第8話:魔鳥
「じゃあ、次は光の初級呪文です。とはいっても、光よは既に覚えてしまっているので、回復呪文をやってもらおうと思います。光の魔法は回復魔法が多くを占めています。もっとも初級では擦り傷程度しか癒せられないですが」
「はあ。なるほど…で、誰に試すんですか?」
「…人限定ですか。いえ。一応こちらで用意はしているので」
なんだ違うのか。そっちの方が試しやすいと思うのだけれど。
…いや待て。その思考は危ないぞ僕。
「用意してるのは…この魔鳥です」
先ほど魔晶石を入れていた大きな袋から何かを取り出す。大きな鷲のような黒い鳥だ。魔、と着いているので、恐らく魔族と呼ばれる、人々に害を与えるような存在なんだろうと思う。
「ちょ…こいつどうしたんだよ!傷だらけじゃないか!」
「……?何を言っているかわかりませんが、これの傷を治してください。あ、大丈夫ですよ。治したら直ちに殺しますから」
「…」
殺す。
この世界に来て初めて感じることができた殺伐とした気持ち。身近な人物から聞くその一言からはただ恐怖しか感じなかった。…とはいっても、精神耐性のスキルがある今の僕ならば、鶏とかであれば、多少の罪悪感しか抱かなかっただろう。
ただ恐怖。魔族というだけで殺す。いや、でもこれはきっと此処の人間にとっては、当たり前のことなんだろうと思う。
当たり前のこと…なんだけれど。
「はい。どうぞ」
気絶をしているのだろう、全く動かないその魔鳥は羽が所々禿げており、その肌からは血が出ていた。
「…どうしたんですか?そんなに怯えて…大丈夫ですよ。魔鳥が動き始めたら私が殺しますから。安心して呪文にいそしんでください。それとも呪文がわからないんですか?呪文名は治療ですよ?」
「――!」
淡々と話すリリィさんになぜか鳥肌が立った。……いや。今は、この魔鳥を治療しなくては。
「治療!」
魔鳥をそっと地面に置き、手の平を魔鳥に向け、呪文を唱える。血まみれだったその体はすぐにその傷口がふさがった。
「おめでとうございます。が、少し魔力を籠めすぎかと思われます。まあ、完璧とまではいきませんが、高得点あたりですかね…さて。その魔鳥を渡してください。目が覚めてしまいますよ」
僕の方に手を差し出す。
「いやだ」
その手を振り腹、僕は腕の中に魔鳥を抱く。
「…魔族に肩入れですか?やめなさい。そんなことしても無駄です。幼体とはいえ、目が覚めたらあなた程度食いちぎられてしまいます」
「いやだ!向こうに行け!命令だ!」
「いいえ。その命令には従えません。私の命はあなたの護衛なんですよ?危険にさらすようなことはできません。何より――私の家族を危険な目に合わせられません」
少し辛そうな顔をするリリィさんから目をそらすが、すぐにその目線をリリィさんの方に向けた。
「…どうしてもっていうなら光よ!」
「――っ魔法妨害!」
光をもろともせず、レジストとかいう魔法で、その光を無効化してしまった。
しかしそれでもいい。逃げる時間があればそれで逃げれる。
「な…いつのまに」
恐らく彼女の視界には僕が映っていないだろう。なぜなら既に僕は家の裏庭の方に既に移動しているのだ。
家の裏庭で、すとんと腰を落とし、腕の中で少しムズムズ動いている魔鳥に目を向けた。
「はあ…はあ…まったく。ひどい人だ。こんなにかわいいのを殺すだなんて」
魔鳥を抱きかかえている腕の中からピイピイと小さな声が聞こえる。
「…大丈夫か?」
苦しそうだ。離してあげなくては。
「ピイピイ」
魔鳥は小さな二本足でひょこひょこと歩く。どうやら、完全に回復はしていないようだ。
「大丈夫か?」
「ピイ」
ガリ、と、差し出した、僕の手からはそんな音が聞こえていた。数秒のタイムラグの後、「いってええええ!!」という僕の声を抑えた叫び声が響く。
怖い!超怖い!くそう。やはりリリィさんが正しかったのか!?
「…うん?」
痛みが麻痺し始めたあたりで、未だ指をがじがじしているこの魔鳥をよく見てみると、震えているのがわかった。
怖かったのだろう。たぶんリリィさんの事だ。笑いながら気絶まで追い込んだに違いない。なんて人だ。味方でよかった。今は敵なんだけれど。
「…怖かっただろうな。よしよし」
人差し指で、そその小さい頭を撫でる。綺麗な毛並みだ。すべすべしている。
「きゅ」
…ぐっ…あっ…か、かわいいから、その鳴き声をやめてくれ!
