご令嬢はゆるりとソファに座り直した。
蛹は何もいう事が出来なかった。外人女の所為で人生が台無しだ。これからどうやって生きていこう。そんな事が永遠と回っている時、冬月がおもむろに立ち上がった。
ソファから離れた冬月は、机を避けて三ツ星ご令嬢の足元に跪いた。続いて音が出るほど頭を床に擦り付けて土下座の姿勢をとった。
「私が大変失礼な事をした結果、このような事態を招いてしまった事は反省しております。ただ、ほかの生徒は関係ありません。私以外を入学させていただけませんか?」
冬月の声は震えていた。蛹は呆然とした。自分と同じ年の人間が土下座する所など始めてみたからだった。
「あははは。よしてくださる? 土下座の一つや二つで世の中回ると思ってる方が大間違いですわ。あと不愉快ですから、その金髪を絨毯に押し付けないでくださいませんか? 絨毯が臭くなりますわ」
三ツ星御令嬢の凍てついたような瞳には人間性を感じなかった。ゴミでも見るような目に優しさは微塵もなかった。
バン。床を叩きつけるような音がして冬月は立ち上がった。その顔は涙で歪み、固く噛み締めた唇からは血が吹き出していた。視線の先にいた三ツ星御令嬢はその顔を見て、ニタリと笑って見せた。
冬月は応接室の扉を乱暴に開けると、後ろを振り返らずに走り出した。