3話〜勇者の呪い(2/11)エンジュside
私はしばらく、炊事をしたいというアンス様の言葉の意味がわかりませんでした。
炊事のお手伝いなんて、アンス様にさせてしまって良いのか。アンス様が手を入れた料理を食べてしまっていいのか。幸せ過ぎて死なないか。など、色々と考えてしまいました。
しかしやがて、今は戦うことのできないアンス様は、それを気に病み、今できることをしようとされているのではないかと、思い至りました。
お止めしようかとも思いましたが、アンス様が考えられてのことと思うと、それも憚られ、私はそのご好意を受ける様にしました。
「わかりました。ですが、炊事場のみんなが驚かない様に、話を通しておきますので、しばらくお待ちください」
「あ、うん。ありがとう。よろしくお願いします」
さて、と。
私は走りました。そして二度壁にぶつかり転びました。緩いカーブって苦手です……
そして着いた炊事場。まだ早いので、そんなに人がいません。
「おはよう、エンジュ。どうしたのそんなに慌てて。あんた中じゃ走るとすぐ転ぶんだから、落ち着きなよ」
「あ、おはようネルティ」
挨拶をくれたのは、歳上の友達ネルティ。薬の知識と調合に長けた、私に媚薬の混入を勧めた悪い人。そして、炊事場の主の一人。朝食の担当はネルティでしたね。
「あの、お願いがあるの」
「ん。なに? リクエスト? いいよ」
頼もしく安請け合いしてくれます。
でも違うので首を振る。
「えっとですね。その、アンス様が炊事を手伝いたいって仰られまして」
「うん……は?」
真顔になって返されました。わかります、その気持ち。
「なんで? いや、ん、なんで?」
「あの、恐らく、記憶がないとか、今は力も封印されているとか、そういったことを気に病んで、かなと」
「あー、そういう?」
ネルティは天井を見上げ、少し考えてから、うんと頷きました。
「ま、いいんじゃないかい。助かるは助かるからね。記憶はないんだろうけど、元々旅してたっていうなら調理もできる、かもしれないしね。できなくても、簡単な手伝いもそこそこあるし」
「あ、本当? 大丈夫?」
「その時その場で残ってる作業を振るから、てきとうにおいで。あんま遅いと全部終えてしまうけどね」
友人は頼もしく笑います。
「うん、ありがとうございます。あと、他の人にも伝えておいてもらえますか?」
「任されたよ。よろしくね」
「はい。それじゃあ、またあとで」
そして私は走る。慌て過ぎたけど、今度はぶつからずに部屋につきました。
さて、アンス様と一緒に……あ、アンス様まだ寝巻きでしたね。
「アンス様。大丈夫とのことなので、これから向かおうと思うのですが、よろしいですか?」
「あ、うん。大丈夫です」
お着替えも大丈夫とのことなので、私はアンス様の服を掴んで脱がせました。
「ちょっ!? なんで!?」
すると驚かれました。
はて?
「え? ……あ! すみません。服着替えてもよろしいですかと、聞いたつもりで」
「ごめん、わからなかった! 待って、自分で着替えられるから!」
ご遠慮をなされます。
ですが、服の場所などをお教えしないと……というか、その、あれです。勇者様のお肌綺麗で、もう少し見たいと言いますか、もっと見たいと言いますか。
「お任せください。すぐに終わりますので」
そんなことを言った気がします。
そして、気付いた時には、私が強引に着替えさせ終わっておりました。
いけない、と詫びようと思いましたが、謝ることを止められていたのを思い出し、私はピタリと固まってしまいます。気軽に詫びてはいけないということなのかもしれませんが、これは、なかなか大変です……ごめんなさい、アンス様。
そうこう致しまして、私たちは炊事場へと向かい始めました。
するとその途中で、アンス様がお話しを始められました。
「そういえば、エンジュさん。僕がこの世界に……生き返る時に、たぶん、昔の僕の一部、なのかな、煙の様な人に会ったんですよ」
「術で生き返る時に、ですか? それは興味深いですね」
生き返りの術で、昔の自分……生き返る際に、体が魂を呼び寄せているということなんでしょうか。
「あ、えっと。それで、その人は自分が必勝の呪いだと言ってました。きっと、その呪いは僕の身体に宿っているんだと思います。これ、戦いとかに使えたりしないですかね?」
はて? 必勝の呪い?
