2話〜勇者のお勉強(5/7)
みんなで食べるか、一人で食べるか。僕はその選択を迫られ、今後のことを考え、身を切る思いで、みんなと食べることを選択した。
そして失敗し、今部屋で後悔しています。
そうだよね、転校生ですよね……質問責めでした。それでも、エンジュさんに教わったところは無事に返事をすることができました。
……ですが、肝心の戦い方や動きなどを質問され……呆気なく、僕は記憶がないことを白状することとなってしまいました。
僕に一部記憶がないとわかると、ざわつく部屋。一部だけだとフォローするエンジュさん。そして、明らかに僕にどう対応するか困惑する人たち。僕はそこからまともに食事をするこもできず、固まっていたところをエンジュさんに気遣われながら部屋に戻った。
あぁ、胃が痛い、泣きたい……! 可能ならこの身体の心を誰かに代わってほしい。期待に応えられなかった僕なんて、僕なんてその辺の期待もされない草とかが良かったんだ……
正直、異世界のご飯、興味あったんですが、味以前にどんなものがあったかさえ覚えてません。
大後悔時代……
ベッドに飛び込み、ただひたすら凹む。
隠してもいつかバレたと思うけど、にしても。うう……
僕が寝床で頭を抱えていると、僕を連れてきてくれてから、僕のことを心配してくれているエンジュさんが、オロオロと声を掛けてきてくれた。
「あ、あの、勇者様。混乱されていると思いますが、また、記憶が戻ることもあるかも知れませんから」
気遣うエンジュさんの言葉が辛い。
戻らないんですよ、僕、偽物なので……
いっそ開き直ってそう言ってしまおうかと思ったけど、それなりに傷ついてる筈のエンジュさんにさらに追い討ちを掛けちゃダメだと、グッと呑み込む。
「う、うん……そうですよね……それに、もし記憶が戻らなくても、落ち込んでて良い筈ないですよね。勇者なんですから……」
どうにかしなければならない。こんなことをしている場合じゃない。それはわかっているのに、僕は突っ伏したまま。身体が動かない。そんなに、心が疲弊していた。
「僕は、役に立てるのかな」
そんな弱音が口から漏れた。
そもそも、そんな強い性格じゃない。むしろ、弱い。人ともあまり、上手に話せないし、目立つのも苦手で、期待されたことなんて前からなかった。僕には、大役過ぎる。
「勇者様は、勇者様ですから……役に立つとか、ではなく、その」
僕を……勇者を気遣い、エンジュさんが言葉を探す。けれど、良い言葉が浮かばないらしく、詰まってしまっていた。
そんなエンジュさんの言葉を聞いていて、それが僕の為ではないと思って、つい苛立ってしまう。
「僕は……僕は、あなたの期待する勇者なんかじゃないのに……」
そう口にしてから、ハッとして口を塞ぐ。小声だったから、エンジュさんには聞こえていないかもしれないと、そっとエンジュさんの方を見る。
エンジュさんは目を見開いた後で、俯き、黙り込んでしまっていた。
「ご、ごめんなさい……ごめんなさい、私……」
ポロポロと、涙が伝っているのが見えた。
「あ! ……あの、すみません。僕……あの、さっきの言葉は……」
そこまで言って、僕も、詰まる。
悲しませる気はなかった。八つ当たりをする気もなかった。だから。つい言ってしまった言葉を否定したかった。
……でも。さっきの言葉は本音でもあったので、すぐに否定することができなかった。
しばらく、しゃくり上げる声だけが響き、居心地の悪い時間が過ぎた。
「……勇者様は……」
ポツリと、エンジュさんが言う。
「……アンス様は、アンス様で良いと、思います。勇者でなくても……アンス様は、また、お生まれになったのですから……アンス様は、アンス様で……」
絞り出す様に、エンジュさんは言葉を続ける。まだ、声を震わせながら。
その言葉も声も、聞いているのが辛くて、思わず、僕は唇を噛んでいた。
