DEVIL;inthe HEVEN
全5話中の第1話です。
体の内部まで揺さぶられるような振動が一瞬にして千里を走る。遠くで無数の爆発が巻き起こっていた。そしてその場所では今、悪魔と天使が対峙していた。
「ゆかせぬ、これより先は行かせぬぞ!」
「貴様程度の力でオレを止められるものか! ハァァァァッッ!」
悪魔がバサッと大剣を一振りするとそこから禍禍しい力が奔流となってほとばしる。天使は左手の盾をかざして身構えた。
爆発が周囲の木々を吹き飛ばし地面をえぐる。
もうもうと砂煙が舞い上がり一瞬全ての視界を遮った。悪魔はその砂煙の奥へじっと目を凝らす。その時なにかがきらめくのが見えた。
動いたのは本能であった。剣を構えた瞬間天使が目の前に突然現れた。激しい火花と音を撒き散らして剣と剣が交錯する。
「くっ……」
「まだまだだな」
悪魔の肩や腕の筋肉が見るからに隆起しはじめた。来る、天使は直感でそう感じ剣を持つ手にぐっと力を入れた。
悪魔は剣を押し返しつつ禍禍しい力を発動させた。両者を中心としてエネルギーが渦となってほとばしる。片や漆黒の負の力、そして片やまばゆい光の正の力。両者は互いに火花を散らしあいながら周囲にある物すべてを破壊しつくして天空へと昇っていった。
大きく開いたクレーターの中心に立っていたものは、悪魔のほうだった。
「たわいない、天使というものはいつのまにこれほど堕弱を極めたか。我々悪魔軍と闘い勝利した時の力など微塵も感じさせぬわ」
「ぐ……うぐっ!」
天使が必死になって起きあがろうとしている。しかし全身に無数の傷があり、そこから止めど無く血が流れ続けている。意識も徐々に薄れはじめていた。そしてその時、
「待ちなさい! それ以上この天界で狼藉を働くことは許さぬ! 早々に魔界へと帰るか、さもなくばここで打ち倒されるか!」
上空から澄んだ女の声が降ってきた。見上げると4枚の羽根を持つ天使が浮かんでいた。
「シ……シスカ……。来るな……。こいつは尋常なやつじゃ……」
「おやおや今度は女か。まだ死を急ぐ血の気の多いヤツがいたんだな」
悪魔は必死で空に手を伸ばそうとしている天使の、その手を踏みつけた。
「あがぁぁっ!」
「こいつは懸命な判断ができる。どんな天使が来ようとオレには勝てない。そっちこそそろそろ悪あがきをやめて神の首をよこしやがれ」
「くっ……トレファン……。今助ける!」
シスカと呼ばれた女天使は細身の剣をくっと握り締め、上空から一気に駆け下りた。それは一条の光線となり悪魔へと向かう。
「その程度!」
悪魔は右手をガッと突き出した。そこに黒く禍禍しい力が集まりだした。
「シスカァッ!」
地面に横たわっていた天使が力を振り絞って起きあがった。折れた剣を握り締め、悪魔の右肩へと突き刺す。
「くっ!」
一瞬の油断、そして光線は集まり始めた負のエネルギーを粉砕し、手、腕、肩と貫いて地面へ到達した。
悪魔の右腕が突然不自然な隆起をはじめる。
「ぐ、ガァァァァッ!」
皮膚に亀裂が入り始めそこから血と光があふれはじめる。
「こしゃくなぁ!」
悪魔は自らの剣で崩壊が進む右腕を切り落とした。その隙にシスカはトレファンの元に駆け寄った。
「大丈夫!?」
「私のことより、あいつを……。結界は……しかけて……ある……」
「よしっ!」
シスカはトレファンの前で身構える。悪魔は全身から漆黒のオーラを漂わせゆっくりと近づいてきた。左手には大剣を、そして右腕は、ない。
「貴様ら……よくもオレ様の右腕を奪ってくれたな……許さぬぞ!」
