音に憧れて
今思えばあれはただの憧れだったのかもしれない。
だけど確かにあの時あたしはあなたに恋をしていた。
音の導くその先に待つ貴方に。。。
何度この道を通っても想い出す。
あの頃あなたがギターを弾いていた場所。
あなたは綺麗なギターの音色を響かせながら、歌を歌っていた。
道行く人の足を自然と止める音。
あたしもつい止めてしまった。
出会いはただの演奏者と通りすがりの観客。
その関係はきっと今でも変わらないんだと思う。
毎週土曜日
その道を通れば彼の音色が聞こえてくる。
あたしにとって憩の場所。
ある時、足を止める人数が少なくて目立っていた時があった。
「今日も来てくれたんだ。ありがと」
演奏を終えた彼がふいに近づいてきて、あたしに笑顔でそう言った。
一瞬自分の後ろに誰かいるのではないかと何度も後ろを確認した。
そしたら彼は大声を上げて笑った。
「面白い子だね」
これがはじまり。
それからあたしが聞きに行くと彼は絶対に声をかけてくれた。
そして終わったら少し話して駅まで帰る。
それがあたしの土曜日の日課。
何度か繰り返しているうちにあたしは彼を好きになっていた。
いつものように駅に足を向けた時、あたしは勇気を出した。
「もし、よろしかったら、食事でもしませんか」
恐る恐る言うあたしに、彼は笑顔で頷いてくれた。
連絡先も交換せず、あたしたちは土曜日の友達になっていた。
彼はいつも楽しそうに笑ってくれる。
あたしはその笑顔が好きだ。
想い何て伝えなくていい。
一緒にいられることが幸せだから。
そう思っていたある日。
彼は来なかった。
連絡もとれないあたしはどうにも出来ず、大人しく帰った。
でも、その次も来なかった。
もうここで弾くことを止めたのだろうか?
それならどうしてあたしには教えてくれなかったのだろうか?
そっか...
あたしはただの通りすがりの人でしかない。
疲れた彼を癒す土曜日だけの友達。
だから連絡先だって...。
そう思うと凄く自分が惨めになってきた。
どうして、どうして...。
だけどあたしは気になって毎週土曜日そこを通っていた。
その場所に5分は待っている。
ストーカーみたいで少し嫌になる。
だけどそれが功を成して、ある日誰かがあたしの肩を叩いた。
彼だと思って期待を胸に振り向いた。
だけど、そこにいたのは見たこともない男だった。
「君、あの祐のストリート見に来てた凪ちゃんでしょ?」
「は、はい」
様々な疑問はあったが、それを押し込めて彼の言葉を待った。
「実はさ、あいつ東京に上京したんだ。どこかのレコード会社の目に止まったみたいでさ」
「そうなんですか」
今までの不安何てなくなって、ただ素直に嬉しかった。
あんなに綺麗な音を聞かせるんだ。
誰の目にも止まらない方がおかしい。
「それでこれ。頼まれてたんだ。じゃあね」
「えっ、ちょっと」
彼は封筒を渡してくると、すぐに何処かへ行ってしまった。
あたしはすぐに中のものをだした。
最初に出てきたのはギターを弾くピックだった。
「すり減ってる」
そっか、使ってた奴なんだ。
彼のこれまでの頑張り。
それを託されたのがたまらなく嬉しかった。
「まだ中に何かが」
折りたたまれた一枚の紙だった。
手紙?
「あ、アドレスと番号」
連絡先が書かれていた
その下にもまだ何やら書かれている。
〈急で君に知らせる時間がなかった。手紙でごめんな。応援してくれてありがとう。忙してくて返せるかわからないけど、いつでも連絡してくれ〉
結局一度も連絡はしていない。
アドレス帳に登録したそれは、いつも表示させただけで止めてしまう。
勇気がないとかそんな想いもあった。
だけど何よりあたしが夢を邪魔してはいけないと思った。
ただの憧れだったのか。
だけど確かにあたしは恋をしていた。
夢だったのかもしれないと思うときもある。
だけどアドレス帳に入っているその文字が現実であると教えてくれた。
いつかあなたが表に立つようになったなら、その時あたしはお祝いをしてあげよう。
だからその時までは。。。