第三話 窮地
―――戦場に、一瞬の空白が生まれる。
その驚きは、俺とセパルの二人のものであった。
俺は即座に崩れた姿勢を立て直そうとする。
瞬間、魔族の爪が人間の目では捉えきれない速度で迫って来た。
「ッ……!」
その攻撃を咄嗟に剣で受け流そうとするが、貧弱な体と剣ではその重さに耐え切れず脇腹を持っていかれる。
崩れ落ちそうになる体に喝を入れ、なんとか持ち堪える。
「…うぜってぇ、何かあると思えばハッタリか。ニンゲン程度がこのセパル様を驚かすったあ、いい度胸してんじゃねぇか!!」
セパルが激昂している。その気迫は浴びるだけでも死人が出そうな程だ。だが、そんな事に俺の意識を割く余裕はない。魔法が発動しなかった・・・?
否、発動していなければセパルの一撃は気付くことも出来ず、仮に剣で受けたとしても粉々に砕けこの体は引き裂かれていただろう。実際、この剣には微弱だが魔力が籠もっている。ならば何故必殺の一撃を放てない――――?
「……決めた。お前に死なんて生温いモノは与えねェ。四肢をもぎ、俺に殺してくれと懇願してもいたぶり続けてやる。」
俺が思考しているとセパルが攻撃の為に僅かに身を屈める。
剣は粉砕一歩手前。攻撃を受けようものなら即座に壊れるだろう。即席で『硬度強化』を掛け直してみるが、その効果は本来の数%にまで出力が落ちていた。
セパルの爪がこの手を引き裂こうと飛んでくる。俺は敵の攻撃に合わせ剣を前に突き出し、敵の攻撃と相殺しようとする。剣は使い物にならず、受け切る事はまず不可能だろう。
――――ならば。
俺はその剣へ魔法陣も組み立てず無造作に魔力を垂れ流す。敵と剣の先が数センチの距離まで詰まるが、尚も魔力を流す勢いを休めずついに剣が許容できる魔力を超えた時―――
剣は過ぎた魔力により爆発し俺とセパルを巻き込む。
「なっ……!?」
突然の爆発はいくら魔族といえど躱すことはできず、セパルはこちらに突進していた勢いにより爆発を直に受ける。
当然俺も爆発に呑み込まれダメージを負うが、受けたダメージは相手の方が確実に上だ。逆に、吹き飛ばされた事により相手との距離を開ける意味も含んだ攻撃であった。
爆発による煙が収まり、頬から血を流しているセパルの姿が見えた。
「…クソが」
セパルが口を開く。
「クソがクソがクソがクソが!!!何故俺様がニンゲンを殺す為にイライラしている?時間を掛けている?傷を負っている?何故だ。何故だ何故だ何故だ何故だ!!」
セパルはこちらなど気にせず発狂している。
俺はこの隙に後ずさりしながら敵との距離を更に空けていくき、身体の被害状況を確認する。
――――肉体面の損傷は激しく、気を抜けば一瞬で意識を手放しそうな状態。魔力も剣の魔力暴走を引き起こす為に大量に消費したため余裕はない。近くに武器になるものは落ちておらず、次の攻撃を貰えば確実に気を失うだろう。
「……?」
俺がこの状況の打開策を考えていると背後数百メートルの地点に魔力の気配を感知した。この魔力の波形は魔族では無い。どちらかといえば人間に近いものだろう。・・・取る選択は一つしかないか。
背中を向け魔力反応へ向かえば即座にセパルが俺を殺すだろう。かといって魔法による身体強化は何らかの原因により極微小なものになってしまい、セパルの速さではまず逃げる事は出来ない。
――魔法に加工すると意味を成さないなら、それを構成する元を利用する。
俺は足から大量の魔力を放出し、薄い魔力の床を作る。
その瞬間、セパルはこちらの魔力を感知し何かアクションをとっていることに気付いたようだ。
―――後戻りは出来ない。この方法で生き残る確率は30%弱。しかし、この絶望的な状況では奇跡的な確率だろう。
敵が距離を詰めてくる。先程の爆発で距離を空けたとはいえ、魔族の俊敏さなら数秒で詰めることが出来るだろう。
俺は魔力の床に対して更に強い魔力を瞬発的に放出し自身を砲弾のように後方へ飛ばす。魔力を魔法として組み上げると効果が激減するが、魔力単体の出力に変化が無いというのは剣の魔力暴走による爆発で検証済みだ。当然、魔法として魔力を使用した方が効率は数十倍良いのだが。
とはいえ魔力の大半を使った加速は凄まじく、初速は魔族の速さを超え距離を空けていった。しかし、突然加速した事による空気抵抗で減速も無視できないものとなり、みるみる速度を落としていく。
セパルとの距離は時間が経つに連れ縮まっていく。セパルは勝ちを確信しその顔は狂気の笑顔に包まれていた。
セパルが残り3メートル程の距離まで距離を詰める。そこに生かそうという意志は無く、俺の心臓を抉ろうと手を突き出した。
―――――瞬間、セパルの肩は魔力の矢で射抜かれていた。
セパルが苦悶に顔を歪める。俺は魔力の枯渇による一時的な感覚器官の麻痺により音は聞こえないが、恐らく悲鳴を上げているだろう。
地面に打ち付けられる筈だった俺の体は第三者の魔法によって衝撃が緩和され、誰かが近寄ってくる気配がする。
…敵か判別したかったが体が全く言うことを聞かない。俺はその正体を判別できないまま意識を手放した。
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