宵祭りの日
アデレイド視点
ことり、と鏡台にヘアブラシが置かれ視線を上げれば、満足そうなマーガレットと鏡越しに目が合った。
今日は宵祭りの日。
村の中心の広場では篝火を炊き、村人たちが自分たちで作って各家に半月飾っていたお飾りを燃やし、夏の宵の精霊に感謝を捧げる日。王都の神殿でも神事が行われる。
『夏の宵の精霊』……二百年前にこの国に存在した精霊は、その名の通り夏の宵に初めて姿を現したという。
顕現から天候が安定し、それまで続いていた農作物の不作は豊作に転じた。夏の宵の精霊がその姿を隠すまでの数十年間、国に穏やかな繁栄をもたらしたという。それにあやかった祭りだ。
「ありがとう、マーガレット。相変わらず上手ね」
「 」
肩にかけていた化粧ケープをとって襟元を直してくるマーガレットは一つ頷くと、手鏡を私の手に持たせて丸椅子をくるりと回転させた。
合わせ鏡に映るのは適度なボリュームを持たせて上品にアップされたまとめ髪。下の方に控えめに紫色の細いリボンが編み込んである。
「ねえ、やっぱリボンは若すぎないかしら?……ええ、分かってるわ、約束したものね」
散々言いあった結果がこれなのに、やはりまた言ってしまった。
今日の服と色を合わせた細いリボンは実際よく似合っているとは思う。けれど自分の歳を考えるとどうにも気が引けて、片眉をあげて悪戯っぽく笑ってみせるマーガレットに苦笑いで返した。
マーガレットは手先が器用だ。この世界に来る前は化粧品や小間物の売り子をやっていたそうで、初めこそ道具の違いに戸惑っていたが、今では村の若い娘たちが化粧を習いに来るほど。
髪結いは仕事ではなかったが、いつも自分で結っていたから少しは出来ると言う通り、綺麗に纏める。切るのは無理だと髪に鋏を入れることはしないが、駆け出しのレディースメイドよりははるかに上手だろう。
そんなマーガレットは折々こうして私の髪を結い、軽い化粧を頬に乗せる。
歳を重ね、肌もくすんで髪も細くなった。なのに、鏡の中の私は娘時代の頃のように笑っている。
……髪をあげて、ウエストを絞ったドレスを身に纏い、緊張しながらも高揚した気分でファーストダンスを踊ったあの日のように。
「もう言わないわ。ありがとう、綺麗にしてくれて」
階下でドアベルが鳴る。私の肩をポンと軽く叩き、部屋を出て行くマーガレットの後をゆっくりと追う。
前を行くマーガレットの後ろ髪には、私と色違いのクリーム色の細いリボン。
「やあ、こんばんはアディ。この宵に言祝ぎを」
「こんばんは、ダニエル。貴方にも祝福を」
祭りお決まりの口上を述べると、灯り取りの魔導具とお飾りを持って、村の広場へ向かう。
外は夕暮れも終わりかけて一番星が見え始めていた。先を歩くダニエルと私の後ろからは、マークとバディにエスコートされたマーガレット達が少し距離を開けて歩いている。
「アディ、似合ってるよ」
「若すぎるって言ったのに、押し切られてしまったわ」
片手でうなじあたりに触れ、リボンを揺らす。
「年甲斐もないけれど……でも、嬉しいものね」
「……うん。本当によく似合ってるよ」
なぜか満足そうに目を細めるダニエル。彼がこのリボンを用意してマーガレットに渡したのだと知るのは、もうしばらく後のこと。