2話〜勇者のお勉強(1/7)
僕を囲んだ人たちは誰しも歓声をあげている。
正直、物凄く怖い。逃げたい。
落ち着こう。
煙の人の話から考えれば、たぶん僕は、ずっと昔に死んだ勇者の身体で生き返ったんだろう。生き返ったというか、宿らされたというか……僕、今、どんな感じなんだ。どういう存在なんだ。寄生虫、みたいな……?
嫌な想像を振り払い、自分の寝ていた石の板のようなものに触れ、それを横目で見る。触っても凹凸は感じないけど、魔法陣の様なものが描かれていた。きっと魔法だ。
魔法があって、魔王とか勇者がいて、ここは、たぶん、異世界なんだろうな。うん。なら、ゲームと思えば気も楽になる……かもしれない。
とはいえ、ロールプレイというか、勇者らしく振る舞える自信はない。勇者というなら、ゲームというなら、選択肢が欲しい。行動も発言も例文の用意を求めたい。あと有無を言えない感じで進めさせてもらいたい。
改めて周囲を見ると、視線が怖かった。
あぁ。今すぐに静かな個室で一人で眠りたい。引きこもりたい。煙の人の手なんて取らなければ良かった。
……つらい。
「申し訳御座いません、勇者様。永き眠りを妨げたこと、お詫び致します」
歓声がピタリと止む。
そして、神官たちの中から、一歩、サンタクロースのイメージに限りなく近い老人が、僕に近付き、そう声を掛けてきた。そして、片膝をつく。他の人も、同様に膝をついて頭を下げる。
恭しく対応されてることに、ものすごく怯む。
「ですがどうか、お力をお貸しください」
その老人の目から、僅かに涙が伝ったのが見えた。そんなにまで、勇者の復活を喜んでくれているのか。
そこで、ハッとする。
僕は、僕でいいのか。この人たちは、僕が入っているこの体の勇者を望んでいるんじゃないのか。
確かに勇者は期待されている。でもそれは、僕じゃなくて、遥か昔に死んだ勇者なのではないか。もしその身体に宿ったのが僕だとわかったら、この人たちは、すごくがっかりするんじゃないだろうか。僕のことを叱ったりしないだろうか。
そう思ったら、血の気が引いてきた。
目が潤んでいくのを感じる。まずい、泣きそうだ。
あくびのふりをして、目元を拭う。
「大丈夫ですか、勇者様?」
ダメです。
そう思ったけど、そんなこと言えるはずもなく、僕は考えた。
涙ながらに事情を話したら、理解してくれるかな。いやダメだ、理解してくれて同情してくれても、死んだ勇者に助けを求めるような状況なんだ、ギリギリなのかもしれない。落胆されるに決まってる。
だとしたらどうしよう。答えを出すには、僕が僕を、そしてこの世界を知らな過ぎる。
取り敢えず、考える時間が欲しいなぁ。
……よし。少し威厳ある風でいこう。
「……あ、あの。す、すみません……ま……魔王がいること、僕が生き返ったことは、わかるんですが……少しあた、頭が混乱して、いて。少し一人で……あ、あと、誰か、あの、わからないことを、説明を……できれば、静かなとこで。色々と、整理したいことも、ある、ので」
勇者、こんな口調でいいのかな……ダメですよね。ごめんなさい。
「おお、そうですか。無理もない。生き返ったばかりですからね。エンジュ。エンジュはおるな?」
「は、はい! エンジュおります! わぁ!?」
忙しない声が響く。そしてドタドタと、膝をついてる人を掻き分けて、転び、起き上がり、僕より少し年上に見える女性が前に出た。
穏やかそうな声で慌ただしく現れた女性は、声のイメージと随分異なる姿をしていた。
細っそりしてそんなに、そんなに身長も大きくはなさそう。でも、ダボついたローブから出る顔や手に古そうな傷跡が多く見えて、特に、左目に眼帯をしていて、眼帯の周囲に火傷の様な痕があるのが、凄く気になった。
虐待……というよりは、傷の雰囲気がなんかこう、歴戦の戦士というか、拷問を受けたとか、そんな雰囲気。少し怖い。
「勇者様。私はここの司祭、ロムロスと申します。そしてこの子はここで一番の秀才で、あなたを呼び起こした術についても、今までの歴史や、今のことについても、一番上手く説明できると思います」
まさかの頭脳担当だった。え、じゃあその傷なに?
「は、はい! エンジュ・トリナと申します! わ、私は、わた、私の! えっと、あの! な、なん、なんでも、あの!」
「ほれ、落ち着きなさいエンジュ」
「あぁ、すみません! すみません!」
エンジュさんは凄い混乱してた。凄くシンパシー。そして、悪いけど、他人の混乱見てたら落ち着いてきました。ありがとう。
……転んでできた傷じゃあないですよね、その傷や眼帯。
「あ、ありがとうございます。よろしくお願いします」
「は、はい! こ、こちらこ、よろ、あ、あの、はい!」
うん、ひどいなこれは。
僕が言えたことでもないけど、ひどいなこれは。
あぁ、でも今の僕は、そうか、伝説の勇者というような立ち位置なのか。
……うん、そりゃ緊張するよね。ごめんなさい。こんな中身です。
情報のあてはあるとわかり安心。僕はこの体が死んだ以後のことは、わかってない前提で大丈夫そう。良かった。
さて、あとは、考えるというか、自分を見直す時間が欲しい。
「あ、あの。あと、一人になれる、部屋とか。ありますか?」
エンジュさんのお陰で落ち着いたのにこの喋り方だよ。
「あぁ、すみません。今部屋を用意しておりますので。あまり大きな部屋は用意できないのですが」
「あぁ、だ、大丈夫です。そんなに、普通ので。大丈夫です」
申し訳なさそうに頭を下げるロムロスさん。僕よりずっと年上で、偉い人なんだろう。そんな人に、頭を下げられるべき僕じゃない。やめて欲しい。
「では、エンジュに案内をさせます。何かあれば、エンジュに申し付けください」
「わ、私が、ですか!? は、はい! ご、ご案内致します! ど、どうぞ……」
慌ただしい。こういう元気な人を見てると、なんか、落ち着く。
「よろしくお願いします、エンジュさん」
僕がそう言うと、少し固まった後、エンジュさんは、ゆっくりと卒倒した。
「え……ええええ!?」
何がどうしたのかわからず、僕は、目の前で意識を失っているエンジュさんを見下ろしていた。