3話〜勇者の呪い(5/11)
走る。
前世の僕は、運動不足だったし、体力なんてほとんどなかった。でも。この身体は違う。色々なものが封印されているけれど、少なくとも、前世の僕よりは速く、そして、長く走れる。まだ息も切れていない。勇者だからなのか、これがこっちの、世界の平均なのか……平均より少し上だといいな。
「さて、と、えっと……走れるけど、このまま……どうすれば」
泣き言が入る。
何も考えていない自分が情けない。そもそも、いくら速くても、空を速く飛ぶグリフォンより速くなさそう。
この間に教会の人がエンジュさんを助けてくれて、その後に僕が教会へ逃げ込むとかなら……でも、教会の人たちの攻撃がほとんど効かないなら、じり貧は避けられない気がする。
勇者として、あまり選べる選択肢ではなさそうだった。
グリフォンは図体が大きくて、かつ、走っても飛んでも速い。さしあたり飛んだ方が早そうなので、そっちをどうにかしたい。
右手に森が見えるから、そこに逃げ込めれば、飛ぶことも直線に走ることも、ある程度抑えられるかな。
そう思った時に、地面の窪みを踏んで、躓く。
「へぶっ!?」
前のめりに倒れ込む。すると、倒れた僕の少し先に、グリフォンが降り立った。転ばなかったら、頭を蹴り飛ばされていた。
「あ、危なかった」
そう口にして上体を起こすと、グリフォンは目の前に立って僕の方を見ている。危ないところなのは、まだ何も変わっていない。
先回りされて、森に逃げ込むことができなくなった。でも、教会へ反転したとして、目の前にいるこの距離で逃げられるとも思えない。
死んだ。
いやに落ち着いた理解を、小さく震える様にかぶりを振って払い飛ばす。
勇者なんだ。封印されてても、何か一つくらい、剣とか、魔法とか、なんなら眠ってる勇者の人格とか、そういうの、一つくらいあってもいいでしょうが!
知りうる限り、アテになるのは必勝の呪い。ただ、それがなんなのか少しもわからないから、頼ろうにも頼れない。
グリフォンが吠え、前足を振り上げる。
盾とか剣とかないから、受け様がない。転がって、かわせるかどうか。でも、それに賭けて転がってみる。だけど、思ったほど速く重心移動ができなくて、ゆっくり横に転がった。
ダメだったと思った……なのに、爪に引っかかれる様子はない。ダメだと思って身を固めて目も閉じてしまっていたけど、慌てて四つん這いに移動してから、起き上がり背後を見る。
するとグリフォンは、足を振り上げた姿勢で固まっていた。固まっていたというか、何かに引っかかったみたいに、呻きながら腕を動かそうと体をよじっている。
…….なにごと?
どうなってんだろうと考えてから、そんなこと考えてる場合じゃないと思い直して、そっと距離を置きつつグリフォンを迂回して、そのまま全力で森へ向かった。今武器があったら最高にチャンスなのに。そう思うけど詮無いこと。
教会へ逃げ込むとしても、エンジュさんが救出されるか、教会へ入ってからにしないと……まるで見えないから全然状況が掴めない。でも取り敢えず、勇者としては、こう、時間稼がないと。
走り、走り、振り返ると、まだもがいている。
良し、いける!
まだ息は切れないし、なんとかなると、僕は森に入り込んだ。木は多いが、草は足首まで。歩きづらく、隠れられるほどではない。
軽く振り返ると、再びグリフォンは動き出して、こちらに向かい走る準備をしている様に見える。
よ、よし。木の陰に隠れてぐるぐる回りながら逃げよう。
そう決めて、また走り出す。咆哮が聞こえたので、恐ろしくなって速度が上がる。
怖い怖い怖い怖い!
鬱蒼とした森をめちゃくちゃに走る。振り返ると、あっという間に森まで来たグリフォンが、羽を畳みこちらに向かって来ているのが見えた。
「速いよ!」
熊とかって、道によっては車より速いというけど、あれもそんな感じかもしれない。四本足怖い。
隠れてやり過ごそうかと思ったけど、真っ直ぐ僕目掛けて走ってくるので、そんな怖いことできないなと草を踏み分けて進んでいく。
しかし、またもすぐ近くまで近付かれてきている。やはり策もなく逃げ切ろうと思うのは無謀だった。
「ま、まだ……!」
少し疲れが出てきた。良くない。
走っていると、倒木があった。なんとか飛び越えられるかと跳ねるが、少し足りなくて丸太の上に着地。するとちょうどその時、僕の乗っている丸太の反対側に、何やら大きな木の実か岩の様なものが落下してきた。そしてそれが丸太に激突すると、丸太はシーソー状態になっていたらしく、テコの原理で僕の側が持ち上がり、僕はそのまま投石機で飛ばされた岩の様に吹っ飛ばされた。
「ええええ!?」
木の枝を折りながら、運良く草や落ち葉の密集したところに転がり、特に怪我もなく着地できた。
「び、びっくりした! 怖かった!」
起き上がり、立ち上がる。また距離は開いたが、またすぐにグリフォンが駆けてくる。
「ひぃ!」
逃げようと一歩を踏み出し、何かを踏み抜く。
「へっ?」
なんだ?と思った時には、僕の足は膝まで落ちていた。地面に触れる感覚がない。
「う、ぎゃあああ!」
僕は、穴に落ちた。