「お前はこれで終わりだっ!」
シスカは口中で呪文を唱えはじめる。するとシスカの全身から神々しい力が発せられはじめた。そしてそれに呼応するように周囲の地面から光が沸き起こりはじめた。
「なに?」
「主の慈悲により命は奪わぬ。しかしその穢れた魂は多くの命を奪った。その罰を受けてもらう」
悪魔は鼻で軽く笑う。
「バカな話だぜ。このオレが罰を受けるだと? オレが貴様らに負けるだと! 片腹痛いわっ!」
「終わりなんだよ」
その瞬間、周囲の光がギュッと収縮して悪魔の体を縛り上げた。
「このくらいの力など!」
全身の筋肉が盛り上がる。それに伴って黒い力が立ち上り始めた。
「もう呪文は完成された。魔王でさえ抜けられぬ聖呪縛だ。お前には主の城の地下深くで永遠の幽閉が待っているだけだ」
「ふざけるな、ふざけるな! オレは悪魔の中の悪魔! 神の首を取り、新たな神となる者だ!」
もがけばもがくほど光は悪魔の体にまとわりつき、そしてついには全身を覆い尽くしてしまった。そしてゆっくりと収縮し、やがて光は球体となって空へと飛び出していった。
「これで……よし」
シスカはゆっくりと息をついてから辺りを見まわした。辺りの景色はすっかりと変わってしまっていた。そして無数の天使の死体。いずれ時がたてばこの天使たちも生まれ変わるとしても、あの悪魔を阻止するために一体どのくらいの血が流れたというのだろうか。その血の量を思うと、シスカはとてつもない虚脱感に襲われた。
「う、うう……」
「トレファン……」
地面に横たわっている男をそっと抱き起こした。
「ひどい有様ね。でも生きていてくれてよかった」
「よく、来てくれた。ありがとう……。ううっ!」
「早く戻って治療しましょう」
シスカはトレファンに肩を貸すと、4枚の羽根を広げて空へと舞い上がった。
※ ※
悪魔は十字架にかけられていた。光の力で作られた鎖で腕と両足をしっかりと縛られ、そしてその十字架の周りを何枚もの結界で厳重に封印されている。
彼が封印されている部屋は浄化の間と呼ばれ、通常は地上に降りて穢れてしまった天使を再びこの天界で暮らせる体に清めるための部屋である。神が住まう城の地下深くにあり、部屋の中央に清らかな水が涌き出る泉があった。その泉から発せられる僅かな光と香気が部屋に充満していた。
悪魔はじっとその泉を睨みつけていた。耐えがたい悪臭と目に突き刺さる光。その泉から涌き出てくるものはすべて悪魔である彼にとっては忌み嫌うものであった。下級の魔物程度ならば、この部屋に入った途端に消滅しかねない。彼自身ですら、ざっくりと切り取った右腕の傷がいまだに治りきっていない。
彼の心の内、そして体の内から沸き起こる憎悪の力が形になって、周囲の結界との間に火花をちらつかせていた。
なぜ自分はあんな小娘に敗れたのだ? そればかりが頭の中を駆け巡る。
単に力の強弱の問題か。いやそうならば自分のほうが遥かに勝っているはずだ。ならば隙を作ってしまった甘さか。
目を閉じるとその時の光景がよみがえる。光の筋が一直線に伸びて自分の右腕を貫く。その時はっきりとみた、あの天使の表情。その表情にうつっていたのは、悲しみの表情だった。
そして自分を縛り上げるときもまた悲しみの表情だった。自分はあんな小娘に哀れまれているのか? このオレ様が?
軽く鼻で笑った。ばかばかしいにもほどがある。天使が悪魔に憐憫だと? 天使は悪魔を憎悪し、悪魔は天使を憎悪する。互いに闘い続けて幾星霜、相容れぬ者どうしだ。なのになぜあの小娘は悲しい目で自分を見ていたのだ?
