1.輝く終焉をこの手に
半分くらい本チャン宣伝用に書きました。
『残り1時間です』
放送室から流れる声を聞いて、蛹直は染料が入った銃を握り直した。
足を放り出して床に座り、机と椅子で積み上げたバリケードに背を押し当てると、頼り無い安定感を背で感じた。
戦闘開始から6時間。『静岡日本大帝国高校』の校舎内は長時間に及ぶ戦闘行為で真紅に染まっていた。隣に横たわる男は半身を真っ赤に染め、ピクリとも動かない。
さながら地獄のような様相を呈していた。という嘘はさておき、隣の男は赤い染料に塗れて寝てるだけだ。
戦況は圧倒的に優勢と言える。赤い染料を使う『静岡日本大帝国高校』は青い染料の『大浜高校』が使用した塗料を全て塗り替える勢いだった。
戦力的に人数が1000対150である上、ホームグラウンド(自校)での戦闘のため、当たり前とも言える。
蛹は作ったバリケードの向こう側を伺う。廊下の先にある相手が作った高さの足りないバリケードは真っ赤に染まっていた。向こう側にいる『大浜高校』の生徒は一切反撃して来ない。
「あと、1時間だってよ。そろそろ数で押し切るかぁ」
隣で寝ていた男、山本五十六はそう言って体を起こした。ボサボサの髪にシワだらけな制服、190の高身長の割にヘラヘラ笑うさまは『テキトー』を体現したようなだらしない男だった。
とはいえ、彼には別名がある。約束された不敗の男。学舎壊し。二代目第六天魔王。数多の戦いにて、常に最前線で指揮し、七回中七回の戦闘で殲滅戦を行い自校を含め8つの学校を統合した実績のある男だった。
山本は鼻クソをホジリながら聞いてきた。
「俺が言ったようにしてたかぁ?」
蛹はカクリとうなづく。
「俺たちの班は2〜3分おきに威嚇射撃して足止めしている。もう一班は、大きく迂回して、相手の背後から挟撃を仕掛けてる。さっきラインに連絡があった。あとは突撃するだけだ」
「オーライ。オーライ。そしたら、やりましょうかね。全員しゅうごー」
山本は蛹の言葉に頷くと、集合を掛ける。山本と同じように休憩していた奴らはガバリと起き上がると、走って整列した。20人ほどの精鋭部隊が瞬時に集まってくるのは何度見ても慣れない。これも山本の人望があってのことだろう。
「山本隊長『特殊作戦部隊』全員集合しました」
一人前に出た副隊長の言葉に山本はカクリカクリと満足したようにうなづき口を開いた。
「これから殲滅戦をかける。5人ずつ合図したら突撃、それ以外は全員援護だ。窮鼠猫を噛むとも言う。全力でかかれ。『大浜高校は残り15人だ。尻の毛一本残さず刈り尽くしてやれ!! いいか!!」
空気を切る音がして全員が整った敬礼をする。彼ら『特殊作戦部隊』は将来『日本帝国軍学校』へ入学したい文武両道の良い子ちゃん集団だ。成績を上げる為だけにこう言った部隊に入り、日々戦闘訓練している。ダラダラしたい蛹には考えられなかった。
「それじゃあ突.....「待ちなさい」
整列した部隊の後ろから、場違いな格好をした女性が顔を出した。
背中まで伸ばした黒髪に一点刺さる金の髪留め。幼なびた顔立ちに小憎たらしく咥えたキセル。金の鯉が描かれた着物を塗料の水溜りで汚さないよう、品位かくあるべしを体現したような歩き方で裾を手で摘みながら歩くその女性は、蛹にとって関わりたくない存在だった。
山本は口の端を明らかに引き攣らせると、その女性に声をかけた。
「これはこれは。三ツ星令嬢どうされたんですか?」
『三ツ星』とは戦後に出来た新財閥の一つだ。武器製造業から発展し、大日本帝国有数の大企業まで成長した企業で、『静岡日本大帝国高校』も経営している。
「あなたに令嬢と呼ばれる筋合いはありません。三ツ星さんとお呼びなさい」
三ツ星御令嬢はそう言いながら、タバコの煙を山本へ吹き付けた。
言わずもがなだが、財閥の御令嬢が制服を着ずに、タバコを吸っていても教師も生徒も見て見ぬフリだ。見てるだけでイラつくが御令嬢を注意して教員免許剥奪になった教師もいるらしいので注意は出来ない。
「.....それで三ツ星さんは、どのような御用で?」
「私自ら指揮を執ろうと思いましたのよ。こんな野蛮な行為でも、成績加算は大きいですからね。戦闘は録画されていますし、成績の書換は財閥の品位に関わりますからね」
要約すれば、簡単に倒せるようになったから指揮権と功績をよこせと言うことか。相変わらず、財閥の血縁はクソだな。蛹は山本に同情した。
「ははぁ。そういう事ですか。それは丁度良かった。今から攻撃を行うつもりだったんです」
「そう。良きに計らえですね。さっさと攻めて終わらせましょう?」