「大丈夫。お前は僕が守ってやるからな」
そのまま、頭をなでてやるといつの間にか僕の指から口を離してくれた。指の先を確認してみると、白いなにかがのぞいている…うわ。これ骨だろう?グロいよ。
「みゅう」
再度かわいい鳴き声を上げると、魔鳥は舌を出してかみついた指をぺろぺろとなめてくれた。少ししみるけれど、不思議なことに、指の傷は徐々にふさがっていた。なんだこれ…この魔鳥の唾液にはさっきの治療のような効果があるんだろうか。
不思議だ。
「うーん…しかし、いつまでもお前とか魔鳥とか呼ぶのはちょっとなあ」
「ピ?」
名前を付けてやるのもいいかもしれない。
「うーん…うーーーーん…うううううーーーーーーん…そうだ。うん。よし。これがいい」
「ピイ?」
なめるのをいったん中止して首をかしげて期待した目でこちらを見る。
賢いな。こいつ僕の言っていることがわかるのだろうか・
「クロ。お前の名前はクロだ!」
理由?色が黒いからだよ。言わせんな恥ずかしい。
「気に入ったか?」
「みゅう♪」
うわああああ!くっそかわいい!やめろ!う、うわああああああ!
――閑話休題
「…はあ…リリィから聞いたときまさかと思ったが…」
「…シキ。これがどういうことかわかっているの?」
「悪いことは言いません。シキくん。私にそれを渡しなさい」
こっそりと、玄関に入ってあらびっくり。どうやらリリィさんの手がすでに二人に回ってしまったらしく、恐らく弁解は無理だと考えられる。
「ならば!分からせるのみ!」
僕は、サッと、さっきリリィさんから預かった魔法媒体である杖を取り出した。
僕の行動ににさっと身構える3人。…いやちょっと待って。これ、まるで僕が悪人のようじゃないか。
いやしかし、まあ、そこは気にしなくていい。クロのためにも頑張るのだ。
ここはいざという時に覚えておいたあの魔法を発動するときだろう。必死に覚えた詠唱と呪文名を僕は読み上げ始めた。
「《迷える光の聖霊よ 永久の闇を葬り去れ》」
「ま、まずっ!おい!ユフィ、リリィ!魔法妨害の準備だ!」
「ひ、光魔法の中級呪文…!?いつの間に…」
「ユフィさん!早く詠唱を!」
うっ…今の僕だと少しきついか?いや、でも…この腕でいい間は寝息を立てるクロの為にも!
僕は、最後に呪文名を読み上げた。
「光零の矢っ!」
ちゅどーん
その音を簡略化するならそんな感じだろう。
こんな客観的に言っているもののやった本人が言ったところでどうしようもないなあ、と今この瞬間なら思える。
レジストとやらはどうやら間に合ったようで、家の中に煙が立ち込めてはいるものの、家の中は何とか無事であった。
…いつの間にか起きていたクロはその様子を見てうれしそうだ。擬人化したら多分「ざまぁ!」とか言ってるんじゃないんだろうか。
「…」
「…けふ」
「…………」
…3人とももしかしなくとも怒ってないか?
今のうちに逃げようかな…。と、そろっと後ずさりをした直後、まるで瞬間移動のように母さんと父さんが僕の目の前にやってきて、こんなことを言い始めた。
「さっっっっっっすが我が子だ!」
「ふおお!?」
父さんがいきなり大声を上げる。非常に耳障りである。
「いやー!既に中級光魔法をおぼえているとは!」
「いえー。ぶっちゃけ魔獣がどうとかどうでもいいですもん。飼いたかったら飼えば?、みたいな感じ?」
と、母さん。あまりにもひどい掌返しである。前話の気迫は塵となって消えてしまったようだ。さっきのはノリか何かだったんだろうか。さっきの僕の心の葛藤を返してほしい。
「リリィは頭かたいからなあ。あんなににかわいいんだからいいじゃあねえか」
父さんもぶっちゃけますかそうですか。
「で、ですが…」
「あなたは、もう少し偏見に左右されないで物事を考えなさい。勉強ができてもある程度応用できないと身に着けた意味がないのといっしょ。柔軟にならないと将来結婚できないわよ?」
「な…何をおっしゃってるんですか!?私はまだ16歳ですよ!?結婚なんてそんな!」
「衝撃の事実!?」
衝撃すぎて思わず口から出ちゃったよ!?
