第2話:深緑の少女
その後のお話。
あの女の子は、お母さんからの処置を受けた2時間後に目を覚まし、今現在は傷一つ残らない状態で(お母さん談)風呂場にてシャワーを浴びているらしく、風呂場のほうからは、水がはじける音が聞こえる。
若干もんもんとするものがあるけれど、あいにく相手は幼女だ。手を出したらいろいろと負けな気がする。いや、負けというか犯罪なんだけれど…いや、でも同年代だ。この場合だと犯罪になるのか…?
何考えてるんだ僕。考え方が性犯罪者のそれになっている気がしてならない。
この防音性の低さをどうにかしてほしいものだ。
僕の部屋は風呂の上の階にあるため、その音がさらに伝わってくるから悶々さは倍増中である。
「…親孝行でもしてくるか」
こんな音をいつまでも聞いていたらいろんな意味で集中ができない。ここはほかの事をして気を紛らわそう。
そんなわけで、一階まで下りたわけだが、母さんの姿が見当たらない。仕事に行くとかなんとか言ってたか?いや、そんな話は聞いてないな。
どういうわけだ?と、家じゅうを歩いていく。
リビングに入ると、メイド服から普段着に着替えているリリィさんを発見した。ちょうどいい。この人で暇つぶしをしよう。
「リリィさん」
「はい?なんですか?」
おお。わりとレアなメガネ着用バージョンだ。木製の椅子に腰かけながら、本を読んでいたようで、しおりのようなものを本に挟んだ後僕の方を振り向いた。
「暇なんだけど」
暇さ加減を前面に押し出しつつ、そう言ってみると、
「…こういう時こそふつうは外で遊ぶものだと思いますよ?シキくん」
あきれた表情を浮かべられてしまった。いや、前世では思いっきりインドア派であったし、精神年齢20歳の僕にそれは手厳しいというものなのだが。
「いえ、さっきの女の子の事もあるんでそういうわけにもいきませんしね」
そんなこと言えるはずもなく、あの子をダシに――いや、これだといい方が悪すぎるか。
「あ。そうでした。お風呂場にお洋服とタオルを置いておかないと」
思い出したように言う。
「少し失礼しますね。シキ様」
「…ほいほい」
まあそれが本業なのだから、仕方がないと、納得しておくことにする。パタパタと客人用の部屋に向かっていくリリィさん。おそらくは着替えやらタオルやらを取りに向かったのだろう。…・・・若干スルーされたような気も否めないけれど。
…しかし再び暇となってしまった。
ふと。机の上に置かれた本に目が行く。…なんの本を読んでたんだろうか。机まで歩いていき、表紙を確認してみる。
「…魔術教本?」
その表紙にはそうでかでかと書かれていた。
「これは…まずいな。僕の厨二心が…」
ぺらぺらとめくっていく。3,4ページ白いページが続き、本の説明にたどり着く。
「どれどれ?」
魔術の基本。
(前略)
世界には火、水、雷、風、木の五大属性がある。
その五大魔法のことを基本属性と称している。生きているすべての生物にはこの五大魔法のうち必ず一つの属性を持っていると言われており、その上位属性である光、闇、無の属性の存在も確認されているが、この3つは持つ者はあまり多くないのが事実である。
上位属性を扱うには生まれながらの才能が必要で(才能が眠っている可能性もある)ある。その才能を持ち、なおかつ魔術が使えるものを魔術師と呼ぶ。
魔術師にもランクというものがあり、FからSSSまでランクづけをされる。基本的には、FからDが初級、CからB+を中級、AからSを上級。SSから未知数を魔人級と呼ぶ。
本書では、魔術を使うきっかけとなりうる、初級と中級の魔術を書き記していきたいと思う。
「なるほどねえ」
何となく読み終わり、本をぱたりと閉じながら、そう呟いた。
「ふむ…。僕には魔術才能のスキルがあったよな」
そう思って、初級の魔術を見てみる。
と、おもったのだが、どうやら魔術には魔術媒体と呼ばれるものが必要なようだ。言うところの杖だとかそういうものだ。
へえ。指輪タイプもあるのか。
「…お。これは魔術媒体が必要ないらしいな」
初心者がやる最初の最初。超初級魔法はどうやら魔術媒体を必要としないようだ。
「えっとどれどれ…?…光よ…か?…うおおおお!?」
突然、指先が大きく光り始める。
どうやら成功したようだ。
「目がぁぁぁ!目がぁぁぁぁぁ!!」
指先から出てくる光が僕の目を直接潰していく。
痛い。しミルを超えて痛いよ。大丈夫かな。僕の視力下がったりしないかな。というより視力消失しないかな。
「ど、どどどどどうしたんですか!?シキくん!?」
僕の悲鳴を聞い担保であろうリリィさんが思いきりドアを開ける。グシャって落としたけどドアは無事だろうか。
「…ま、まさかシキくん…!」
「…ごめんなさい」
リリィさんがキレるたのを初めてみた。
どうやら、リリィさんいわく、魔法を最初使う頃は魔力が暴走しがちで、だれか抑える人がいないとつかってはいけないのだ。
そういえば、初級魔法には火の魔法もあった。あれを使っていたらと思うと…うわわ…。
「本当に心配したんですからね…!?」
腰に手を開けてぷんぷんと怒るリリィさん。
不覚にもかわいいと思ってしまった。
「うう…」
「このことはクロウさまとユフィさまにご報告しますからね!」
「…そ、それだけは…」
「いいえ!これは妥協しません!ご報告します!」
「…グス」
「泣いても駄目!」
はぁ…父さんと母さんはこれよりも怖いからなあ…。これは覚悟しなければ。
「…はあ。今後一切誰かがいない場所で魔法を使わないこと!いいですね!?」
最後にリリィさんはそう締めくくった。
これでお咎めなしならよかったのだが。
「はーい…」
「よろしい!なら、さっさと浴場の前に行ってください。女の子が待ってますよ」
「…はっ!」
しまった。すっかりあの女の子のことわすちゃってた…
「…はあ。忘れてましたね?…まあ、シキくんらしいですが。はい。分かったらさっさと行く!」
「は、はーい」
リリィさんに凄まれたため、さっさと行くことにした。
僕は案外学ぶ男なのだ。
そんなわけで風呂場へとやってきた僕なのだが、そこでは驚きの光景が繰り広げられていた。下りの少女が、90度腰を曲げて風呂場の前でお辞儀をしていたのだ。
「先ほどはありがとうございました!」
「うおお!?」
思わず驚きの声をあげてしまう。いや。でもこれを見たらだれでもビビるよ?