目を閉じれば、小娘のあのいまいましい目つきが浮かび上がる。ふざけるな。
オレは神になる男だぞ。
悪魔はガッと目を見開いた。憎悪の念が怒りの力が周囲の結界に激しく火花を散らせた。
ふと、そこに新たな輝きが増えた。周囲で散る火花でもなく泉から発せられる忌々しい光でもない。光はやがて一つの形を作り出した。4枚の羽根を持つ天使の姿へと。
「貴様か!」
悪魔の体から急激に力が放たれる。部屋全体がびりびりと震えだした。
「随分と厳重に囲われているのね」
天使の体を包んでいた光が徐々に薄れていき、記憶にある姿を表した。そして悪魔は見た。
またあの瞳か!
「そのけったくそ悪い目をこっちに向けるな」
「恐れているの?」
「恐れてなど……」
恐れている? いいや違う! なぜだ、なぜこんなことでひるむんだ。このくそ忌々しい部屋のせいだ!
「恐れる必要はない。私はあなたに対してこれ以上傷つけることはしません。それは約束しよう」
「けっ! 悪魔と約束だと?」
「私たちの約束は絶対です」
そう言って天使はゆっくりと近づいてきた。しかしその歩き方は言葉とは裏腹だった。一歩一歩、まるで自分が不確かな場所に居て、自分の足の置く場所を探っているようなそんな歩き方だ。羽根があって軽やかに大空を飛びまわれる者の歩き方ではない。
絶対なものか、悪魔はそう思った。あんな不確かな歩き方をするものに絶対などありえない。だが命の危険などあろうはずもない。今の天使にはオレを殺すことすら出来ないような気がする。いやオレだけではない、どんなに憎々しく思っていても蟻すら殺せそうにない。なぜだか今のこの天使は、存在自体が不確かだ。
「どうした、このオレ様の右腕を落した者には見えんぜ」
一瞬だがはっきりと分るほど身震いして天使は立ち止まった。視線は床をさまよっていた。
「貴様の名前は……そうシスカだったな。覚えている」
名前を呼ばれてハッと顔を上げた。そしてまたうつむいた。
今の目は哀れみなんかではない、そうオレ様に対しての哀れみではない。強烈な不安と自分の中にあるどうしようもない思いと、そして隙が伺えた。こいつはこんな無防備な状態でよくオレの前に来たな。オレの前に来て恐れているのは、ヤツだ。
「いいのか、こんなところにいて」
「分らない……」
急に笑いがこみ上げてきた。こんな弱いやつにオレは負けたのか? 自嘲気味に笑い声が出る。そして部屋を満たした。
その時、シスカはキッと視線を上げた。怒りが瞳に映っていた。
「笑われる筋合いはないわ」
悪魔は軽く鼻で笑って答えた。
「とにかく用件だけ伝えます。私を地上へ連れていきなさい。その代わりあなたを解放してあげましょう」
「何?」
「何も言うな。ただそうすればあなたは自由の身だ。どうだ?」
なにを考えているこいつ、罠なのか? 地上に行ってなんの得があるというのだ? いや、オレを解放までしてなにをしようというのだ? もしかすると神が何かを企んでいる? しかしオレをどうこうしたところで魔界はびくともしないはずだ。ならばこいつの勝手な言い分なのだろう。
悪魔はそこまで考えてから、恐らくは決定的な一言になるだろう言葉を発した。
「堕ちる気か?」
シスカはなんとも答えなかったが、その表情にはありありと動揺が見えていた。
「やはりな。男か? 人間に恋心を抱いたのか?」
「やめなさい」
「天使ってやつはいつでもそうだ。なぜあんな不完全な生き物を愛するんだ? そのくせにそれを禁忌と定めている」
