第一話「12月7日、殺人」
ニューヨーク市警ビル4F
殺人課と書かれたオフィスがその階にはある。
その中をスティーヴンとジョーは話をしながら歩いていた。
途中ジョーと別れ自分のデスクに着くと引き出しを開け、車のキーを中にしまった。
引き出しはスティーヴンの私物で一杯で何が入っているのか一目ではわからない
その時だ
「ちょっとは引き出しの中 整理したら?」
聞き覚えのある澄んだ声にスティーヴンが振り返ると、そこにはスーツ姿のポニーテールの女性ソフィアが前屈みに此方をのぞきこんで立っていた。
「そのうち車のキーも埋もれそうだよ」
「ほっといてくれ」
スティーヴンは暫く間を置き、さらに続けた。
「それより、今朝は助かった。流石の腕前だよ」
ソフィアは
「ふふっ」
と笑い
「当然でしょ、それが仕事だもの…引き出し整理するのよ」
と言うと髪をいじりながら自分のデスクの方へ歩いていった。
「全く…俺の母親みたいだ」
とスティーヴンはつぶやく
二人は分署時代からの仲で、出会ってもう5、6年になる。
年齢はソフィアの方が5つ年下だが生活面ではスティーヴンよりソフィアの方がしっかりしている
ほどなくしてスティーヴンが引き出しの整理をしていると後ろから声がした。
「オマエが引き出しの整理とは珍しいなスティーヴン」
声の主は殺人課の課長デュランゴ警部だ
「あぁ、どうも警部。何か用でも?」
デュランゴは「あぁ」と頷いた。
「ヨークアベニューにあるアパートで殺人だ、行ってくれ」
「また少女の仕業ですか……」
スティーヴンが訊ねるとデュランゴは頭をふった。
「まだ分からないがその可能性も含めて捜査してくれ」
「了解」
スティーヴンは立ち上がり、引き出しから予備の銃デトニクス45を取り出すと ジョーとソフィアに聞こえるように
「殺人事件だジョー、ソフィア来い!!」
と大声で叫んだ。
ジョーとソフィアの2人は急いで立ち上がって上着を羽織り、 既にエレベーターへと歩いているスティーヴンの後に続いた。
丁度到着したエレベーターに3人で乗り込むと スティーヴンはジョーのデスクを指さし口を開いた。
「ジョー、バッジを忘れてるぞ」
ジョーがハッとしてエレベーターから降りようとすると
悲しいことにエレベーターの扉はジョーの目の前で静に閉じられた ―――――――。
雪が降りはじめる中
スティーヴンの運転するエスカレードは ヨークアベニューにあるアパートメントビルの前にゆっくりと乗りつけた。
現場には既に数台の警察車両が停車している。
エスカレードから降りたスティーヴン、ジョー、ソフィアはNYPDのテープをくぐり中へ入った
中に入って3人が最初に目にしたのはエントランスの真ん中に俯けに倒れた男性の遺体だった。
「警部補」
中に入ってきた3人を見つけた制服警官のニックが駆け寄ってきた。
3人とニックは歩きながら話す。
「被害者の名前はジョン・スタリング、大企業の会計士です。一時間程前 ここに倒れているのが発見されました」
スティーヴンはうなずき、ジョーとソフィアに指示を出した。
「ジョー、お前は第一発見者の話をソフィアはニックと目撃者を探せ、俺は検死官と話す」
「わかった」
ジョー達が走っていってしまうとスティーヴンは死体を調べている検死官の横にしゃがみ込み話しかけた。
「シド、どうだ?」
「やぁスティーヴン」
検死官のシドは軽く挨拶を済ませると傷の説明へと移った。
「直接の死因ではないが彼の身体には無数の切り傷がある。特に腕や顔に集中してね、おそらくこれは防御創だろう」
死体を見ると確かに腕や顔に多くの傷が見られた。
「刃物による傷か?」
スティーヴンが訊くと、シドは手袋をはめ死体の傷を開いてみせた。
スパッと切れたような傷ではなく、切れ目がギザギザだ
「見ての通りギザギザだ、刃物でついた傷ならこうはならない。切れ味のあまり良くないもので裂かれたんだろう」