16!?16と言ったか!
「あら?シキ知らなかったの?ずいぶん老けて…ん”ん”。大人っぽく見えるけど、リリィちゃんはまだまだ花の16歳よ?」
「嘘!?24歳くらいじゃないんですk――「シキくん。それ以上言ったらあなたにトラウマを刻みます」――わーすっごい若いね。リリィさん。え?もしかして12歳くらいなんじゃないんですか?ってぐらい若く見えますー」
「やだもう。口がうまいんだから!」
赤面して嬉しそうな顔をしているリリィさんは、母さまに比べたら二回りほど小さいその胸に顔を埋められて、16歳とは思えぬ腕力の中で僕は静かに気を失った。
翌日。どうやら、あの後僕は結構な時間気絶してしまっていたらしい。空は既に暗く、最近僕の部屋にも備え付けられた時計を確認するに深夜の3時であった。
ふと横を見ると、机の上でクッションのようなものの上で丸まって寝息をたてるクロの姿があった。あの後殺されなかったのか、と少し安心したときには、既に眠気が覚めてしまっていた。はあ、とため息を一つ吐くと、眠さが来るまで、外に出ることにした。外とはいっても庭であるが。
庭に出ると、キンとした、冷たい空気が徐々に僕の体を冷やす。更に眠れなくなった気がする。まあ心地いい寒さなので苦ということはないんだけれど。
今は丁度、クモも過家庭内満天の星空が見えたので、草むらの上にねころがり、天体観測としゃれ込むことにする。目をつむり、ゆっくりと目を開ければ、満天の星空がそこにはあった。
――昔々の遠い記憶。涼香と見た星空を彷彿とさせ、目に徐々に涙がたまってゆく。
「はぁ…」
再び溜息を吐く
過去を捨てるだなんて結局できなかったのだ。何か思い出を呼び起こすカギを見つけてしまったら、それですべてが溶けてしまう。まったく。未練がましいにもほどがある。
「…元気…してるかな。二人とも」
二人――生前、最後に出会った涼夏と杜宇。
はぁ…と思わずため息が出る。
「シキ様?」
「…ん…あ、ああ。リリィさんか」
声の方に顔を向けてみれば、そこにはメイド服着用のリリィさんがいた。今仕事が終わったのであろう。仕事着であるメイド服を若干崩して着ている。というか、この時間から寝るのかリリィさん。…睡眠時間足りてるのかなあ。
「こんな時間にどうなさったんですか?」
「…リリィさんにやられてこんな時間に目が覚めたんだけど」
「うっ…あ、あはは…」
苦笑いでごまかすなよ。おい。
「す、すみませんでした…」
「まあ、別に気にしてないしいいんだけどね」
僕はそういうと、再び星空に目を向けた。
…やはり泣きそうになってしまうが、リリィさんがいるのだし、此処で泣き出すまいと変な意地を張りつつ、それでも星空を眺める。
「……シキ様。お隣、失礼しますね」
「えっ?あ、お、おう」
しばらくしてからリリィさんはそう言い始めた。
僕の許可を取ると、ゆっくりとした動作で、寝転がる僕の隣に腰を掛けた。
「きれいですね」
「……本当にな」
本当に…と、誰に言うわけでもなくもう一度呟く。
リリィさんは少し眉を下げると、ゆっくりと口を開けた。
「何で…何で泣いてらっしゃるんですか?」
「泣いてなんか――」
そう思い、頬に手を寄せる。すると、水滴のようなものが手についた。……どうやら、僕の先ほどの決意はあっけなく崩壊したらしい。
「…クス…シキ様が泣いてらっしゃるところ、初めて見ました」
「ぐっ…」
顔を真っ赤にさせた僕の頬を、優しい手つきで、ハンカチを使って拭いていく。
「シキ様」
「なんだよ」
恥ずかしさで、ぶつくさな返事をしてしまったが、それに臆することなく、リリィさんは続ける。
「シキ様は本当に強い人です。何があっても泣かないし、どんな時でも立ち向かうものには立ち向かってきました。でも、それは表面に出さないだけで、つらかったこともたくさんあったんでしょうし、きっと辛かったこともあったのでしょう?まあ、まだ4年しか生きてらっしゃいませんが。でもそんな時は泣いてもいいんですよ?」
その一言は、僕が昔涼香に言われたセリフそのものだった。どんなことがあっても泣かなかった僕に対して涼香が不思議そうな顔でそんなことを言ったのだ。
気が付けば、僕はリリィさんに抱きついていた。あの時涼香にしたように。リリィさんはきっと驚いたような表情をしていたのだろうと思うが、それは今の僕には見えなかった。
