第六話 試験開始
試験会場に1時間程早く着いた俺は、周囲の地質や魔力の濃度を計測していた。
魔法では自身の魔力を媒介に世界へ干渉し、周囲の魔力を行使出来るように変換させる術式が一般的だ。となれば大半の魔法の行使は土地に影響されやすく、一部の魔法使いは陣地の魔力を暗号化し敵に使われ無い様にすら出来たようだ。
周辺の計測を一通り終え、試験会場の中に入ると一人の男性が俺を待っていた。
「ようこそいらっしゃいました。えー…シャルシス様、で合っていますでしょうか。」
「はい。カリファル学園の編入試験を受けに来ました。」
「ではこちらへどうぞ。資料に書いてあった時間より多少早いですが、他に試験を受ける方もいないので開始してもよろしいでしょうか。」
「了解しました。私の準備は完了しているのですぐに始めても大丈夫ですよ。」
「かしこまりました。」
上下黒スーツの男に導かれ、俺は3つある試験の内の一つ、魔力操作試験の部屋へ入室した。
「ここでは貴方の魔法の精度を調査します。試験が開始されましたら目の前にございます30個の的がランダムで起き上がり、そこに魔法を当てた回数を評価とします。制限時間は30秒、最も遠い的の距離は50mです。尚、的は魔力にしか反応しないよう作られていますので魔法以外の武器は使えません。魔力操作試験の配点は600点中250点。一般試験とは配分が変わっているのでご注意下さい。」
慣れた口調で男が試験の内容を説明した。点数配分の変更は既にビーネから聞いており、曰くエリートを育成するため作られたような学園なので、編入ともなれば相当の実力があるか測る為に筆記等の座学よりも実戦を想定した試験に重点を置いたらしい。
試験は魔法の歴史に関しての筆記と実戦試験2つの計3つであり、通常は全て200点満点の所だが編入試験の場合は実戦試験に比重を置き、筆記は100点、実戦250点としている。
シャルシス学園の合格ラインは520点。転生したばかりの俺に筆記は厳しいものがあるが、実戦をほぼ満点で終わらせ、筆記は魔法陣による魔法解析の問題さえ出来れば可能性はあるとビーネは言っていた。解析に関しては転生前の戦闘中でも使うことは日常だったので問題あるまい。
「それでは試験を開始します。…杖は、装備なさらないのでしょうか。」
試験官の男が怪訝そうに聞いてくる。ビーネが言うには、この世界では杖などの触媒を使った詠唱が基本らしいので、この男の注意は尤もだろう。
俺の時代ではよっぽどの大魔術でも無い限りは杖を使わなかったのだが、いやいや時代の流れでこうも変わるとは。
「えぇ。この試験で触媒などは使いませんので、試験を開始して下さい。」
そもそも杖が有ろうが無かろうが俺には関係がない。転生して魔法の適性が皆無になった身では、秘宝級の触媒でも無い限りは誤差の範囲だろう。
「…わかりました。それではカリファル学園編入第一試験、開始!」
男の合図と共に15個の的が同時に起き上がり電子版の制限時間が減り始めた。
同時に腕を前に上げ、目を瞑る。
魔法の適性が皆無の俺が魔法を正確に飛ばすとなれば、せいぜい3mが限界だろう。例え魔法陣を組んだとしても出力は本来の数%に落ち、あらゆる効果は面影も無いほど劣化するためだ。
対して的との距離は最長50m。仮に精度を捨て威力特化の魔弾放ったとしても、到達する頃には風が少し吹く程度のものとなっており、眼前の的に物理的影響を成さない事は明白であった。
――――しかし、この試験において《物理的》というものは全く関係しない。
魔力を駆動。魔法陣の理論術式の構築、開始。展開座標の物質を特定。展開個数15、発現効果なし。工程終了。発動まで3、2、1・・・展開。
[ピーーーーーーーーー。試験は終了です。]
抑揚のない機械音声が部屋に鳴り響いた。目を開け視界に入ったものは、全て倒れた的と、〔22'98〕という数字で止まっている電子版であった。
「―――驚きました。今のは、いったい?」
試験官が尋ねてくる。魔力感知をしていなければ、俺は手を上げただけで全ての的が倒れたように見えるだろう。
「的の地点に魔力を集めただけの陣を展開しただけですよ。魔法を発現させ衝突させることは無難でしょうが、的が魔力により倒れるのであればこの方法も不正ではないでしょう。」
「理論上はできますし、その方法で倒すことを禁じることも当然しません。しかし、それは単純に魔術を飛ばすよりも遥かに高度な空間把握能力を要します。並の思考能力では同時に15個など脳が焼き切れてもおかしく有りません。一体何故こんな方法を?」
「単純に私の特技ですよ。それに、この学園はこのような才能を求めているのでしょう?」
「…わかりました。次の試験へ進みましょう。」
試験官の男に案内され試験部屋を退出する。ビーネが言うには、この試験では全て倒した時の時間が評価材料ではなく、倒した個数によって点数が決まるらしいので第一試験は満点と思ってよいだろう。筆記の点数が見込めない以上、実践試験で無駄な減点はしてはならない。
第一試験部屋から一分弱ほど歩くと試験官が部屋の前で止まった。どうやら次の試験会場らしい。
「ここが第二試験会場です。試験官が変わりますので、第二試験の終了次第また会いましょう。」
そう言うと試験官は扉の横に立ち、一人で入る事を促した。
第一試験の消費魔力は大きくない。俺は臆することなく部屋へ入っていった。