「やめるんだ」
「どうしたどうした、余裕がないじゃないか。オレを見ろよ。オレは鎖につながれて結界まで張られてるんだぜ? そんなオレが怖いのか?」
「やめろっ!」
その瞬間、シスカの掌から光の弾丸が発射された。それは悪魔の左肩すれすれを通り背後の壁を崩す。悪魔はニヤリと笑った。
「お前たちの大好きな人間が、オレたち悪魔を呼び出すときどうするか、知っているか?」
シスカははっと悪魔の顔を凝視した。
「そうだ、名前を呼ぶんだよ。名前を呼んで、その魂をくれてやるのだ。オレを使いたいんだろ? 呼べよ、名前を」
「………………」
シスカはよろよろとあとずさりはじめた。
「どうした、怖気づいたのか? お前には堕ちてまで逢いたい人間がいるのだろう? 堕ちるには大変だよなぁ。神が許さねぇものなぁ。え? 戦うにはオレが必要なんだと、お前もそう思ったのだろう? 他のどんなものでもない、このオレだけが唯一必要なのだろう?」
シスカの全身から力が抜けた。シスカはどさりとその場に崩れ落ちた。
「さあ、オレの名前を呼ぶんだ。オレの名前は、ルーファス」
「ル……」
「さあ言え、言うんだ」
シスカの口が僅かに動く。しかし声にならない。
「逢いたいのだろう? 逢わせてやるよ。さあ、オレの名前を」
「ルーファス……私をあの人に逢わせて……」
ルーファスはこれでもかというくらいに邪悪な笑みを浮かべた。
「よく言えた。これでおまえの願いは聞き届けてやろう」
ルーファスの体から圧倒的な力があふれはじめる。正の力で作られた鎖は簡単に引き千切られる。そして結界もあまりの力に耐えきれずに内側から割れてしまった。
浄化を目的としたこの部屋は、今や邪悪な力で充満されてしまった。
「ハァーッハハハハハッ! なんて力だ! 人の力とは違う、圧倒的なパワーを感じるぞ!」
ルーファスの体からあふれ出る力で部屋が、いや城全体がビリビリと震えだす。禍禍しいオーラが彼の全身からあふれ出す。オーラはやがて右腕に集まり始め、彼に新たな腕を与えた。彼は幾度か右手を握ったり開いたりして具合を確かめる。
そして彼は確かな足取りでシスカに近寄った。立ち止まり、その場でへたりこんだままのシスカを見下ろした。なんと弱い、なんと弱い生き物だ。そう思うとひどく笑いがこみ上げてきた。
彼はシスカの手をぐっと引っ張った。シスカは呆然とした表情でなされるままだった。その彼女の胴に腕を回した瞬間、彼女の体から力が抜けた。気を失っていた。
城中に突然警報が鳴り響いた。その瞬間外壁がとてつもない爆発で破られる。爆煙の中から現れたのは、天使と悪魔。
「脱獄だ! 悪魔が城から抜け出したぞ!」
「人質が取られている!」
「拿捕が無理ならば殺してもかまわん! 絶対にこの天界から逃がすな!」
天使たちが口々に叫びながら、手に武器を構えて飛び出してきた。
「ちっ。派手にやりすぎたか……」
軽く後ろを振り向きながらルーファスがつぶやいた。かなりの数が追ってきていた。ルーファス一人ならば大した数ではないが、足手まといがいた。シスカは同胞を手にかけることはできないだろう。厄介なもんだ。
しかしいまだにシスカは気絶している。あまりの罪の重さに心が参ってしまったのだろう。天使が悪魔に助けを求めたんだ、無理もない。ならば今しかないか。
ルーファスは突然空中で制止、くるりと振り返りざまに掌からエネルギー弾を連続で発射した。
