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その1 外見と中身

「おい、細川はあいつをいつまで好きでいるんだ」


 あれから梅雨が来て夏が来て、夏休みに入った。時間に余裕ができ、散歩も色々とルートを変えたりしてみる。そんな散歩中、突然に戸津の口から漏らされた言葉に私は固まった。


「な、何言って……」

「ああ、悪い言い方を間違えた。お前、痩せたら他にしたいことないのかって話だ。振られたり好きでなくなったらダイエットやめるってわけでもないんだろ」

「ああ、なんだそんなこと……」


 私は口元に手を沿えて考えてみた。そういえばやってみたいことはいくつかある。


「んーそうだな。やっぱり好きな服が着たいな。それから友達とショッピングに行って、前を向いて歩きたい」


 他には、と考えてふと過去を思い出した。一瞬マイナス思考に陥りそうになるも首をひと振りして快晴の空を見上げる。


「デブとか不細工ってさ、何をしてもダメだから。泣いても笑われるし、怒っても、笑っても、何か言われてるんじゃないかって思って怖いから。だからね、痩せたら心の底から笑いたい。人の目を気にしないで生きていけたらどれだけ楽なんだろう……」


 これを聞いて戸津がどう思うかなんて私は考えていなかった。彼は「そっか……」と一言だけ漏らして、そこからしばらく無言だった。


――なんだか様子がおかしい。


 先日お兄さんと私と戸津の三人で花火大会に行ってからだ。

 私の知らないところで何かあったのだろうか。

 この時はそんな悠長なことを考えていた。

 あの時の事実を知ったのは夏休みが明けてからだった――



    ◆



 時は少しだけ遡る。七月の夏休みに入ったばかりの頃だった。

 体重は時々停滞期を挟むも順調に落ち続けていた。少しずつだが自主的に簡単な筋トレも始めていた。

 お兄さんからも、


「痩せてきたんじゃない? 前みたいに無茶なダイエットもしてないで健康そうだしいいことだね」

 

とか


「あれ? また可愛くなった?」


 とかを、冗談でも言われて舞い上がっていた。

 お兄さんはやる気を出させるのが本当うまいなと感じている。

 一方でお兄さんの背中を追いかけるために勉強にも精を出していた。早いうちに夏休みの課題を終わらせてしまおうとして机に向かっていた私は、しばらくの間マナーモードのスマホに戸津から連絡が入っていたことに気付かなかった。


勉強がひと段落しスマホを見ると数十件未読になっていた。全て戸津からだった。


――ゲ。


 慌てて内容を見てみる。


『話したいことがある』

『見てないのか? 電話じゃ話しにくいんだ。お前んちいっていいか』

『おい、連絡くれ』

『おい、何してる』

『おーーい』

『電話かけるぞ?』

(不在着信)

『かけたけど出ないのかよ! なんのためのスマホだよ!』

『おい、出ろよ』

『もういい、お前んち行く』


 一番最初の連絡から一時間。最後の連絡が約十分前になっている。


――え? うちに来る?


 それを見て部屋を見回す。ここ数日掃除をしてない。服が脱ぎ散らかり、読んだ漫画や買ってきた雑貨が散乱していた。おまけに朝から寝間着のままだ。

 急いでスマホの時計を確認する。確か戸津の家から私の家まで歩いて十五分くらいだったはずだ。


「やば」


 そう思ったのもつかの間、チャイム音が聞こえてきた。

 宅急便であるはずもなく下から母親の声が聞こえてきた。


「優奈ー! 戸津くんが来たわよー」


 散歩を一緒にしているのを知っている母親はなんの疑いもなく私を呼んでくる。

 これで居留守もできなくなった。


「はーい! ちょっと待ってー!」


 慌てて脱ぎ散らかしている服をベッドの下に投げ込み、寝間着だった服を着替え始める。


「ええっと、とりあえず、ワンピースでいいや」


 寝間着をベッドの下に投げ込み、ワンピースをタンスから引っ張り出す。ふと顔を上げると全身鏡に自分の体が映り込む。お腹が邪魔してしゃがむのが難しくなった体型。それでも少しは痩せた。これがいつか邪魔だと思わないくらいになる日が来るのか。

 そんな日が来るのか、と何度も自分に投げかけたことがある。でも体重は減っているし、ダイエットも珍しく続いている。もう続けるしかないんだ。


「優奈! まだなの?!」


 母親の声にはっとして我に返ると慌ててワンピースを着る。そして忘れたらダメなレギンスを履く。短パンやレギンスを履かないと股ズレを起こしてしまい、内腿が赤くなってしまうのだ。デブのあるあるである。おかげで履いているレギンスやパンツの内腿部分は殆どほつれたり、穴が開いたりしていて完全に消耗品だ。

 着替え終わるとまだ散らかっている部屋のドアを勢いよく開ける。

 と、ガンっ! と鈍い音がした。


「いってええ」

「あ、ご、ごめ」


 額を抑える戸津が部屋の前にいた。


「散歩じゃなくて用があるっていったら、お前の母親があげてくれたんだよ。ったく、暑い中散々待たせやがって」


 額をさすりながら見下ろしてくる。

 やばい、怒らせたかな? と、不安になって目を反らす。だが戸津はそんなことはどうでもいいかのように私をすり抜けて部屋の中に入っていった。


「おい、少し掃除しとけよ」

「そ、そんなこと言ったって。突然すぎて」

「連絡してこないお前が悪い……。ん? お前課題してたのか?」


 机の上に開かれたままの教科書を見て戸津が尋ねてくる。


「あ、うん。一応」

「ほえー。俺もそれなりに進めたんだけど細川のが進んでるな。今度教えてくれよ。なかなか難しくてよ」

「別にいいけど……」


 そこまで言って「ん?」と頭を過ぎる。


「図書館とかでだよね?」

「ん? ああ、そうだな。そっちのがいいかもな」

「それはちょっと……」


 もし二人で勉強しているのが小学校の同級生に見られたらまた何を言われるのかわからない。ましてや二人で部屋なんて……。

 そこまで考えて、一瞬の違和感に気付く。


――嫌ではない?


 戸津が私の参考書を覗き込むのを横目に首を傾げる。

 戸津が来てから色々なことが変わった。生活も、恋愛も。それに引きずられるように勉強もより一層するようになったと思う。


 感謝してる?


 以前の自分だったら同じ空気を吸っているのも嫌だったはずだ。でも今は違う?


「なんだよー。図書館ダメだったらどこでやるんだよ」


 戸津がぼやいた。


「お兄さんが家にいるときなら……」

「三人で沈黙するのか? それはパス」

「ですよね」


 そりゃそうだ、と私も納得した。喋ってるならまだしも無言はきついだろうな。


「そんなことより、話って何?」


 本題を思い出して戸津にベッドに座るように促すと自分も椅子に座った。


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