醜い三人のお姫様
ある国に、三人の類稀なる醜さのお姫様が住んでいました。
いい加減年頃になっても貰い手がつかず、諦めて憐れに思った王様は姫を集めて言いました。
「このままでいてもお前たちは、決して幸せにはなれない。
だからこれからは、お前たちが一番したいと望む事を、自由にするといい。
その為に、私に出来ることなら何でも叶えてやろう」
一番上の娘は内気な性格であり、そのまま引きこもりとなってあらん限りの漫画や映像作品、それにいわゆる同人誌などを集め、一生引きこもって過ごすことを選んびました。
それはそれでまあ、幸せな一生でした。仮に幻想の中での偽りの充足であったとして、誰が彼女を責められましょう。城の宝物庫に愛すべき偶像を蓄え、彼女は夢の中で生きるのです。
二番目の娘ははた迷惑なことに社交的で、世界各国への海外旅行へおもむき、本当の自分を探す旅を一生続ける事を選びました。
行く先々で嫌な顔をされながらもそれなりの興奮や感動を味わえたのは別に悪い事ではありません。
目の前どころかまさにそこにある自身、その存在そのものから目を背け、きっとどこかにある本当のそれを探しに行くという回りくどい修辞的表現はさて置いて、様々な出会いや経験は彼女の人生を豊かなものにしてくれた事だけは間違いありません。
三番目の娘は三人の中でも一番頭の回るたちであったので、姉と同じ轍は踏まないと決めていました。まずお面に近いほど分厚い化粧をして、見る人が何とか不快感を催さない程度まで覆い隠す事にしました。
そして婚活。えげつないと形容できる努力、積極性。よくいる適齢期を過ぎて焦る女性がむしろかわいらしく見えてくる程の手練手管を使いとにかくがんばりましました。彼女は心も醜かったのです。
そして潤沢な資産に物を言わせて出版物、報道などに少しずつ指図を加え、美しさの定義を変革してゆきました。曰く、美とは絶対完全のものではなく相対的な指標であり、個性こそが本当に素晴らしいものだという認識を、じわじわ広めてゆきました。
娘は文化それ自体を変えようと試みたのです。
それは功を奏して今この現状があるわけですが、そこそこの人は大いに救われました。ですが娘はあまりにひどかったので、どれほど頑張っても、やはり誰にも相手にされなかったのです。
目の見えない王子様にですら、いい線まではいったのですが振られてしまったのです。理由は推して知るべしです。
もちろん人の価値は美醜などでは決まりません。
そして他人の価値観に依存する努力など結局不毛なものです。
娘は鏡を見ながらさめざめと泣きました。
厚塗りした化粧が剥げて、そもそものひどい有様が、地獄の光景に変わりました。ふらふらと近寄って来た可憐な小鳥が突如地面に落ちたほどです。
目に映ったそんな姿を嘆き悲しんで、娘は延々泣き続けました。魔法使いや優しい妖精なんて、どこにもいないのだ。誰も私を好いてはくれない。私を愛してくれる人は、たとえ全宇宙を探しても、きっと一人だっていやしない。
涙がようやく収まる頃に、彼女はとうとう気が付きました。こんな自分に目を向けて、手を差し伸べてあげる事が出来るのは、この世にただ自分ひとりなのだと。
しかし他の全ての人々も、ただ表面に見えないだけで恐ろしいほど醜い部分を必ずどこかに持っているのではないでしょうか。
二人の姉のようにそこから目を逸らして生きる事も、短い人生において正解の一つかもしれません。
やはり人は嫌なものは見たくないものですからね。