「散開ぃ!」
回避に間に合わなかった天使たちの幾人かが巻きこまれ、一瞬で消滅してしまう。
「クックック……ハーッハハハハハハハッッ! ぬるい、天使などぬるすぎるわっ!」
続けざまにエネルギー弾を発射。次々と天使たちが落ちていく。そこかしこで巨大な火の玉が出現し、あらゆるものを紅く染め上げていく。
天使たちもようやく反撃を開始、光の矢が次々と飛翔する。しかしそのどれもがルーファスを傷つけることはできなかった。むなしく空を切り、叩き落され、エネルギー弾によって消滅させられる。光と闇のエネルギーが激しく交錯し、今や天界が地獄のような様相を呈してきていた。
ルーファスは手を高々と差し上げ、そこに巨大な力を集め始める。天使たちは誰もそれを止めることはできなかった。そして誰もが危険を感じていた。あの巨大な力が放たれれば、天使だけでなく天界自体が揺らぐのではないか、と。
とその時、ルーファスの腕がぐいと引かれて、彼の集中が途切れてしまった。みるみるうちに集めたエネルギーが収縮していく。
「誰だっ!」
彼の腕を必死に掴んでいるのはシスカだった。
「やめて、お願いだからもう天使たちを傷つけないで! この天界は傷つけないで!」
シスカはぽろぽろと涙を流しながら必死になって腕にしがみついていた。
「いまだ、撃てぇっ!」
周囲にいた天使たちが一斉に光の矢を放つ。それは一筋の閃光となってルーファスに襲いかかってきた。
彼は腕にしがみついているシスカを振り払った。その勢いに負けたシスカは腕を放してしまう。彼は自分の影にシスカが入ったのを確認すると、凄みのある視線で襲いかかってくる光の矢を睨みつけた。
爆発。爆発につぐ爆発。爆炎の中に次々と光の矢が飛びこんでいく。天使たちは容赦なかった。
ルーファスは全身に暗黒のオーラをまとわせて聖なる力を防ぐ。しかしその力さえ打ち破って光の矢が次々と彼の体を傷つけていく。
彼の全身から血が噴出した。次第に目の前が霞んでいく。朦朧となる意識のなか、ちらりとだけ後ろを振り返った。シスカが何か叫んでいる。彼女は無事らしいな。
ついに天使たちの攻撃の手が止まった。ゆっくりと煙が晴れていく。
「お、おおっ!」
天使たちからどよめきの声が上がった。煙の中からルーファスが現れた。全身を自らの血で染め上げていた。彼はゆっくりと手を下ろし、そしてシスカのほうへ振り向いた。
ルーファスは軽く鼻で笑うと、突然ふらりと揺らめいた。力が急速に薄れていった。そしてそのまま地面へと自由落下していく。
ああ、オレは一体なにをしているんだ……。
※ ※
ルーファスが目を覚ましたとき最初に見たものは、心配そうに覗きこんでいるシスカの表情であった。彼はおもむろに手を伸ばし、シスカを抱きしめた。
「なっ、なにするのよ……」
シスカの声は心なしか弱かった。そしてそう言った後はなにも言わなかった。ルーファスは自分でもなぜシスカを抱きしめているのか分かっていなかった。ただそうするのだと思ったから抱きしめた。
全身にだるさを感じる。傷は……塞がっていた。シスカが癒したのだろう。天使の力というやつか……。
そう考えて俄かに違和感を感じた。天使の力がオレに通用しただと? 互いの力は互いを傷つけるものなのに、なぜこの女はオレの傷を治すことができた? いやそれ以前に、なぜこいつはオレを助けた? そしてオレは、こいつが無事だったことに安心感を覚えてしまったんだ?
