2話〜勇者のお勉強(7/7)
エンジュさんは、続きの物語を語ってくれました。
勇者は魔王を圧倒した実力で自分が支配者になることを恐れ、自分の力を剣と盾と鎧に封じ込めて、それぞれを信頼の置ける仲間に預けました。
そして勇者自身も、老いて死ぬ際に、自身の身体の力が残り悪用されることを避ける為、遺体を封じる結界を張り、眠りについていたのだそうな。
その封印の所為で、逆に綺麗な状態で発見されたというのは、勇者としては遺憾なのかも知れない。
つまり、僕は、今。僕が、ほぼ無力であることを理解した。
「あ!? アンス様! その、大丈夫です! 封印を探して解くところまでご同行しますし、本番は全ての力を取り戻した後です! で、ですので、封印の場所を探す為にアンス様の記憶を当てにしていた部分もありますが、な、なんとかなりますから!」
さぞ僕の顔が引き攣っていたのでしょう。全力でフォローされました。
うん、いや、まぁ、はい。超がっかりしました。
あれ。もしかして、僕、じゃあ魔法とか使えないの?
「あの、エンジュさん。つかぬ事をお訊ねしますが……もしかして僕、今、魔法使えないんですか?」
「え? えっと、わからないのですが、強いものは多分無理かと。弱いものなら……あるいは」
………
「……だ、騙された!?」
煙の人、嘘じゃないですか! 魔法使えないんじゃないですか!
……いや、そうか。すぐにとは言ってなかった……詐欺だよそれ……
色々あって、頭を抱える。
「だ、騙してない、ですよ? えっと、なんか、嘘をつきましたか、私? ごめんなさい」
「あ、違うんです、大丈夫です、こっちの話です……」
僕の言葉に、釈然としない顔をしていたけれど、頷いてくれた。
それにしても……はぁ。
勇者として戦うのかと思ったら、僕は力を取り戻すまで護送される立場なのか。まさかのお荷物だとは……
そうか。食堂での出来事で、誰からも罵倒や絶望の嘆きがなかったのは、騒ぎが起きなかったのは、今の僕が活躍することを誰一人想定していなかったからなんだ。記憶を失ってても、封印を解くまでの流れに僕の出番がなかったからなんだ。僕はあくまで、力を取り戻してから魔王と戦う最終兵器。
なんかまた、想定とだいぶ違うよ……煙の人嘘つきだよ……
本日何度も凹んだけど、これが一番キツかった。
つまり僕は、今の所、エンジュさんの期待に応えられる様なものを、何一つ所持していないんだ。ほんとに身一つだ。心さえ、いや、それは考えない。でも、キツイなぁ!
またベッドでうじうじ転がりたくなってきた。やることないと、怠けちゃダメという言い訳が成り立たなくて、ただひたすら寝ていたくなる。良くない。
「エンジュさん……僕、弱いですが、多分足手まといなんですが、なんでもいいので、なんかさせてください……ただ守られて運ばれるだけだと、勇者の名を地に落としそうで、心が、痛いので」
間違いなくエンジュさんを困らせている。がっかりさせない方法を求めてがっかりさせてる気がして、とても、申し訳ない。
「だ、大丈夫です! た、戦いは、その、えっと、ですけど、旅はありますし、色々手伝ってもらいますし! はい、大丈夫です! た、頼りに……して、ます!」
嘘下手ですね!
まぁ、でも、そうか。旅するのか。良かった。ここで待機とか、神輿で移動とかじゃなくて良かった。特に封印の場所がわかるまでとか、封印解除してここに持ってくるまでここで待機とかになったら、退屈と無力感で心が死にそう…….
煙の人……勇者って呼び名がすごく重いですよ……無力感に特に突き刺さりますよ。
大きめの溜息。
やめよう、ますます気を遣わせちゃう。
「ごめんなさい、エンジュさん。僕面倒な性格で。ありがとうございます。落ち着きました」
顔を上げてから、ぺこりと頭を下げる。
「大丈夫、ですか? すみません、私、アンス様の心を乱し続けてしまって」
良い人だなぁと思う。困らせたくないなぁと思う。差し当たり、それが僕の前向きになろうとする活力みたい。そういう意味でも、ありがたい。
「大丈夫です……エンジュさんが気を遣ってくれることも、勇者じゃなくてアンスって呼んでくれたことも、親しく接してくれることも、本当に助かってるみたいです。本当に、本当は、心細かったから……だから、ありがとうございます」
そう言うと、なぜかエンジュさんは泣き出してしまった。
「そ、そうですよね! すみません、記憶を失った上に、身体だけじゃなく、お心までお若くなられてるんですものね! 心細いですよね!」
そして、抱き締められた。
「うぎゅ!」
お、思った以上に力強い!
「私、そういうとこ鈍くて。ごめんなさい、こんなにか弱いんですものね。心細いですよね、寂しいですよね!」
痛い! か弱いって言わないで! あと胸が顔に当たって見た目よりふくよかでやわらじゃなくて気恥ずかしい! あと良い匂いがする!
人と接触する経験が不足してるのに、今日初めて会った人で、しかも女性で、とてもテンパる。
にしても、僕何歳に思われてるんだろう。心細いし寂しいけど、あやされるほどじゃないと思います。
いや、それだけ幼い行動してるってことなんだろうな……ショックだけど否定できないや。
僕がもぞもぞした程度ではビクともしない拘束をパッとエンジュさんが解き、僕の手をパシリと取る。
「アンス様。安心してください。ご両親様や旅のお仲間様の方々の代わりには不足と思いますが、不肖エンジュ・トリナ、傷心のアンス様が眠るまで添い寝をさせて頂きます!」
……なんですと?
「え、いや、そこまでじゃ」
少し、少しだけ、ほんの少しだけ惜しいなと思いながら、子供扱いに反発したくて、ちゃんと強く遠慮する。残念がらない。
すると、少し俯き、頬を赤くしながら、エンジュさんは頬を掻く。
「あ、あのですね。というのもですね。実はさっき、お茶を取りに行った時に、料理番の友人に、記憶失ってるならお茶に媚薬でも盛って一緒に寝ちゃいなよと言われまして、そんなこと流石にやっちゃダメだと思いまして……でも、添い寝くらいは許されるかな、なんて、その、思いました」
そこまできちんと全部言わなくて良いですよ!
なんて危ない、じゃなくて惜し……じゃなくて危ない。
「い、いや、あの」
それでも僕は強く遠慮をする。
「あの、えっと……ダメ、ですか?」
「あ、いえ、そんなことはえっと……じゃあ、その。寝入るまで、よろしくお願いします」
……いや、うん。
だって……僕だって、思春期だもん!
この後、一旦エンジュさんに自室に戻ってもらい、濡れた布で体を拭き、寝巻きに着替えてから、再度訪れたエンジュさんに、頭撫でられたり思う様子供扱いされて、眠りについた。
……今日の不安や凹みが雲散霧消して、自分が思いの外単純なのだと知った。そして……少し涙が出てきて、僕は僕が思ってる以上に、自分が死んだことを呑み込めていなかったのだと知った。
声には出さない様に、でも身体が勝手に震え、僕はエンジュさんにばれない様に泣いた。でも、頭をずっと撫でられていたから……まぁ、ばれてたんだと思う。
ごめんなさい。父さん、母さん。
あと、ありがとうございました……さようなら。