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新・そろ~り  作者: 中仙堂
2/2

ようようと風は流れ始める

堺の街を見下ろす小高い丘が有った。壮年と思しい男が一人、眼下に拡がる町並みを眺めて居た。

遥か下から丘の上まで続く白い道を、誰やら登って来る者の姿が見える。

一人使いの小僧で有ろうか幼い連れの姿も見えた。

暫くすると肩で息をしながら近づいて来ると。

「暫くでございました。」「無沙汰でございます。」太閤の待ち侘びる大阪城も完成まで目鼻が付いて来た頃、

暫く謹慎の身を、「ととや」の隠居所で茶道三昧に明け暮れて居たのは利休で有った。

「大阪も間もなくでございます。」

「堺も変わろうもの。」

「御意。」

利休は連れの小僧に、懐中の菓子を与え遊ばせると。「太閤様の大仕事も仕上げ間近。」

「築城の事ではございませんな。」

軽く頷きながら。

「久しい間、此の國では干戈の音が絶えなかった。」「信長公が身命を賭けて留め置かれた軍も、恐らく太閤様の御世にて終盤と成りましょう。」

「いや、そうして戴かねば幾千万の巷の魂が、いたたまれない。」



「時に、新左殿。」

「何で御座りましょう。」「今、太閤様が一番頭を、お悩ましの事は、何で御座ろうか。」

「さあて、天下様と祭り上げられても、天下様とて悩みは多いでございましょうな。」

「みちのくには何と云っても独眼龍が片目を光らし、関八州には、大狸が控えて居る。」

「天下様も、まだまだ死ねない。」

「因果なもので御座る。」「逸れだけでは御座らぬ。」

「まだまだ太閤様相手につわものがございましてか。」

利休は実に深刻な憂いを見せた。

「…。」

「利休殿、いや太閤様の大敵とは。」

「独眼龍も、大狸も無駄な軍はせぬもの。」

「応仁以来の長い軍が為、物の道理が判らぬ輩が実に多い。」

「てんでに一国一城を夢を見て居る。」

「夢を見るのは勝手じゃが、國中の百姓が刀を持って居る。」

「とっても太閤殿だけでは治め切れるものでは無かろう。」

「刀と成れば新左殿は当代きっての鞘師。」

「…。」

「研師でも無いのに当代切っての切れ者。」

新左衛門の目が妖しく光った。

「うあっ、はっはっはっは。」

心の中を利休に見透かされた気がして、新左衛門は可笑し気に笑った。



秋も深まり朝晩の冷えが一段と厳しさを増して来た。大阪城本丸の武者控え、板張りに陽光の温もりが懐かしく感じられた。

「佐々木殿。」

「良い陽気でござる。」

「ふん。」

「天下泰平。是が本物で有ろうか。」

「むくむと…。」

「いつまで続くものか。」

「三日天下とは言わん。」

「あっはっは。」

「おい、佐々木の…

ある男が眉を潜めて、「禁句だぜ。」

「貴様、何んにを恐れるか。」

「た、太閤様じゃ。」云われた男の顔から血の気が引いた。

「太閤様お成り。」

直ぐ脇を通った人影は太閤で有った。

本丸大広間に太閤は現れた。

ばしりと恐ろしい音を立てて、拝礼が行われた。


太閤謁見の中、重鎮から暮れに掛けての心得が為された。


ややあって一同くつろいだる処。広間前方、太閤のお伽衆辺りからやおら立ち上がり、

太閤の左耳の臭いを嗅ぎに出た不届きな男が居た。


久々の嫌われ者が始末に、あからさまに憤慨の色を見せた者も居れば、蒼い顔で黙り込む者も居た。


しかしこの日の新左衛門は違った。


そしてこの日の太閤の目は妖しく光った。


お伽衆第一の利休は、そっと目を反らしては居るが、今回は納得する素振りで有った。

太閤はじっと目を閉じると軽く頷き。

「……。」

何かを呟いた。

そっと退く新左衛門に羨望と憎しみの視線が集まった。


数日して新左衛門に呼び出しがかかった。

大阪城本丸奥、秀吉の居間で有った。

「新左衛門殿にございます。」

「そろりに御座ります。」

「うむ。」

「…。」

「利休に聞いた。」

「は。」

長い戦乱の世に天才児信長は歯止めを掛けた。

しかしながら、まだまだ天下を、あわよくば我が手にと狙う者は跡を絶たない。

太閤秀吉とて、その一人で有った。

「そろり奴。」

「はっ。」

「天下と云うものは、じゃじゃ馬のようなものよ。」

「男と生まれ、一度は手にして見たいものじゃが。はたまた手を焼くもの。」

