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赤い傘

 傘って、どこにいっても傘なのね。


 地球とも日本とも違うこの世界には、魔法があって精霊や妖精が実際にいる。

 それなのに、傘は傘のまんま。

 フライパンとか鋏とかは別に気にならなかったのだけれども、なぜか傘だけ気になった。なってしまった。

 だって、なんか魔法で出来そうじゃない? こう、全身バリアーみたいにはじいちゃう、とか、雨除けの何かを頭上に浮かべるとか。

 少なくとも、片手がふさがる傘からは脱出してそうなのに。

 そりゃ、一般人は魔力も多くないから魔導具になるんだろうけれど、何かほかの方法がありそうじゃない。

 でも、やっぱり傘。そして長靴、雨合羽。


 ミーセリーで降る雨はいつもしとしと。たまにパラパラ。東京のゲリラ豪雨のように降ることはまずない。

 だからか、傘の布目はそんなに密でない。そのため、木から落ちてくるような大きな雫が当たると通過してきて頭を濡らす。

 これって傘としてどうなのかな、と疑問に思ったけれど、雨の日に森に行くような人はまずいないのでいいらしい……ここに一名いるけれどもね。


「あら行くのね、マーガレット。滑りやすいから足元に気をつけるのよ」

「  」


 ポンチョみたいな雨合羽を羽織り、長靴を履いた私にアデレイド様が声をかけてくれる。

 傘を持ち上げて了解! の合図をして屋敷を後に森へ向かった。雨が苦手なバディはお家でお留守番。

 長靴の上までたくし上げたスカートの裾を、それでも濡らさないように汚さないように細い小道を一人で歩いて行く。


 細く霧のように降る雨は森の緑と混ざり合い、烟るような空気になって肺を満たす。人の気配のない森で聞こえるのは、地面を踏む音と自分の呼吸、心臓の音。さあさあと木々を濡らす雨の音。

 薄ら明るい雨の午後、どこかで小さく鳴く鳥の声……この雨は、子どもの頃を思い出させる。


 買ってもらった傘が嬉しくて。早く雨が降らないかと、逆さまのてるてる坊主をたくさん作って、体育が好きな兄に怒られた。

 空梅雨でさっぱり降らない空を恨めしく見上げながらようやく出番が来たのは半月後。待ちに待った雨はでも朝だけで、登校中のわずかな間しか使えなかったけれど。


 ランドセルとお揃いの赤い傘。幼稚園の時のキャラクターが入ったのじゃない、綺麗なただ一色の赤。

 あの日の雨も、こんな柔らかい降り方だった。


 ずっと大事に使って体に合わないサイズになっても捨てられなかった傘は、実家に置いてきた数少ない私物。あの赤い傘はどうしただろう。さすがに壊れただろうか、捨てられただろうか。

 それとも、いつか生まれるであろう兄夫婦の子どもの為に、靴箱の奥で今も出番待ちをしているだろうか。


 ぼんやりと思い出しながら暫く行くと、少し開けたところに出た。ぽっかりと樹が途切れるスペースは、座るのにおあつらえ向きの大きな石がある。

 どうしてかいつも濡れることのないそれに座って傘を揺らしていると、ぽわぽわと小さな子達が飛んでくる。


 普段は気ままに遊びに来てくれる妖精たちに、雨の日は私が会いに行く。お互いに声を持たないから話し合って決めたわけじゃないけれど、なんとなくそうなっている。

 窓の外に雨を見ると、会いたくなる。約束もなしに私が来るのを知っていたように現れる。


 傘を滑り台にしたり、雨合羽でかくれんぼしたり。雨の中でも濡れない羽を動かしてひとしきり遊ぶとまた森へ帰っていく妖精たち。

 最後の一人が見えなくなって、私も来た道を戻る。


 洋服やなんかはアデレイド様のお下がりをありがたくいただいている。サイズが合わなかった靴と一本しかなかった傘は、歩けるようになった頃に「私のもの」を用意してくれていた。

 ダニエル先生とマークが王都で買ってきてくれたこの傘は、どうしてかやっぱり赤い色……ちょっと泣きそうになった。


 帰り道に頭に浮かぶのはミーセリーのこと。

 森から見える屋敷の窓辺には私を待つ明かりが灯る。この雨のように柔らかく全身を包まれる温かい暮らしの毎日が、切ないくらい愛おしいと思った。



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