第5話:その日の夕食
夕飯時。少々遊びすぎたようで、世間一般的にも、もう夕飯を作り始めてしまう時間だ。外も少し暗くなってきているし、名残惜しいが、セルフィを帰らせないといけない。
「セルフィ。帰ろうぜ」
未だ、人形遊びをしているセルフィにそう声をかける。
少々不満げな顔をすると、
「えー?まだ遊びたいー」
と、頬を膨らませる。このまま家の居ておきたいレベルのかわいさではあるが、そこはけじめをつけなければならない。
「わがまま言うな。お前の親御さんも心配するだろ?」
僕がそういうと、セルフィの顔に影がさした。…あれ?僕地雷踏んだ?
「…お父様もお母様も絶対心配なんてしてくれないもん」
フォローをしてあげたいところだが、何せあったことのない人物だ。
…ここは彼女の意思を尊重すべしか。まあ、なんにしろ、まずは父さん母さんと相談することが第一か。
「…んじゃ、今父さんとかに相談してくるから」
「え?」
「家に帰りたくないんだろ?」
「う、うん」
たぶん、自分の親に怒られると思っているんだろう。安心しろ、といういみをこめ、彼女のさらさらとした綺麗な翠色の髪の毛の上に手を置き、撫でる。目を細める彼女に
「…んじゃ、行ってくるよ」
というと、にこりと満面の笑みを浮かべ、行ってらっしゃいといった。
子供というのは見えないところで何かを訴える生き物だと僕はおもっている。実際僕がそうだった。
彼女には、せめてそんな思いをさせたくないと思えたんだ。
子ども心ながらに誓い、リビングにいる母さんに話してみれば、やはり呆気なく「いいわよ?別に」と言う。
「でも、向こうの家の方に了承はとったのかしら?」
…それは失念していた。すっかり忘れていたよ。どうしよう。母さんに頼むのが手っ取り早いか、と考え込んでいると、母さんは僕に何かの黒い物を手渡した。
「ほら。電話しなさいよ。電話」
絶句した。
まてまてまて。いま何と言った?「電話」?どういうことだ?そんな単語、僕は久しぶりに聞いたぞ。
「ストライフさんのお宅でしょ?私、あのおたくのお母様とは仲が良いの」
まあ、それはある程度把握していたけれど。だからこそ母さんずてにそうしようかな、と決断しようとしてたのに。
「で、電話って…」
僕のつぶやくような言葉に反応した父さんがそこで口を開いた。
「ん?お前でも知らなかったのか?知識バカのおまえがこれを知らないなんて珍しいな」
「一言余計ですよ。バカ父さん」
「お前もな!」
そんな脳筋バカは放っておいて、電話と言われたその物体(黒電話を想像してくれればいいだろう)に手を取った。
どうやら、既に電話は繋がっているようだ。かすかに相手方の息づかいが聞こえる。
「えっと…お電話かわりました。セルフィの友人のシキです」
『…君か』
受話器から聞こえてくる声はいかにもイカツそうな声だ。正直怖いです。
「えっと…僕のお母さんから話は聞いているでしょうか?」
『ああ。聞いている』
「ならば――」
『構わない』
すっぱりとセルフィ父は迷うこともなくそう言い放った。
『娘にはかわいそうな思いをさせてきた。今日ぐらい羽を伸ばさせてやろうと思ってな。…それに、あの子、君のことを大変気に入ったようだし。君には感謝もしているんだ』
ぜ、絶対この人いい人だ。いい人で出来た親だ。
『今度は家に遊びに来るといい。あと、ありがとう』
「え?」
『君がいなければ、あの子は危ない状態だったそうじゃないか…感謝してもしきれないよ。…まあこんどあってゆっくりいはなそう。お礼はその時に…あまり長電話は好きではない。では切るぞ』
「あ、ありがとうございます」
『………娘をよろしく頼んだ』