本には確かに常勝不敗とはありますが、しかし、呪いというのは見たことないですね。
それがアンス様に宿っているのかもしれない、と。
「必勝の、呪い……ですか? 縁起が良いのか悪いのか。本ではそんな伝承は見たことないですが……」
……私の目で、それを見られたら、お役に立てたりするでしょうか……でも、こんな目、気持ち悪がられてしまうでしょうか。
でも、この目がお役に立てるなら、私は、それをしたいです。
「あの、良ければ少しだけ、その呪いというのを見てみても良いですか?」
少しばかり速くなる鼓動を抑え、静かに、そう訊ねます。
「見るって、見えるんですか?」
「はい。あの、あ、えっと、その、ですね、私の、あの、えっと……」
どうして見えるのか説明しないと。でも、失った目を魔術で再生したなんて、それも、失敗して、ドロドロとした目になったなんて、言いにくい。言わなくていいかな? でも、気にされるかな? 誤魔化そうかな? それはダメ、私嘘下手だから。
「どうしました?」
「は、はい、あの……」
躊躇い、躊躇い、躊躇い……い、言いましょう。
これからも一緒に生活するのです。いつか、話さなければならないかもしれません。それなら、今、お役に立てる時の方が、マシだと思います。大丈夫、アンス様は、こんなことで私を嫌わない。
「じ、実は、私のこの眼帯の下なんですが、その、失明しているわけではなくて、呪いや魔力の流れを見ることができる、特異な目なんです……あの、見た目がその……ちょっと、とても、よろしくない感じですが」
そう言ってから、ちらりと様子を見ます。引いた様子は、ありませんね……?
少し安心しました。
「で、ですので、背中を向けて頂いても、よろしいですか?」
「えっ!?」
まさかの不満そうな声!
え、見たいのですか!? こんなものが!?
「え、ええ!? も、もしかして、見たいんですか!? き、気持ち悪いですよ!?」
「あ、ご、ごめん! 見てみたかったけど、いいや! 見られたくないよね! ごめん!」
見てみたいのですか!?
……そ、そこまで、仰るのでしたら……み、見て、気持ち悪いと思われても、距離を置いたりしない、ですよね? 血が蠢く、目とは言えない目を見て、私に近付きたくないと、お思いになられません、よね?
でも、見たいと仰られるのなら、ええ、エンジュ・トリナ、覚悟を決めます……決めますとも!
「あ、あの。その、私のことを、せめて、嫌わないでくださるのでしたら……見て頂いても、構いませんが」
「えっ!? あ、いや、無理しなくて良いよ、僕も、エンジュさんが嫌がることしたいわけじゃないし! 嫌われたくないし!」
私が嫌うわけないではないですか! それより、嫌わないと仰って欲しいところです!
アンス様は私の目を見ております。
緊張しますが……えい。度胸です。
眼帯を逸らすと、私の血の目が周囲の魔力を感じ取り始めます。そしてそんな魔力を搔き消すほど、アンス様の周囲に、いえ、ほぼ廊下を覆うくらいに、金色の淡い靄が広がっておりました。
「おおっ!?」
「んんっ!?」
思わず驚いて身震いした私と、私の目を見て少し身震いしたアンス様。
……あ、やっぱり驚きますよね。
「えっ、何、あの。僕の呪い見えました?」
「あ、わ、私の目、や、やっぱり気持ち悪いですよ、ね?」
お互い気になってること言ったので、会話が成り立ちません。
「あ、いえ。目は、驚きましたが、気持ち悪くはないです」
「えっと、これが呪いなのかはわかりませんが、何かは」
あぁ、お気遣いが裏目に。
なんだかんだ譲り合って、結局私の目の話となりました。
ドロドロの私の目を真っ直ぐに、それも少しばかりキラキラとした目で見つめられています。その、ものすごく恥ずかしいです。
「気持ち悪くなんかないですよ。これ、どうなってるんですか?」
興味深そうに、延々と。うう、こんなに興味を向けられるなんて、否定されないなんて、嬉しくて、でも恥ずかしくて、辛すぎます……!
「あ、あの、これは血で出来てまして、怪我で目を失った時に、魔力で再生して……失敗して、こうなっちゃったんです。そしたら、普通に見えないものも、見える様になってしまって……」
「へー。すごい」
すごくはないんです、失敗なんです。でも、て、照れます……
「……あの、あまりまじまじ見られていると、流石に、恥ずかしいです……」
「すごい……あ、ごめん!」
アンス様は後ろに下がられました。安心した様な、惜しい様な。
ふぅと、一息。
「私の目……すごいですか?」
おずおずと、訊いてみる。
嘘は仰られてないと思いますが、その、念の為……気を遣っていらっしゃるのかを、その、ええ、決して、すごいって、もう少し言われたかったわけではないです。
「う、うん。すごいと思う。かっこよくて……少し、というか、結構、かなり憧れるかも。眼帯もかっこいいし」
か、かっこいい。そんなことを、この目に!
……そう仰られる為にこの目になった気がしてきました! なんて、良き日。この目を嫌悪してましたが、今は、好きになりそうです!
思わず触ってみますか?と訊ねそうになりました。痛覚ないですし、ぶにゅっと指がめり込む感じになるのですが、ええ、そんなこと言ったら流石に引かれる気がするので止めます。我に返って良かったです。
はぁ。あぁ、私は、幸せです。




