第23話:シキ・アリオンの休日 後
遅ればせながら23話投稿です
「え!?うそ!あ、あの、きゅ、休日に、ににに、し、シキと!?う、うわあぁ……まさかそれって…わわわわわわ。いや、でもシキに限って……はっ!まさかシキ!私の気持ちに気付いてくれて!?で、でもでもそんないきなり……先日の説教が利いたのかなっ!?オ、お父さんお母さん!私、大人になりますっ!」
鍛錬後予定通りシャワーを浴びた僕は、セルフィのもとへと訪れた。ドアをノックして、寝ぼけ眼で僕を迎えたセルフィは、誘いを受けた瞬間思い切り戸惑い始める。いや、そこまで戸惑わなくても。と、若干落ち込んでいると、セルフィは「ちょっと待ってて!」と寝ぼけ眼だった目を大きく見開いた。
こええよ。
美少女が台無しだった。セルフィ父が泣くぞ。
ドア前にて待ちつつ30分経ったあと、そろそろ周りの目が気になってきて、泣きそうになったころ。セルフィはようやくドアから出てきた。
「お、おまたせ!シキ!」
シャワーとかを浴びてきたのだろう。若干のシャンプーの匂いを漂わせたセルフィは、頬を紅潮させ、地元の時とは違う現代的でお洒落な服を身に纏っていた。黒いTシャツとその上に丈の短いジャンパーを着込み、下にはプリッツスカートとニーソックスで見事な絶対領域を作り上げていた。
なんというか。
おもいっきり勝負服、という印象を僕は受けた。まあ、そんなはずないんだけど。最近の女の子はこういう服を好んで切るんだろう。友達と遊びに行く時にこんな格好してたら、誤解されそうなものなんだけれど。
「じゃ、じゃあいこうか!」
「と、ととと。お、おい!手を引くなって!いったい痛い痛い!」
「あ。ごめん!強くて引きすぎちゃった!」
うう…痛かった。指関節はずれるかと…ああ。ちょっとギシギシいってる。
「あ、う……ご、ごめんね?」
「大丈夫だよ。クッ……ハハハ。その辺はやっぱり変わってないな」
「うっ……も、もう。ほら!いくよっ」
今前向いて顔逸らしたけれど、思い切り真っ赤な顔が見えていた。恥ずかしがり屋なところも変わってないなあ、なんて、顔をほころばせるとその顔も見えていたようで、さっさと先へ行ってしまう。
小さく笑った後に、彼女の背を追った。……って、あれ?あいついねえ。足早すぎるないか!?
セルフィに追いついたころには、息も絶え絶えで、汗もダラダラだった。せっかく汗ふいたのに、台無しだよ。いやまあ、僕も悪かったといえば悪かったんだけれど。
「で、どこに行くの?」
「はっ……はっ……ちょっと待って。落ち着かせてくれ」
セルフィの手を握って止める。汗だくの手で握ってしまったけれど、そんなの気にする暇などなかった。
「あ。うん……えへへ。ごめんね。一人で突っ走っちゃた」
一方セルフィは、一粒として汗を流してなどいない。なんだこいつ。サイボーグか何かか。
「はっ…はっ……ふぅ。落ち着いた。行先は決まってないよ。今日は観光みたいな感じで待ち見て回るだけだから」
心臓のバクバク音も鳴り止んだ頃に、ようやくセルフィからの質問を返すことに成功した。
「えっあっ…うえぇ!?そうなの!?」
「お、おう。そうだけど」
一体今の一言の何がダメだったのか露骨にセルフィは狼狽え始める。自分の中で何か結論が付いたのか、学区氏のうなだれたのち、露骨にテンションを下げた彼女は、じゃあ行こうか、と手すさびをしていた彼女に声をかけられた。
「大丈夫か?セルフィ。まるで期待が裏切られた子猫のような顔をしているぞ」
「……うん。猫に例えてくれたのはうれしいけれど、大体あってるから困る」
「大体あってるのか…」
それは何というかさっそたみからしたら悲しいんだけれど。
