夢見るブルーベリー
……台所だ。
ステンレスの流しに調理台、その隣は魚焼きグリル付きの二つ口ガスコンロ。
白い冷蔵庫。木のテーブルにプラスチックの箸立て、赤い背もたれの椅子が四脚。ガスオーブンには火が入っている。
「ほら、よそ見しないで。もう一つ玉子あるのよ」
三十代くらいの女性が、椅子に膝立ちした女の子と二人で何かを作っている。
後ろから抱きしめるように立ち、卵を握る小さな手に大きな手を添えて一緒に殻を割った。
「はい、コンコン、パカ! そう、上手。今度はうまく割れたわね」
顔を見合わせて笑っている。
見覚えのあるエプロン……どうしてその笑顔に泣きたくなるんだろう。
その女性は、小さい女の子の手にはまだ大きい泡立て器を握らせて、ボウルをおさえた。
「ゆっくり、ぐーるぐる、はいもっと、ぐーるぐる。そうそう、ゆっくりでいいわよ」
粉を加えて、溶かしバターを加えて。
「おかあさん、お手て、つかれたぁ」
「あら、自分で作ってお父さんにあげるんだって言ったじゃない。もう少しよ、あとほんのちょっとだけ」
ここにある白い粉が見えなくなったらおしまいね、そう言われてもう一度混ぜ始めた。
出来上がった生地を型に流し、上にブルーベリーを乗せると嬉々として触り始める女の子。
「わあ、そんなにギュって押し込んじゃダメよ、ブルーベリーさんの半分までケーキのお風呂に入れてあげてね。全部じゃ溺れちゃうわ」
「おなかまで?」
「そう、お腹まで」
「……おかあさん、肩まで入っちゃった」
「潜らなければいいわ」
「……おかあさん、お顔まで入っちゃった」
「頑張って」
楽しそうに、幸せそうに。
小さい指で『おいしくなあれ』のおまじないをかけて、オーブンに入れる。
窓からは午後の日差し。オーブンの覗き窓から黄色いランプに照らされたケーキを見つめる大小の背中……抱きしめたくても届かない私の手。
オーブンのタイマーがチンと鳴ったところで目が覚めた。
「あら、マーガレット。またブルーベリーケーキを焼いているの?……ああ、そうね、ダニエルとマークが食べ損ねたって拗ねていたわね」
ふふ、と楽しげに笑うアデレイド様。
この前いらしたお嬢様と焼いたブルーベリーケーキは美味しかった。お嬢様そのもののように素直な味がした。
こんなに単純な作り方なのにどうしてか毎回味が違う。
粉の具合、膨らみ方、ブルーベリーの入り加減、手の速度――違いは楽しくも、もどかしくもある。
今日、一人で作ったこれはどんな味に焼きあがるだろう。
診療所の休憩室にケーキを並べた時の顔を想像しながら、右手人差し指をくるくる回して呪文をかける。
『おいしくなーぁれ、えいっ』
……あの小さい日に作ったものと同じくらい、美味しく出来ますように。
* * *
【ブルーベリーケーキの分量と作り方】
砂糖 : 200グラム
牛乳 : 3/4カップ
卵 : 2個
※薄力粉 : 230グラム
※砂糖 : 小さじ3
※ベーキングパウダー : 小さじ3
溶かしバター(室温に冷ます) : 150グラム
ブルーベリー : お好きなだけ (冷凍ブルーベリーは凍ったまま、薄力粉をまぶして使う)
お好みでバニラエッセンス、細かく砕いたクラッカーやクッキー(型用)
〈下準備〉
※は合わせて振るう
オーブン予熱180度
今回はグラニュー糖がオススメ
型は紙を敷くか、内側にバター(分量外)を塗る。さらに砕いたクラッカー等をまぶしつけてもいい。
1)大きめのボウルに砂糖、牛乳、卵を入れて泡立て器で軽くかき混ぜる。
2)粉類(※)を加えて、ゆっくりゆっくり数回だけ混ぜる。
3)粉が見えてる状態で溶かしバターとバニラエッセンス(好みで)を加えて、またそっと優しく混ぜる。粉が見えなくなったらおしまい。
4)型に流し、ブルーベリーを生地の上に乗せ、指で押して半分くらい埋め込む。グラニュー糖小さじ2〜3(分量外)を上から振りかける。
5)オーブンで40〜50分。焼き色がついて竹串に生の生地がついてこなければ出来上がり。
これもクラシックなレシピです。メモ書きが元なので出典は分かりません。
お菓子作りに手慣れた人が手際よく作るより、初めての人や小さいお子さんの方が美味しくできるかもしれない不思議なケーキです。目指せ下剋上。
砂糖とバターの多さに驚くこと請けあい。
※本編24もあわせてお読みいただくと分かりやすいかもしれません。