分らない……分らない。いくら考えても答えは出てこなさそうだ。だがルーファスはひしひしと感じていた。シスカを抱きしめているそのぬくもりが、答えなのかもしれない、と。
不意に怒りがこみあげてきた。その怒りは自分自身に向けて、そしてそれ以上にくだらないシステムを作り上げた神に向けて。
神はなぜオレたち悪魔を作り上げた? それは敵を欲したからだ。オレたちはイレギュラーではない、敵としてあらかじめ設定された存在だ。そしてオレはそれに従って神を殺そうと思いたった。神の掌の上だ。腹が立つ。
そして今なにをしている? 神のシステムから外れてオレはこんなところで天使を抱きしめている。天使は嫌がりもしない。そんなオレに成り下がってしまったオレに怒りがある。
神を殺してシステムを書きかえれば、一体どうなる? 悪魔は対立存在ではなくなる。天使は人を愛する禁忌を禁忌と感じなくなる。そしてオレは、オレは……。
おもしろそうな世界じゃないか。全てが混沌とする。無意味な秩序などない、いい世界じゃないか。やるか、神を。
ルーファスは突然起きあがった。そしてシスカの首に手を回し、いきなり荒々しく唇を奪う。シスカは抵抗したがルーファスの力の方が完全に強かった。
唇を離し、力を抜いた途端頬に衝撃が走った。そして目の前にキッとした視線でルーファスを見つめるシスカがいた。その姿を見た途端笑いがこみ上げてきた。
「ククククククッッ……。どうだシスカ、このオレと世界を変えてみないか? オレはお前を気に入った。そしてお前となら世界を変えられる。神を殺してくだらないこの世界のシステムを潰すんだ」
「ば、バカな」
ルーファスはスッと立ちあがり、右手を差し出した。
「シスカ、オレと一緒に来い」
そのときだった。突然洞窟内に爆発音が充満した。洞窟の入り口にバラバラと天使たちの影が見える。
「そこまでだ!」
「チッ! 見つかっちまったぜ。行くぞ!」
ルーファスは無造作にシスカの手を掴んで引っ張り上げた。
「行くって……だめよ、天使たちを傷つけさせない!」
「お前何言ってんだ? 囲まれちまったんだぞオレたち。ここを抜けなきゃなにもできねぇんだぞ」
「でもだめ、とにかく逃げることだけ考えて。お願い!」
「ふざけんな!」
ルーファスは無理矢理シスカを小脇にかかえて飛び出した。威嚇にエネルギー弾を数発撃ちこんで爆炎の中に突っ込んだ。しかしいきなり体の動きが止まる。
「くっ! なんだよこりゃ!」
光の網がルーファスの体にまとわりついた。そのせいで指の1本も動かせなくなってしまった。
「悪魔め、貴様はこの天界を汚すのみならず我らが同胞を殺した罪によりここで罰せられる。そして天使シスカ、反逆の罪により主の裁きを受けてもらうぞ」
光の網が二つに分かれた。ルーファスの腕から無理矢理シスカは引き離された。
「シスカ! くそ、天使どもめ!」
シスカも光の網に捉えられたまま身動きが取れなくなっていた。そのまま天使数人に連れ去られてしまった。
それを見届けた天使の主導者らしきものが片手を空に上げた。天使たちは一斉に光の矢を準備する。
「ふざけんな! オレはこんなとこでやられはせん、やられはせんぞっっ!!」
叫び声とともに全身から漆黒の力が発散された。それは光の網をずたずたに引き裂いた。
「いかん、やれっ!」
天使のリーダーが手を振り下ろす。天使たちの光の矢が一斉にルーファスに向けて発射された。しかしルーファスの闇の力はそれら光の矢を一瞬にして消滅させ、それでいて衰えることなくグングンとその力を強めていった。
「だめだ、退避だ! このままでは闇の力に呑みこまれる……ウワァァァッッ!」
ルーファスの力が一気に解放された。同心円状に闇が広がり、周囲のあらゆる物を無に還元していく。天使たちもその形を保つことができなくなり、次々に消滅していった。
そして大爆発。空間全てに振動を与えるほどの衝撃。そしてあらゆるものをなぎ倒す爆風。爆煙は天高くに上った。
