2話〜勇者のお勉強(3/7)
ベッドに寝かせてから一分ほどでエンジュさんは飛び起き、僕に運ばれて僕の使うベッドに寝かされたと聞くと改めて気絶し、更に1分後に飛び起きて慌ててベッドから降りた。
元気な人だなぁ。
そしてベッドを降りて、その場に座り込み、スッと手を地面につく。
「……ほんっとうに申し訳御座いませんでした!」
この世界にそういう文化があるのか知らないけど、エンジュさんは深々と土下座をしていた。
「わぁ!? 結構です、そういうのは! いいですから! 気にしてませんから!」
僕は慌てて体を起こさせようとして、触れていいのか戸惑い、直前で立ち止まった。さっき運んだけど、あれは緊急の措置だったから許される。と思う。
「こ、ここ、こう言ってはなんですが、勇者様! 一つ、その、弁明を聞いて頂けませんか!」
「ど、どうぞ!?」
どもりながらも強い勢いに押され、そもそも怒ってもいないのに弁明を聞くことになる。
この人、さては思い込み激しいな。
するとエンジュさんは、大きく息を吸い、吐いて、キッとこっちを見て、少し固まってから、目線を逸らした。
「じじじ実は私、ゆ、勇者様のお、おはな、お話にたい、あこ、その、あの……」
そして声は消えて言った。
わかる! 覚悟って持続しないよね!
おそらく勇者としては共感しない方が良い部分にガッツリ共感する。
「あの……あ、憧れてて、ずっと。ほんとに、お目に掛かれる、なんて、私、その、だから」
消え入りそうな声で、そして後半は涙声で。
僕の胃がキリキリ痛む。
これは、エンジュさんにだけは、絶対に中身が違うことを明かしちゃダメだなと思った。
……よ、よし。浮かんできた、案が。
脳内でシミュレーションとかそういうの苦手なので、ノリで。どうにか、なるといいな。
「あぁ。えっと、その、エンジュさん……」
名前を呼ぶと、顔は上げないエンジュさんの肩がビクンと跳ねた。
うん。楽しいとか思っちゃダメだ。
「その。僕が勇者で、魔王を倒したとか、今、魔王が復活してて、僕が生き返らされたことは、その、うん。わかってる。でも、死んでいた間と……あと、実は、生きていた頃の記憶も……だから、教えて欲しいんです。生き返りの術のことと、僕のこと」
知ってる振りはできない。だから、聞きたい。知らないことにする。覚えてないことにする。
それにたぶん、エンジュさんは勇者オタクだ。だから、色々教えてくれると思う。細かく詳しく。
「お記憶が……?」
僕の言葉に、涙で汚れた顔を上げて、真っ赤に腫らした目を向けてくれた。
胃が痛む。あと他に、微妙に、嗜虐心にこう、なんか来る。身を任せちゃいけないやつだこれ。
「う、うん。お願い出来るかな。詳しそうな、エンジュさんなら、色々わかるかなって」
すると、エンジュさんは軽く放心してしまった。また気絶してしまったかと思ったけど、意識はある様子。
少し心配して見ていると、幽鬼の様にゆらりと立ち上がる。鬼気迫るものがあって、思わず僕がビクッと震えた。
「え、エンジュ、さん?」
恐る恐る声を掛けると、エンジュさんはシュッと姿勢を正し、一礼。
「申し訳ありません。少しお時間を下さい。すぐに戻ります!」
「あ、うん」
返事を聞いたかと思うと、エンジュさんは凄い勢いで飛び出して行ってしまった。
あ、あれぇ。えっと、どういう事態なんだろ。
予想していなかったエンジュさんの行動に頭が働かず、僕はポツンとエンジュさんを待つことにした。記憶がないから捨てられるとか、襲われるとか、そういう怖い想像が過ぎりもしたけど、逃げるアテもないので、取り敢えず待つ。
たまに、エンジュさんが派手に激突した様な音や、転んだと思わしき悲鳴が上がるのが気に掛かる。
「大丈夫、かな」
なんかこう落ち着かない。
しばらく座って待っていると、戸の向こうから男の声がした。
「すみません、失礼します」
そう言うと、僕をここに案内してくれた人がたくさんの紙の束を持って入ってきた。
「あ、はい」
僕が返事をする間に、そっと机の上にそれらを置いて、すぐに戸に向かっていく。
「失礼しました」
そう言って出ていく。
……なにこれ。
手に取って見てみる。
あ、ダメだ。字が読めない。
あれ。でもそう考えると、聞き取れて話せて良かったな。そっちも疎通不可だったら少し詰んでたかも。
そんなこと考えながら読むのを諦めて、また椅子に座る。すると、ほどなくして廊下を走って来る音がした。
来たなと思った。そしてふと、あれ、僕地雷踏んだかな、と思った。
戸が開く。これまたたくさんの紙の持って、エンジュさんが現れた。
先程までは緩く着心地良さそうなローブを身につけていたのに、今はピシリと引き締まり黒を基調とした、正装という雰囲気の服になっている。ついでに、なんか、中世の学者、って感じの帽子を被っている。
……眼帯とまたミスマッチですね。
紙を置き、僕の方を向く。そしてまたふいっと顔を背けてから、意を決したみたいに、頬を紅葉させながら改めて僕の方を見る。
「司祭様にはお許しを頂きました。ですので、勇者様」
少し俯いてから、深呼吸。そして、初めてジッと僕の目を見つめてきた。
「僭越ながら、私、エンジュ・トリナが、勇者様に、勇者様についてをお教えさせて頂きます!」
その顔は、なんか、いたずらな子供みたいな、満面の笑顔だった。