見えるところの傷については分かった が、微細物や詳しい死因についてはシドの解剖とラボの分析を待つしかない。
「ありがとうシド」
話を終え立ち上がると スティーヴンは足早にエレベーターへ向かい、エントランス係の男に声をかけた。
男は40代前半、青い制服で、こんなに寒いというのに腕をまくっている
「ジョン・スタリング氏の部屋は何階です?」
「405号室ですよ刑事さん」
「ありがとうございます」
エレベーターの戸が閉まり動き始めるとスティーヴンはあるものに気がついた。
エレベーターのボタンのエントランスつまり一階のボタンに微かだが血染めの指紋が残っていたのだ。
どうやらスタリング氏はこの中にいた時には既に出血していたようだ。
ここは後でCSI捜査官に調べてもらわないと…
エレベーターが目的の階で止まるとスティーヴンは405号室を調べていた CSI捜査官の1人にエレベーターを調べるよう言い、自身は中へ入っていった。
スティーヴンは入口から室内を一望して中の様子を確認する。
部屋の中は男性の一人暮らしにしては綺麗で、埃一つ落ちていない
スタリング氏は潔癖症だったのだろう
スティーヴンはゆっくりと窓に近づきカギがかかっているかを確認した。
窓のカギはしっかりと閉められ、外から中へ入ることはできそうにない
「ん…?」
周囲を見回していると電話機があるのが見えた。
電話機は古いタイプのもので目を引くデザインだが、スティーヴンが気が付いたのはそんなことではない。
受話器の隣に置かれていたメモ帳が無造作に破りとられていたのだ
これだけ部屋を綺麗にしている人間がメモ帳をこんな風に破りとるはずがない。
よく見てみると何かがうっすらと見える上の紙に書いた文字が下の紙に写ったのかもしれない
「ローン捜査官」
「はい警部補」
近くにいた初老のCSI捜査官ローンが答えた。
「このメモ帳をラボのエーリカに届けておいてくれ」
ローンはうなずくとメモ帳をカメラに収め、証拠を損なわないよう丁寧に袋の中へ入れた。
「よろしく頼む」
スティーヴンは捜査官と手早く話をつけるとエントランスへ戻った
エントランスに着くと少し離れたところからソフィアが叫んだ。
「スティーヴン、目撃者がいたわ」
ソフィアは手帳を持ってスティーヴンの元へすたすたと歩いてくる
「事件が起こった時 エントランス前に停車していたイエローキャブの運転手オリバーさんが犯行を目撃してた」
「目撃者はなんて?」
スティーヴンが興味深そうに訊いた。
「オリバーさんはこう言ってた『突然何かが男に飛びかかり引き裂かれ血が飛び散った』って」
「何かが、か…」
スティーヴンは言い エントランスを注意深く見回した。
監視カメラはない、目撃者の言う《何か》を特定するのは難しそうだ。
だが念のため目撃者にはもう一度詳しく話を聞く必用がある。
「ソフィア、俺は一度署に戻る。もう一度目撃者に話を聞いといてくれ」
「OK任せて」
スティーヴンはテープの外へ出ると エスカレードに乗り込んでキーを回し、近くで第一発見者と話をしていたジョーを呼んだ。
「ジョー、来い一度戻る」
ジョーはドアを開け安堵した表情で助手席に座るなりぼやいた。
「第一発見者の話が長くてまいったよ、発見時の事を話し出す迄に30分はかかった。空き巣がどうとかって」
この仕事をしているとよくあることだ怯えて何も話してくれない人もいるが、逆に事件とは関係のない話を延々としてくる人もいる。
刑事としては大事な証言者の機嫌を害わないようにただそれを聞くしかない…まったく迷惑な話だ。
「それはご苦労さん」
スティーヴンはそう言い アクセルを踏み込んだ――――――――。
1時間後、検死室
署に戻ったスティーヴンは現場の証拠を分析官に渡すようジョーに頼み、シドの解剖に立ち会っていた。