ぶつっ。と電話特有の相手方が切れる音が耳に入る。すごいな。ここまで再現してんのか。異世界の電話すごいなあ。
「よかったわね。愛しのセルフィちゃんが泊まりに来てくれて」
通話が切れて、受話器を母さまに渡したこところで母さまがそう言った。
「囃し立てないでください」
「うふっ。ジト目もかわいいわね」
…何というか、かわいいものに目がないとは言うけれど、この人本当に見境ないんだな。
「はあ。うれしくないですよ母さま」
「そこは素直に喜んでおきなさいよー。かわいげがないわね。かわいいけど」
「とってつけたように言わないでくださいよ。まあ、セルフィに伝えてきますよ」
「その心配はないわ。すでに部屋に来ているわよ」
母さまの目線の先には部屋の入口でもじもじと赤くなっているセルフィがいた。その姿を見た僕と母さんが、同時に鼻血をふきだす。
「な、なんだよぉぉおお!あの絶望…いや!希望的なかわいさはぁぁあ!」
「はな…鼻血が…!クロウ君!ティッシュ…!ティッシュを!」
…何というか、どうやら、僕は少なからず母さんの影響を受けているようだった。
それに気づくころには、鼻血の始末をした時で、僕と母さんは父さんに怒られる。なんというか、当然の末路というべきか。
そんなイベントを処理した後に待っていたのは、食事であった。
「で?シキよ」
「むぐ?」
今日もリリィさんの飯がうまい。
そんな風に思いながら食べていたのに、父さんがそれを邪魔する。
なんだこの父。
「お前セルフィちゃんと付き合ってるのか?」
「むごほ!?」
思わず、飯を吹き出しそうになって、あわてて水を飲み落ち着いたところで父さまをにらみつけた。
「何言ってるんだよ!僕とセルフィはまだ4歳だよ。年齢を考慮してくれよ」
「す、すまん。そこまで切れるとは。でも、俺とユフィが婚約したのは互いに7歳のころだぜ?」
そういって、二人ともども昔を懐かしみ始めた。いや、おい、そのころから二人一緒だったのか?…何というバカップルか。
「大体ですねえ…二人ともデリカシーがないんですよ。バカなんですか?セルフィがかわいそうでしょうが」
「でも、とうのセルフィちゃんはまんざらでもないみたいだぜ?」
そう言われて、セルフィのほうを見てみる。どうやら、そういわれたのがよっぽど恥ずかしかったのか、顔を赤くしてうつむいている。
「…ぶふっ」
また鼻血が…危ない危ない。垂れるところだった。
「なあ…お前ら付き合っちゃいなよー」
グリグリと僕の胸に拳を当ててくる父さま。
「ちょっと…父さん。…母さん。何とか言って――」
「いいじゃない!付き合っちゃいなさいよ!」
母さまも、父さんと同様の動きをとる……すっごいイラっとする。あしらいながらも何度も絡んできた結果、僕もついに、堪忍袋のおがきれた
ガタン。という音と共に僕は椅子から立ち上がる。
「…」
「あれ?怒っちゃったか?」
「まっさかー。うれしいんでしょ?ね?ね?」
僕は無言のまま、リリィさんのもとへと行く。
目線をリリィさんに合わせると、すべてを悟ったように親指を立てる。さすがは僕らのリリィさん。全部わかってらっしゃるようだ。
「セルフィーこっちにおいで」
「ふえ!?あ、う、うん」
以前まだ顔の赤いセルフィを眺めながら和んだあとに、セルフィをリリィさんのと共に後ろを向くようお願いする。
僕の笑顔を見たリリィさんとセルフィが、のちにこういった。
「あの時のシキ君はまさに修羅だった」
昨日リリィさんに軽く教えてもらった通りに、指先に集中し、一気に放つ。
「光よォォォォォ!!」
目をつぶって、腹に力を入れ、そう言った。
「「目がぁぁぁ!目がぁぁぁぁぁ!!」」
ざまあみろ。
…ちなみに視力は回復するまでに1時間かかったという。当然の報いであった。