「その前に.....そんな格好で大丈夫ですか?」
山本の言葉に御令嬢は鼻で笑った。
「不要な服ですので、お気になさらず」
「そういうことなら.....おい蛹」
山本はその言葉に渋々頷くと、こちらに手を振ってきた。嫌な予感がする。蛹は冷や汗を禁じ得なかった。蛹は立ち上がって山本の横に並ぶ。
「蛹の指示に従って移動して下さい。最悪、そいつが盾になります。あなたは司令塔として指示をお願いします」
山本は顎をしゃくって見せた。適当に守れということだろう。面倒だな。蛹はため息をついて一礼した。
「蛹? 聞いたこともありませんわ。雑魚では無く『特殊作戦部隊』を貸していただけませんこと?」
コイツ俺のこと普通に雑魚って言いやがった。蛹はイラっとしたが黙っている事にした。
「大丈夫です。コイツは逃げるタイミングだけなら超一流ですので」
山本の言葉に『特殊作戦部隊』のメンバーも笑い出す。蛹は面白くなかったが、突撃しなくて済んだと考える事にした。
ひとしきり笑った山本は真剣な表情に切り替わった。
「それじゃあ、三ツ星さんお願いします」
「よろしくてよ。全員突撃ですわ」
「え? は?」
山本は鳩が豆鉄砲食らったような表情をする。いい気味だ。クソを押し付けるからクソに邪魔されるんだ。蛹は隠れてほくそ笑んだ。
ココで否定すれば、三ツ星に逆恨みされて嫌がらせされる可能性はある。今後も学校に通学するなら、従うのが懸命だろう。山本は挙動不審にキョロキョロとしたが、すぐに表情をキリッとさせた。
「うん、まあ、行くぞ。ケースバイケースで突撃します」
山本の合図に5人がバリケードを超えて走り出した。他のメンバーは揃って後方より援護をしている。『特殊作戦部隊』と呼ばれるだけのことはある。『特殊』な状況でも命令に従う姿は流石と言える。
「蛹.....さんと言いましたか。山本さんに信用されているということは、それなりなんでしょう? 私もバリケードの向こうへ行きますから、準備をして下さい」
うわ。蛹は奥歯を噛み締めた。面倒な女だ。自分の立ち位置をわかって言っているのかよくはわからないが、本当に酷い。御令嬢が攻撃されたら俺の責任になるのに。
「もう少々お待ちください。すぐに安全を確保しますので」
そう言って山本が助け船を出してくれた。ドヤ顔を見せつけてくるところを見ると、貸し一と言わんとしてそうだ。
蛹は山本の尻を蹴り飛ばすと、少々の休憩に入った。山本は少し痛そうに声をあげていた。
15人送ったあと、『クリア』という声がした。その言葉を聞いてか、三ツ星御令嬢はドスドスとバリケードを抜けて向こう側へ歩き出してしまった。
蛹はクリアリングを行いながら、御令嬢の前へと歩み出る。相手側のバリケードを超えるとその先は真っ赤に染まっていた。
しっかりと組めていないバリケードの裏側はボロボロと崩れている。教室の中も防衛として使用したようで、広い空間が真っ赤になっていた。そこかしこに染料を受けた相手校の生徒がたむろしており、放心している者もいれば、涙を流している者もいた。
当然と言える。負けて別の学校に移った生徒は捕虜となる。捕虜となった生徒は、大学にも就職するにも捕虜となっていない生徒に比べて不利になる。今後の人生を考えると、そんな気分にもなるだろう。
「6、7、8」
『特殊部隊』の一人が淡々と生徒を数える。多分全員いるだろう。蛹は周囲を見回した。
ふと、教室の片隅が気になる。後方にあった荷物を入れているロッカーが倒され、山積みにされていた。山が余す事なく、染料で真っ赤に染まっているため、簡易バリケードにしようと準備したようにも見えた。
「もうそろそろ終わりね。造作もありませんわ。さっさと投降して捕虜になってしまえば良いと言うのに」
御令嬢はゴミでも見るような目を相手校の生徒を見ていた。本当に嫌な性格だ。そう思っていると、視界の端でロッカーの山が動いた。
山のように積み重なったロッカーの一部が崩れ、下まで転がり落ちる。ガランガランと重い音がした。『特殊部隊』は積み重なった山に染料銃を構える。
それは一瞬だった。女が転げ落ちたロッカーから顔を出した。金髪碧眼のハーフの女だった。手には染料銃を持って御令嬢に狙いを付けている。
蛹は考えるより先に御令嬢の前に躍り出た。
瞬間、蛹の顔が青色に染まり、終了のブザーが響いた。
「あーあ。やられちまった」
蛹は呟くと仰向けに倒れた。コレで俺も終わりか。そう考えていると声が降ってきた。
「盾がいて良かったですわ。私も帰って着物を買いに行かないと」
そういうと御令嬢は、蛹を蹴っ飛ばして奥へと引っ込んで行った。