「あー……うん。大体わかってたよ。うん。シキにはそんなに期待はしてなかったし」
「おい」
なんと失礼な奴か。時々かわいい癖に、変にねじくれて成長しやがって。誰の影響か。
「あ、でも、シキとのこういうのが楽しくないわけじゃないから安心してね」
「……まあ。そういうわけじゃないならいいんだけど」
「さ、いこ。わたしもお父さんときた時とは違うところ行きたいし」
立ち上ったセルフィはくるりと1回転した後、僕の方に向いた。笑顔が咲き乱れているけれど、どことなくやるせない気持ちの僕はそれに苦笑いしか返す事しかできなかった。
「あっははは。たのしかったあ」
「そりゃあよかった」
そんなこんなで、遊びまわった僕らは、今現在公園のような場所にいた。さすがのセルフィも疲れ果てたようで、クスクスと笑いつつもぐったりとベンチにもたれかかっている。
まるでおっさんのようだ。言ったら怒られそうなので言わないけれど。
「なんか失礼なこと言った?」
「い、言ってません言ってません!」
「どーだか」
そう言いつつもやはり口もとは笑ったままである。かなり気分がいいようだ。
「うん。今日は本当に充実してたよ。最近はシキと遊ぶなんてこともなかったしね」
「そういやそうか。まあ、最近はどっちも忙しかったからな」
「ねー」
それにしても本当にうれしそうに笑う。
…うん。いい笑顔だ。久しぶりだし、今朝のあれから緊張をずっとしてるものかと思っていたんだけれど、そんなことは――あ。今真っ赤になった。今朝の惨事を思い出したのだろう。
訂正しよう。
緊張はしてなかったんじゃなく忘れていただけのようだ。
「あ、もう。笑わないでよ」
僕がにやにや笑っていたことに気付いたようで、ほっぺを膨らませつつ僕にそういうものの、その姿さえも微笑ましく感じた。
「シキさ」
「ん?」
ベンチに並びながら、僕が若干うとうとし始めた頃に、セルフィはそれを妨げるかのように声をかけてきた。おかげで少し目が覚めてしまったよ。
「このあいだの、その……」
「このあいだ?」
「うん。ユノムール君との…あれ」
「ああ」
多方面に迷惑をかけたという噂の。
噂というか事実だったんだけれど。
「前も言った通り、あんな無茶、もうやめてほしいの」
「無茶、ねえ」
「うん」
「……またお説教?
「あはは。これは説教っていうよりはお願い、かな?」
お願いか。うまい言い方しやがる。そんなのきかないわけにはいかないじゃないか。
「昔の……シキが大けがしちゃったときのあの事件。覚えてる?」
「雷獣の?」
「うん。……あれでさ。シキが死んじゃうって思ったときにね。私胸が苦しくなっちゃって、そんなの嫌だって思って……」
……そんなこと思ってくれてたのかセルフィは。
「それでね。その頃……だったかな。私ね、シキは二度とそんな目に合わせないぞって。すっごく必死に頑張って、努力したんだ」
…なんかまるで主人公みたいだな。同機が。まあ普通なら立場は逆なんだけれど。畜生。こいつ僕より男気がありやがる。
「でも、駄目だった。ユノムール君の最後の一撃が当たりそうだったとき私は何もできなかった」
「あの状況で…できる事なんて限られてるんだし、そんなに気にしなくても――」
「私は!――私は……駄目だった。無力だった。叫ぶだけでとっさに動くことなんてできなかった」
気にしすぎだと思うんだけれど。
「だからね。私、今回の事で再確認したの」
「再確認?」
「うん。貴方の事、絶対守って見せるって」
守るって…僕男なんだけれど。なんというか不名誉だ。
「そ、そうか」
そうは思ったが、彼女の真剣そのものだった目にそんなことを言えるはずもなく、おとなしくそう呟くのみとなる。
