その2 外見と中身
「ああ、そのことなんだがな、振られたんだよ」
「え? マネージャーさんに?」
「そうだよ。お前が原因だ」
は? 私のせい?
腕を組んで、大きなため息をつく戸津。
私はどんな反応をしたらいいのでしょうか?
「お前の散歩に付き合ってることがバレた」
「はあ」
「浮気だとよ」
「はあ」
「弁解してもわかってくれねえ」
それはそれは彼女さんも大変なことで……。いや、元、か。
「それで、散歩をやめたくなった?」
私は言われるだろう言葉を先に口にしてみた。たとえ頷かれても散歩は続けるつもりだ。
だが戸津が口にしたのは別のものだった。
「そんなんじゃねえよ。これは俺の罪滅ぼしだしな」
「迷惑かけてるなら無理してやってもらわなくても……」
「つってもな。もう時既に遅しなんだよ」
少なからずショックは受けているようで、戸津はベッドに横になった。
「まあ、その前にも色々あったしな。全部が細川のせいってわけじゃねえし」
「そうなんだ」
「……見た目で選ぶと痛い目見るってことかねえ」
そう彼は呟く。その言葉に私は何の反応もできなかった。そうだよねとも。違うとも。
イケメン、美女でも恋愛をすると悩むんだなと、そう思った。だけど私からすれば贅沢な悩みだ。
誰かに好かれることなんて一生ないのかもしれない。そう思ってしまうから。
いや、それを変えるために今は頑張っているのだけど。だけど……。
ぎゅうと胸が少し詰まる感じがした。
その感覚を振り払いたくて私は立ち上がると、まだ寝っ転がっている戸津の前に行き手を差し伸べた。
「まあ、どんまい」
「うっせえ」
彼は私の手を握ると勢いをつけて起き上がってくる。
それから戸津は頭を掻きながら何か考えているようで、少しして口を開いた。
「……細川さあ」
「?」
「あいつ以外に好きなやつできたことあるの?」
私はまた椅子に座ると窓の外に目をやる。
夏特有の日差しがさんさんと降り注いでいる。
「あるわけないじゃん」
「告白されたことも?」
「あるわけないでしょ、こんなデブ」
「ふーん、じゃあ痩せたら楽しみだな。告白されまくるかもな」
「……見た目だけしか見てない男なんて付き合いたくもないよ」
「まあそうだよな」
「うん」
淡々と、そう、淡々と話した。
痩せたら本当に誰か好きになってくれるのかな。私の中身を見てくれるのかな。でもそんなの幻想なのかもしれない。
今は深く考えない。考えたら負けな気がしたから。
「あ、そうだ」
戸津が突然にぽんと掌を叩いた。彼に視線を戻した。
「花火大会行こうぜ。ほら、高校の近くでやるっていう……。彼女と行く予定だったんだけどよ。俺友達には彼女と行くからって断っちまって今更なんだよなあ」
「え、やだよ」
「断るの早すぎだろ」
「人ごみ嫌いだし、それに……」
これを言ったら、戸津にまた叱られるかな、と思った。少しの間、口を噤んでしまう。
「それに、なんだよ?」
「それに……」
言おうか言わないか悩んでいると戸津がむすっとしてくる。
「言いたいことは言う!」
そう少しの強めの口調で言われ、私は目を瞑り一息ついた。
「私みたいなのが人ごみにいたら、みんなに迷惑かけるから。デブは邪魔じゃん?」
この一言で空気が重くなった。静まり返る。ほら。言わんこっちゃない。
どうしようかとまたぼんやりして、外を見ようとしたその時だった。
「……よし、決めた。行くぞ花火大会」
え? もしもし? 人の話聞いてました?
「やだって」
またはっきりと断ってみる。
しかしそれが暖簾に腕押しなのは言う前からなんとなくわかった。
「来月の3日、迎えに来るわ」
「聞いてんの?」
「あのなーお前はマイナス思考すぎる! 少しは自信持てよ。そんだけ努力してんだし」
「努力してるかなんて、私を知ってる人しか意味ないことだよ」
「とにもかくにもだ。運動がてら行くぞ! リハビリだ、リハビリ」
ああ、戸津にまた振り回されてる……。
そんなことを思うも、少しだけわくわくしている自分がいる。人ごみは避けるようにしていたため、そんなイベントもかなり久々なのだ。毎回断るもんで、誘ってくる友達もいなくなってしまったくらいだ。
それでも恐怖が勝る。嫌な思い出なんて山のようにあるのだ。
「もう少しだけ考えさせて。お願い」
それだけ言うと戸津には帰ってもらった。
今夜は家庭教師の日だ。
お兄さんの意見を聞こう。