「うっ…あっああ…うああああああ!!」
いつの間にか、僕はぎゅうとリリィさんを抱きしめながら、その胸の中で泣いていた。無言で抱き返し、頭をゆっくりなくリリィさん。
結局そんなやり取りは夜が明けるまで行われ、そのまま寝てしまった僕とリリィさんを発見した父さんと母さんにさんざんネタにされるのはまた別の話しである。
――――子規が死んで一か月後の世界。
「…」
子規が死んでからというものの、彼女、鶯涼夏ははもぬけの殻のようになってしまっていた。
死んだような目をしつつ、今日も体育館の隅の方で正座のままぼうっとしていた。。
『最近の鶯さん剣道本当に下手になったわよねえ…』
『そうねえ…まあ、時鳥くん…死んじゃったもんね』
その様子を見ながら、剣道着を着た女生徒がそんな話を口にする。が、そんな声すらも彼女の耳には届かない。
「…主将」
「……どうした。鶯」
涼香は死んだような目を剣道部の主将に向ける。
またか、と主将は内心思いつつ、その対応を面倒くさがらずにする。
「今日は、体調が悪いので、帰ります」
最近この会話しかしていない、と内心彼女を心配しつつも、首を突っ込むのもよくないか、と、彼女にOKの意を示す。
子規が死んでからというものの、涼香はいつも決まった時間に帰るようになっていた。あんなに夢中になっていた剣道すら、身が入らなくなり、前の姿からはからは想像がつかないほどに彼女の心は消衰しきっていた。
剣道を早めに終えた彼女が行く先はいつも子規の墓である。花を添えて、線香をあげるという行為をここ20日間毎日行っていた。
「…子規ぃ…どうして死んじゃったんだよ…わたしは…わたしはあなたの事ッ!…」
――大好きだったのに。
子規の墓石に縋りつつ彼女は大きな声でそういう。その声に応えるものは、誰もいない。あの時ちゃんと冷静でいれればーーそう思わずにはいられなかった。
子どものころから一緒だった。昔から化物扱いされてきた彼女の事を平等に扱ってくれた彼が大好きだった。
いくら嫌いになっても嫌いになってくれなかった彼が大好きだった。
いつも笑いかけてくれる彼が大好きだった。
彼はもう――戻ってこない。
後悔は既に時遅く。
答えなかった自分が嫌いだ。あの後分かったことなのだが、どうやらいつも彼と一緒にいた人は、男の子だったのだ。――結局はいつもの勘違いだ。冷静に観察さえしてれば分かったはずの事なのに。
そんな気持ちがグルグルと彼女の中で回る。
彼の居ない世界なんて――いやだ。もう、もうーー
「死んでしまいたいか?」
「…………?」
不意に、彼女の背後に、真っ黒衣服一式を着こむ男性がそんなふうに話しかけてきた。
「彼と共に居たいか?」
「お前…誰だっ…!」
知ったような口を、と立ち上がり彼を睨みつける。
「クク…まあ、話を聞け。お前には得しかない話なのだ」
男性とも女性ともとれる特徴的な声をそれは発していた。
不思議と、落ち着く声である。
「どういう…ことですか」
「お前はあのシキ・アリオン――いや、此処では時鳥子規だったか。まあともかく奴について思い残すことがあるのだろう?私はそのような奴を届けるサービスをしている。ああ心配するな。金は要らない。」
「届けるって…」
「文字通り、その意味だ。想いを届け――受け渡す」
「…」
「クハハ。心配するな。私はやるときはやる」
「いや、知りませんけど…でも、死んだ人間のところになんて…」
「奴は正確には死んでいない。魂だけを別の世界に送られ、今もその魂は生き続けている」
一体この人は何を言っているのだ?新手の宗教か何かだろうか。と、思った涼香だが、そんな思いは一瞬にして消え、なぜかその人に縋りたくなるような気持ちへと変化を遂げていた。彼に会うならどんな手段も問わない。
「本当――ですか」
「ああ。ほんとうだ。クハハ。さあどうする。お前は会うか?それとも、このまま平和にここで過ごすか?その罪悪感と後悔を胸に抱きつつ、死ぬか?」
二つに一つだ。
にやり、と口を月のように曲げ、男はそう言った。
数分の沈黙ののち、彼女は、肯定の意を示すように首を縦に振る。
それを確認した男は小さな声で「契約成立」と言い、静かに手を涼香の頭の上に置いた――そして。