その爆発の中心点、大きくえぐられた地面の中心に、肩で息をするルーファスが立っていた。
「ハァハァハァ……。くそ、天使どもめ……。神の裁きと言ったな。ならば城かっ!」
ルーファスは一瞬身を縮めたかと思うと一気に地を蹴って飛び出した。目指す場所は神の住まう城。
※ ※
今ルーファスの眼窩に広大な城があった。そして雲霞のごとく天使たちがひしめき合っていた。みな思い思いの装備を手にし、危険なイレギュラーとの対決に臨んでいる。絶対にここから先へは通さない、そんな思いがひしひしと伝わってくる。空気がこれ以上もないほど引きつっていた。
動いたのは天使たちが先だった。左右前後、そして下から一斉に襲いかかってくる。
「小賢しいっ!」
ルーファスが右手を高々と上げると剣が現れた。自らの身長ほどある巨大な剣、刀身は漆黒、禍禍しい力を感じる。その剣を一振りすると空間でさえ切り裂いてしまった。その剣の餌食になった天使が真っ二つに切り裂かれる。血の雨が降り注いだ。
天使たちはそれでも向かってきた。恐れもなにもなく、ただ純粋な憎しみのみを持って襲ってきた。
「小賢しい小賢しい、小賢しいんだよっ!」
ルーファスは叫びながらいとも軽々と剣を降りまわした。そしてその度に犠牲者が雨を降らせていく。しかし天使はひるまない。突き出される武器、武器、武器。そして光のエネルギーが飛び交い、あらゆる天使の術をもって異分子を排除しようとする。
「そうだ、これが神の仕組んだシステムだ! ハハハハハハッッ!」
ルーファスは空を走った。天使たちが密集する中に自ら飛び込んでいき、そこで自らの力を解放する。飛びかかっていった天使たちは無残にも消滅し、その力のフィールドの外にいたものでさえ衝撃波によってダメージを受けた。
確実にルーファスの方が力が上だった。しかし天使たちは果てしなくルーファスに襲いかかってくる。ルーファスも疲労を感じはじめていた。そして次第にダメージをもらいはじめていた。
「くそったれ、あいつがオレの名前なんて呼ばなかったら、こんな苦労はしなかったのになっ! オレは永遠に牢獄につながれていただけだったんだ! くそったれな天使め、のこのこと連れ去られやがって! 助けてやるから、裁きなんておとなしく受けてやがんなよっ!」
ルーファスは続けざまに周囲へエネルギー弾を放つ。そうして穿った穴に飛び込んで血路を開いていった。ようやく城が手に届くところまで突き進んできた。周囲のどこを見ても敵だらけだった。それでもなお、前に進むしかルーファスには考えられなかった。
あの城に、あそこにシスカがいる。
「ハアァァァァァァァァッッ!」
一際巨大な力を解放する。その恐るべき球体は天使たちを巻きこみ、そして城の外壁を破壊して爆発した。ルーファスは空けた穴に向かって突進する。天使たちが幾重にも防御陣を張って防いだ。
「小賢しいんだよっ!」
一度に数人の天使を切り裂きなんとか前に進もうとする。しかし天使たちが行く手を阻んだ。
とその時、城から2人の天使が飛び出していった。一人は男の天使、そしてもう一人はシスカ。
「あいつ、逃げ出しやがったのか。ハハ、いいぜ、いい女だ。神を本格的に相手取るつもりだな。気に入ったぞ!」
ルーファスを取り囲んでいた天使たちの何割かがシスカたちを追って離れていく。そこに向かってエネルギー弾を放って天使の足を止めた。その隙に飛び出し、天使たちとシスカの間に入った。シスカはどんどん遠くへ逃げていく。
「今度はこっちの番だ。こっから先は進ませやしないぜ。やるか? かかってこいよ」
天使たちが一斉に襲いかかってきた。ルーファスは剣を構えなおして、自らも天使たちに突っ込んでいった。
激しいエネルギーの衝突で、凄まじい爆発が巻き起こった。
つづく
五話連続のお話です。
三話までが10年くらい前に書いたもの、そして四話と五話は、つい最近書いたものです。
皆様からの評価、感想、レビューお待ちしております。