だって、青髪碧眼の美幼女がセミロングのほんのり濡れた髪の毛を垂らして九十度の角度で謝ってるんだぜ?
もはや怖い。
「そ、そんなに謝らないでくれ。僕は腹パンしただけなんだから…」
さっきよこしまな感情を抱いていただけに、寧ろこちらが申し訳ない気持ちを抱いていた。
「いえ!命も助けてくださって…本当にありがとうございました!」
なんていうか、この子は何歳なのだろう。すっごい丁寧なお礼なんだけれど。
「なので、お礼をさせてください!」
「…へ?」
…お礼?
お礼…っは!もしかして、大人なお礼の事か…!?
バカな…まだ早すぎる…!
「そ、そそそそそそういうのは、大人になっからじゃないかな!?」
「?何を言ってるかわからないけれど…」
「ま、ままま、ちょっとまって!あんまりノクターンなことは…!」
大丈夫かな。タグに18禁の3文字を付け加えないといけなくなりそう。と、一人心の葛藤を繰り返していると、女の子は一呼吸おいてこう言った。
「私とお友達になってください!」
「…ふえ?」
…どうやら僕はひどく的外れな考えをしていたようで、女の子の口から出てきた言葉に僕は呆けてしまった。
「えっと、さっきのお姉さんに聞いて…その…君が一番喜ぶのはお友達になってくれることだっていうから…」
「お、おう」
「えっと…だから…その…お友達になってください。…いや、ですか?」
「…」
正直僕は友達というのは欲しかった。
長く友達に恵まれてきた僕としては非常にきついものがあったというのは確かだけれど、いや、でも急すぎやしないだろうか。とはいっても、断ったら断ったで泣かれそうだし……。
まあ、デメリットもないだろうし、友達になるぐらいはいいか。……いや、友達ってそういうので考えるものではないんだろうけど。
「えっと、まあ、…僕なんかでよければよ、よろしく」
…なんか、此処だけ聞くと青春系ラブコメの女の子からの告白にこたえるへたれ主人公みたいだな。僕告白されたことないけど。
「はい!よろしくお願いします!」
「あーストップ」
「はい?」
そういって、女の子は首をかしげる。
ロリコン大歓喜。
「…敬語辞めてくれない?僕としても話しにくいし…それに、僕のが多分年下だし」
「は、はい…!じゃなくて、うん!…ってえ?君は年下なの?」
「うん。僕4歳」
「…私4歳」
4歳!?せいぜい7歳とかそのあたりかと…いや、やけに達者な喋り方だ…。そして僕よりも背がでかい。
「そ、それじゃあよろしく。えっと…」
「あ、ごめんね?まだ名前言ってなかったね。えっと、私の名前はセルフィ、セルフィ・ストライフ。水の神様の名前からとってもらったの」
「僕の名前はシキ・アリオン。よろしく。セルフィ」
こうして、僕に異世界で初めての友人ができたのだった。
「…クロウ君」
深夜零時。
夜遅くともいえる時間にリビングにて二人の若い男女が深刻な様子で何かを話している。
「…ああ。分かっていたよ。やっぱり、というべきか…。シキは魔法が使えるらしいな…」
クロウ・アリオンはうなだれつつ、重々しい口調で言った。
「…うん」
それに対してユフィ・アリオンも重々しい口調で答える。
「…リリィの言った通りならば、あいつが使ったのは光…遺伝的に言えば、俺の風とユフィの雷…だな」
「…あの子だけは…あの子だけはこの道には進ませないと思ったのに…!」
唇をかみしめるユフィ。
口の端から血がにじんでいた。
「…ユフィ…」
「ごめんね…ごめんねクロウ君。いまだけ…今だけでいいから抱きしめて」
「…ああ。俺はお前のためならいつだって何でもしてやるよ」
「…愛してる。あなた」
「俺もだ。ユフィ………」
「(…頼みますからクロウさまとユフィさま…!そういうのはだれもいない部屋でやってください…!)」
リビングを掃除していたユフィは、そのままソファーインする二人に赤面しつつ、どうやって部屋を出るか思考するのだった。