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バディ視点(書籍二巻記念SS)

「森のほとりでジャムを煮る」二巻発売御礼「なろう特典SS」です。

本編開始前〜序盤の頃。書籍未読でも大丈夫です。



 一番最初の記憶は温かい。

 兄弟達とくっついて、お母さんの足元で安心して眠っていた。

 誰かに急に持ち上げられて目が覚めると、知らない女の子の顔がすぐ近くにあって――驚いて声も出せなかった。


「かわいい! 嫌がらないし、この子にするわ!」


 びっくりして、なんのことか分からずにいるうちに箱の中に入れられて、揺られて……お母さんを探して呼んだけれど返事はない。ずっと一緒にいた兄弟達もいない。

 寒くて怖くて、震える体を止められなくて、布が敷かれた暗い箱の中で隅っこにうずくまった。


 どこかの家に連れて来られたようだと知ったのは少ししてから。どうして自分だけだったのかは分からないが、あの女の子が飽くことなく構い続けてくるから寂しくはない。

 この子は嫌いじゃない。けれど、お昼寝をしていても起こされるし、食べたくないものを口に突っ込まれるので、少しそっとしてほしいとは思う。

 眠るときも一緒のベッドに入れられて、腕や足が降ってきて落ち着かない。抜け出しては、朝になって姿が見えないと泣かれてしまう。


 そんな時間も長くは続かなかった。

 またあの箱に入れられて、今度はガタガタ動くものに乗せられている。


「嫌よ、せっかく仲良くなったのに!」

「聞き分けなさい。勝手に貰ってきたりして……王都のお邸に連れてはいけないわ、お父様は動物がお嫌いなの」

「知らない! お父様もお母様も、ちっとも一緒にいてくれないもの。この子だけよ!」


 閉じられた箱の中にいて周りは見えない。女の子の泣き声が随分長い間頭の上から響いていたが、次第にその声も寝息に変わったようだった。


「ふう、ようやく眠ったわ……困った子だこと。サリー、今はどのあたり?」

「まもなくミーセリーを通るところです、奥様」

「そう。確か村の端に森があったわね。少し回り道になるけれど、そこでこの籠ごと捨てていらっしゃい」

「……かしこまりました」


 ガタン、と止まる振動。箱ごと持ち上げられる感触。

 ゆらゆら揺れて、ごとりと降ろされる。ぱちん、と留め金の音がして――子犬もお嬢様も、かわいそうに。誰かがそう呟く声を最後に、何の音もしなくなった。

 しばらくそのままでいたけれど、少し動いて頭を低い天井にぶつけてみれば、驚いたことに持ち上がる。

 外に出られる! 

 慌てて飛び出すと周りは薄暗い。背の高い木がいっぱいで、空には重たそうな雲。見たこともない景色に足が止まると、木の影になにかキラキラしたものが見えた。


 なんだろう、そう思って近づくと小さくて光っているのがいくつもふわふわと浮いている。僕を見て少しびっくりした顔をして、集まって何か話して……わっ、と一斉に僕に向かって飛んできた。

 耳の上に乗ったり、尻尾にぶら下がられたりするけれど、嫌じゃない。

 楽しくなって遊んでいるうちに、少し眠たくなってきた。


 ……丸くなって眠って、どのくらい経っただろう。

 ぴちゃん、と鼻にあたった冷たい雫で目が覚めた。空からはどんどん、冷たいのが落ちてくる。

 小さい光るのは雨にきゃあきゃあ言いながら、それでもどこかに連れていこうとしているようで、おいで、おいで、と僕に向かって手招きをする。

 前を飛び続ける光るのの後になんとかついていくけれど、上る坂はどんどんあふれてくる水でどろどろだ。ぬかるんですごく歩きづらい足元に何度も転びながら頑張って歩く。

 寒くて、疲れて、もうこれ以上は動けないと思った時にようやく、水のないところに着いた。


 乾いた地面に疲れ切った身体でくたりと横になる。

 ほっとした顔をする光るのにまた遊ぼうねと言って、やまない雨音の中、目を閉じた。


 ――寒い。

 冷たい。寒い……何かが体に掛けられる。温かいもので包まれる。

 ゆらゆら揺れるのはあの女の子の時と同じだけれど、どうしてだろう、今は怖くない。


「――、――」


 誰かの声が聞こえる。男の人と、女の人……でも、箱の中で聞いたようなキンキンした声じゃなくって、柔らかい優しい声だ。お母さんみたいな。


「ああ、よかった。目があいたわ」

「どれどれ……うん、大丈夫そうだね」


 びっしょり濡れていたはずの体は乾いている。少しずつ飲ませてくれる水がおいしい。あたたかいクッションの上で丸くなると、もっと温かい手で背中や頭を撫でられるのが気持ちがいい。

 そのまま眠ってしまって、次に目が覚めても、またその次の日に起きても――それからずっと、もうどこにも行かずにここで「バディ」と呼ばれている。


 お母さんの近くで遊ぶのも好きだけれど、あのふわふわした光るの達は僕が一人でいる時しかでてこないから、よく森にも遊びに行く。


 そうしていつものように遊んでいると、なにかが聞こえた。

 きょろきょろしたけれど、なにも見えない。でも、森の風がいつもと少し違う。

 一緒に遊んでいた光るのが急に慌てだして、あっちあっち、とお母さんの家のほうを指差した――来た、来た、と嬉しそう。

 なにが? と聞いても楽し気にくるくると飛び回るだけで、早く行ってあげてとばかり言う。

 急かされて走って森を出る。ベランダでお昼寝をしているお母さんを見つけて、でも、そっちじゃなくて裏庭へと急いだ。

 呼んでる、聞こえる。誰の声――?




『――バディ!』


 お姉ちゃんの声は他の人には聞こえない。僕と、光るのには聞こえるのにな。

 こんなに歌ったり喋ったりしているのに、お母さんにも聞こえないのは残念。お姉ちゃんの歌、楽しいのに。


 畑でイチゴを摘むお姉ちゃんのそばに走って行く。光るのもお姉ちゃんにだけは会いたがるし、たくさん遊んでくれるから、僕はお姉ちゃんが大好き。

 お母さんもお父さんも好きだし、今の僕には好きなものがいっぱいだ。


 お姉ちゃんの隣は何か安心できるから、みんなお姉ちゃんが好きみたい。

 お父さんのところにいる「じょしゅ」の男の人が、前よりたくさん森に来るようになったのは、お姉ちゃんに会いたいから、っていうのは知っているけど――お姉ちゃんにはお母さんと一緒にここにいてほしいから、連れて行かないように見張っておこうと思う。


 ……とりあえず踏んでおこうかな。むぎゅ。




ありがとうございますの気持ちを込めて、読んでくださった貴方にこのSSを。

2018.7.14 小鳩子鈴 

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