「手前、鞘師を生業とし、思いますに、國中の百姓の手に如何程の刀剣がございましょうか。」

「ふん。百姓共の宝を無闇に取り上げりゃ國中に灰神楽が立つぞ。」

「…。」

「刀で糊口を養うそなたが。百姓共から宝を根こそぎ取り上げる妙案が有るかや。」


「太閤様。人聞きが悪う御座ります。お取り上げなさるのは太閤様にございましょう。」「かっはっはっは。」太閤は久々に上機嫌で有った。

「而してその手筈は如何。」

新左衛門は形を改めると。

「民百姓と云えども、物云はざれば腹膨るるもの。」

「ふん。」

「刀はもの云わぬ百姓共の最後の手段。」

「…。」

「取り上げるのは酷」「…。」

秀吉は嫌な物を見る様に横目で睨み付けた。新左衛門は、素知らぬ顔で続けた。

「しかし乍、ご政道に安易な情けは無用。」「ふん。」

「民百姓の間に無益な武器は後の禍根と成りまする。」

すると秀吉は目を怒らして怒鳴った。

「たわけ。そんな事、童に語る事じゃ。」


余り回りくどい話しに太閤は癇の虫を起こしならしい。

「ご無礼を致しました。」

新左衛門は冷や汗を拭い乍ら話しを続けた。

「私、堺を中心に刀剣に関わる加治、研師仲間の目利きを集め居りまする」

秀吉の目に何かしか反応が見られた。

「…。」

新左衛門は、そっと確認しながら。

「太閤様は茶の道にて利休殿を天下一に格付け為さいました。」

「天下は太閤様のご威光を疑う者一人とてございません。」

すると。

「あっはっはっは。」秀吉は笑い出した。

「そろり奴、憎い奴。」

「…。」

「お前に任す。」

「有難き幸せに存じまする。」

「しかし、憎まれるぞ。」

「存外に存じます。」秀吉は笑い乍、厠へ去った。


さて、

天下は動き始めた。

大阪城に異例の人事が始まった。

大広間に集められたのは、武士では無く、茶坊主でも無かった。

勿論、お伽衆でも無かった。

「これはこれは。」

「噂には聞いて居る。」

「天下様は流石じゃ。」

「そろり奴。」

「満更でも無いらしい。」すると、

「控えいっ。」

小姓頭から激が飛んだ。

「ははっ」

その気合いで

一同は震え上がった。


つっ、つっ、つっ。

大阪城の長い廊下を

歩く音がする。

「太閤様のお成り。」

大広間の真ん中で屏風を背に、小柄な男が周囲を

睥睨して居た。


さあて、

興味はあっても、時の権力者、太閤秀吉の素顔を、た易く拝める訳では無かった。

「顔を上げい。」

「あっはっはっは。」

一同の者達は動転した。

思わず見上げる眼差しの先には、天真爛漫な老爺が居た。

「ははーっ。」

「楽に致せ。」

皆々安堵の色を見せた。

「皆に申す。」

太閤に代わり

あの名将の一人、

石田三成が厳かに

語り始めた。

「応仁の乱以来続き、久しい戦も太閤様のご威光による御働きにより終焉をお迎え、誠に慶賀に存じまする。」一同は平伏して。

「は、は~っ。」

静まり帰った。

三成は、それとなく太閤に目を遣ると

おべっか使いなど、何処吹く風とばかりに、素知らぬ風情で有った。

三成も無表情で、

「時に。この泰平を不満げに、良からぬ扇動を企む浪人共、悪僧共の枚挙の暇も無い。」

「その機を窺い、懐の刃を撫して居る輩も数知れず。」

「…。」

「そこでじや。」

彼は声を大にして、

「太閤様のご事跡を確固為らしめる為じゃ。」

「その方達の目利きを集めた次第じゃ。」

「…。」

「天下の為。太閤様の為その方等の力を借りたい。」

広間のあちこちから、太いため息が流れた。

あちらから、こちらから囁き声が湧き出した。

「聞かれい。」

「今の侭では天下の仕置きは成らん。」

すると大阪城の広間はざわめきが一杯になってしまった。

その時何か、どすの利いた叫び声と大きな笑い声が響き渡った。

「あっはっはっは。」広間は水を打った様に沈黙した。

「天下の為じゃ、延いては、天子さま。大御心。」

太閤の言葉。これには一同引かざる負えなかった。

体面を失った三成。

「仔細は後ほど新左衛門から参るで有ろう。」

いつの間にか太閤はその場から去って居た。


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