「…お兄ちゃん」
誰もいないリビングで二人分の食事をテーブルに置きながら、杜宇は小さくつぶやく。兄が死んでからかなりの日数が過ぎたというのに、なぜか二人分の食事を作ってしまう。
「……はぁ…」
鬱屈とした気持ちを吐き出すように溜息を吐いた。なんだか最近溜息が多くなった気がする。
いや、お兄ちゃんがなくなる前も多かったんだけれど。
心の中で言い訳をしつつ、食事を食べ始める。
「…まずい」
兄が作ったものよりはるかにおいしくない。
以前はおいしく食べれていたものも、兄がいないだけでこうも違うのか。
彼女――時鳥杜宇と兄である時鳥子規の血は繋がっていない。彼女は、幼いころに親に捨てられ、孤児院にいたところを、当時の子規の保護者であった彼の祖父母の手によって引き取らたのだ。
子規自身も、親がいない身だったので何となく波長が合ったのだろう。幼かった彼はすぐに彼女をすぐに気に入った。彼女自身は心をすぐに開くことはしなかったのだが。
が、1年もすれば、一緒に笑いあう中にまで発展した。
その6年後。
祖父母は他界し、高額の保険金と大きな一軒家が彼らのもとには残った。
そのころだろうか。
彼の事を意識し始めたのは。
彼の事を見ると胸がドキドキしたし、ことばがでなかった。心にもないことを言ってしまった。素直になれなかった。思い起こせばたくさんの間違いをしてきたと思う。
「はぁ…」
杜宇は再び溜息を吐いた。
兄に会いたい。
あって謝りたい。今までの事を全部謝りたい。死ねなんて言ってごめんなさいと言いたい。でも――。
「もう――無理なんだよなあ…遅いんだ」
「そんなことはないぞ」
隣から急に声が聞こえた。
「ひっ……」
思わず椅子から崩れ落ちる。
男とも女ともつかない声を発したその人物は喪服のような黒い服に身を包んでいた。
「クク…そう怖がらなくともよい。私は…そうだな。神様みたいなものだ。何でも願い事をかなえる、神様」
「神……様?」
一体何を言っているのだ。こいつは。
彼女は、逃げようとじりじりと後ろに下がっていく。と、ドアに向かっていたはずなのに、何かやわらかいものにあたった。
「そう逃げずともよい。話ぐらいは聞いていきなさい」
「っ――」
さっきまで椅子に座っていた場所にいたはずの人物は、杜宇のすぐ後ろに移動していた。なんだ…こいつは。
何かの手品か?と、杜宇は絶句する。
「クハハ手品とな。残念だが違う。神様のようなものだといっただろう?このくらいは容易だ。ま、このままでいいだろう」
聞け、という言葉を言葉を聞いた瞬間に体が動かなくなる。なんなんだ。一体何なんだ。と混乱している彼女をよそにその人物は話しを始めた。
「貴様は、兄に会いたいのだろう?時鳥子規に。私に任せてくれれば、それができる」
「はっ…な、にを…言って…るんですか」
「まあ、答えは自由だ。私に任せて兄に謝りたいか――それとも兄への思いを胸に抱いて寿命を迎え無念に死すか」
答えは二択だ。と、人物は言う。
謝りたい。謝れるのなら謝りたい。兄に。
それを抱いてこのまま寿命を迎える…?いやだ。そんなの。私は謝りたい――そのためならこんなに怪しい人物にも――!
「クク…決まりだなあ。さあ。目をつむれ」
人物にそう言われ、目をぎゅっと瞑る。
杜宇の頭に手を置いた、人物はボソリと小さく「契約完了」と一言を言うと、頭に置かれた手を中心に光が発生し…そして――。
4月24日桜が散るころの季節にある事件が起こった。ここ最近はなんの事件も起こったこともない事件に、街は震撼する。
その事件――女学生死亡事件。
被害者の学生は、高校2年生の女の子鶯涼香さん17歳と、中学3年生の女の子時鳥杜宇さん14歳で涼香さんは県内某所の墓場で、杜宇さんは自宅にて倒れていた。
警察が駆け付けたときには二人とも既に死亡していたらしく、蘇生行為もむなしく、若くしてこの世を去った。
しかし、この事件。不可解な点が1つあった。
どちらも、現場にて六芒星の書かれた幾何学模様なものが描かれており、指紋らしい指紋も、抵抗の後や流血なども一切見当たらなかったのだ。警察は、彼らと関係のあった時鳥子規さんの事件と何かしらの関係性があると見て、人為的に起こされたものだろうとし、調査をしている。