勇者に憧れていた人に、勇者に会えて卒倒する程喜んでくれた人に、僕はこんなことを言わせている。一番失望しているかもしれない人を、一番傷付けてしまっている。
こんなに良い人を、エンジュさんを悲しませたくない。泣かせたままにしたくない。何より、謝らないといけない。
そう思ったら、ようやく体が勝手に動き出した。歯をくいしばり、震える手でベッドから飛び起きる。
「ご……ごめんなさい! エンジュさん! 僕は、その、当たってました! 記憶がなくて寂しくて、困ってて、それをエンジュさんに助けられて、頼ってたのに、当たってしまって……すみませんでした! 本当にごめんなさい!」
手を床につけて、頭を下げた。
「え……ゆう、アンス様!? そんな、ダメです! 頭を上げてください! そんなのやめてください!」
駆け寄られるけど、でもまだ顔を上げられない。
重ねて、ごめんなさい、エンジュさん。でも、お願いします。これだけは言わせて欲しいんです。
「僕は、立派な人間じゃ、ないです。記憶もないし、性格も、昔の勇者とは、きっと全然違います。勇者なんて、呼ばれるべきじゃないんです。だから、その……今は、様付けだって、違くて、エンジュさんは、悪くなくて、僕が、ダメだから……」
エンジュさんを泣かせた自分が、格好悪くて、情けなくて……そうならない自分にならなきゃ、いけないと思った。
「でも! 期待には、期待されるの、嬉しかったから……期待には、応えたくて、応えられる様になりたくて!」
整理されてない言葉を、そのまま思うままに口にする。
思い出してみれば、呪いの人は、僕なら勇者になれると言っていた。僕に賭けるのだと言っていた。だから、ゼロなんかじゃない。僕は勇者になれる。それにどんな理由であれ、僕は自分で、勇者になりたいって思ったんじゃないか。
「僕は、勇者じゃない僕から始めます。でもいつか、エンジュさんの、みんなの期待に応えられる、そんな勇者を目指します。勇者に、なります……だ、だからどうか……こんな情けない僕ですけど、お力をお貸し、くだ、頂けませんか……どうか、お願いします」
コツンと、床に頭を打ち付けてから、僕はゆっくりと顔を上げた。
エンジュさんは、僕のことをジッと見てから、目を閉じ、深呼吸をする。
「……アンス様……わ、私が、あなたをしつこく勇者様と呼んで、追い込んでしまい、本当に申し訳ございませんでした」
そう言って、エンジュさんも頭を下げる。
「い、いえ! 悪かったのは僕で!」
思わずそう口にすると、僕の言葉をエンジュさんは手で遮った。
「記憶を失い、一番困っているアンス様のことを考えもせず、嬉しくて、はしゃいでしまって……こんな私で良ければ、知識も、力も全てお使い下さい」
「僕は、エンジュさんを使うなんて!」
「私は浮かれ過ぎていました!」
僕の言葉を、僕より強い言葉で遮る。
「ですがそれは、アンス様は、今のアンス様は、過去の勇者様とは違いました。若く、まだ、勇者ではありませんでした……私は、勇者様に憧れております。でも、アンス様は、勇者になると仰られました。だから、私は、今から未来、勇者になろうとするアンス様を、出来る限りお支えしたいと思います。いつか、アンス様が勇者になられることが、私の憧れであり、私の夢です」
そう言って、顔を上げ、震える笑顔で、真っ赤な目で、僕の目をジッと見つめてくる。
「アンス様が勇者を目指している間だけで構いません……私の夢の為に、どうか、私をお使い頂けませんか」
真っ直ぐな目に、僕は、息を飲む。
こんなこと言われると思ってなかったし、凄く、困惑してる。
……でも、胸が痛いほど、僕の事を思ってくれていることが、嬉しかった。
「あ、あの、僕は……」
言葉に迷い、わたわたとしてから、僕は口を結び、返事を待つエンジュさんの目を見た。
「ふ、不束者ですが、よろしくお願いします」
たぶん、返事を間違えた。