検死台の上に横たわるジョン・スタリング氏の死体は既に硬直が解けはじめていた。
「死因はどうやら失血死のようだ」
シドが言った
「スティーヴン、ここを見てくれ…いくつも切り傷があるが 首についた傷のひとつが運悪く動脈を切断してしまっている」
「凶器を特定できそうな傷はあるか?」
「あぁ、実は胸に他より深い傷を見つけてね 何かの破片が付着していたからラボにまわしておいたよ」
とシド
その時 ピリリリッとスティーヴンの携帯が鳴り響いた。
「すまない、ちょっと失礼する」
スティーヴンは電話にでた。
相手はCSI分析官のエーリカだ。
『もしもしスティーヴン、血染めの指紋を被害者のと照合したよ。 結論からいうとあの指紋はジョン・スタリング氏のものではなかった……。でも似た指紋がエントランスのいたるところに付着してた』
「なるほど、どうやら指紋の主はよくエントランスを利用する人物のようだな…ところでメモの方はどうだ?」
『それも報告しようと思ってたの、悪いけどラボの方まで来てくれる?』
「分かった、すぐに行く」
電話をきるとスティーヴンはシドに向き直った。
「何か分かったら連絡してくれ」
「わかった連絡する」
それを聞くとスティーヴンは検死室をあとにした――――――。
分析官のエーリカは茶髪でショートヘアの綺麗な女性だ。
彼女は現在シドからまわされてきた破片をAFISにかけている最中だ
しばらくそうして分析器を操作していると、突然後から声がした
「待ったか?」
エーリカが振り返るとそこにはスティーヴンが立っていた。
「大丈夫よ」
そう言うとエーリカは1枚の紙をスティーヴンに手渡す
「ESDAで文字を検出した、意味はよく分からないけど」
紙には検出結果がプリントされていた。紙にはこうある
《12/2,5,7 3:00 207,305 盗.EC》
「12/2,5,7は日付、3:00は時間だとして207盗ECとは…」
「盗っていったら泥棒とかかしら」
泥棒…… そういえばジョーが確か……
『発見時の事を話し出す迄に30分はかかった。空き巣がどうとかって』
スティーヴンはもう一度紙を見つめた《207,盗.EC》
そうか、なるほど
「エーリカ、ナイスヒントだ ありがとう」
それだけ言うとスティーヴンは携帯を手に取り走っていってしまった。
「意味わからん」
エーリカが言い、首をかしげた。
殺人課のオフィスに戻ると、スティーヴ ンはすぐさまジョーに声をかけた。
「ジョー、電話した件はどうだった?」
「調べてある、盗犯係の話によるとあのアパートでは空き巣事件が多発しているそうだ…12/5も207号室で空き巣事件があった。ピッキングされた形跡もなく証拠は指紋だけ、犯人はまだ捕まってない」
ジョーはさらに続ける
「その指紋、言われたとおり今回の事件でエレベーターから採取した指紋と照合したらなんと90%一致」
スティーヴンは自分のイスに腰掛け口を開いた。
「空き巣の犯人が今回の殺人の犯人である可能性が高いな」
ジョーがうなった
「スタリング氏は誰が犯人か気付いたんじゃないかな、それで口封じのために殺された」
「俺もそう思う、だが問題はそれが誰かだ…。ジョー、確かピッキングされた形跡がなかったと言ったな?」
スティーヴンが訊ね、ジョーがうなずく
「形跡も残さずカギを開けた、盗犯係はプロの犯行だとみてるらしい」
本当にそうだろうか…
いくら空き巣のプロといえど何の形跡も残さないなんておかしい
形跡を残さないで侵入されたとしたらそれは…
「犯人はカギを持ってた、だからあのメモにはECと…ジョー、今何時だ?」
ジョーは腕時計を見やった。
「1時だけど…どうして時間を?」
「犯人の顔を拝みに行く、準備しろ」
スティーヴンとジョーは腰に銃を収める
二人は歩き出したがジョーは不思議そうな顔だ。
「行くってどこへ?」
「ヨークアベニューのアパート305号室だ」