結局その日はそんな微妙な空気で解散をしてしまい、心にどことないわだかまりを感じつつ、帰宅をすることとなった。
次の日
この日の昼休みもいつもの如くレンと共に食堂の定位置へと向かった。この日も人が多く、周りからはワーストだ、とか言われているが……ああ。心に刺さる。心なしかレンも表情が暗い。
「あ。シキとタカミチ君だ!」
「やっほー!」
アイちゃんが大声でこっちに手を振る。
周りから舌打ちが聞こえる。これは男子勢だろう。
全く。
殺気を感じるからやめてほしいといつも言っているのに。今度は居心地悪そうな顔をしているレンの肩をたたき気にするなと口にした。本人は「おう」と言っているが、まだ冷や汗を流しているようだ。
「よーシキ。遅かったじゃねえか」
「おう。シキ。昨日ぶりだ」
僕とレンがずっこける。
「なんでミカド君とグレンがいるんだよ!」
「グレンはまだいい!ユノムール!お前は駄目だ!」
「なんだタカミチ。俺がいては嫌なのか?」
「嫌だよ!思いっきりな!グレン然りお前らがいると俺の心が傷つくんだ!」
……回りがピンク色の空気に包まれていることに対し。血の涙を流すレン。僕も同じく少し唇をかむ。血の味がするがこれこそ僕たちの嫉妬の味だ。
「ま、まあまあ。4人とも。早くご飯食べようよ。ね」
セルフィがまあまあと言って場を落ち着かせる。
「そうだぞ。早く食おう。私は腹が減っている」
グレンも同じく……いや、違うな。これほんとに只飯食いただけだ。涎垂れてるもん。
「あ。そうだ。タカミチ。私今日卵焼き作ってきたんだけど味の採点をしてくれない?」
そういうと、アイちゃんは別の小さな極小の弁当を取り出し、レンに差し出す。というかタカミチに対しては呼び捨てなのね。若干の壁を感じるよアイちゃん。
「あれ?シキじゃないの?」
「いや…アリオン君…少し味覚がおかしいってわかったから…」
闘技会のあった次の日、アイちゃん自作の弁当を味見して、味の採点をしたのだが普通に食べれたため、何かおかしいと思ったレンが少し食べてみると泡を吹いて倒れた、なんていう事件があり、その後保健室から戻ってきたレンが事細かに入っていた物質について「あまりにひどい!」という説教をおこなったため、味の採点はレンが行うことになったのだった。
あれは多分疲労とかそういうので味が分からなかっただけだと思うんだけどなあ…。
「きょ、今日は大丈夫だよな…?」
「うん。タカミチに言われたように作ってきたから」
「そ、そうか」
少しホッとした顔を浮かべた後に卵焼きをつかんで口にほうった。
「むぐむぐ…んぐ」
「ど、どう?」
「……うん!おいしい」
「ふぅ……良かったこのあいだのあれは作ったものとしては結構心に来るものがあったからね…」
「こんどは、塩味の方の卵焼きに挑戦するか。材料だけれど…」
「おおー!で、で?」
向こうは向こうで盛り上がっているため、セルフィに弁当を渡した後僕も食べることにした。今日のメニューはコーンコロッケにキャベツ、トマトと胡瓜の漬物というメニューだ。一般的なメニューだ。
「お、おい!シキよ!」
その光景を見たミカド君が急に何かを言い始める。一体なんだ。
「き、貴様…もしやセルフィさんの弁当はいつも貴様が作っていたのか!?」
「おう…そうだが…」
「何とうらやましい!セルフィさんに食べてもらえるなんて…!」
いや。どういうことだよ。食べてもらえるのがうらやましいって意味が分からんよ。お前そっち方面も気にするのかよ。
「…セルフィさん!俺の弁当と味比べをしてくださいませんか!?」
「え!?」
目の前に弁当を出されたセルフィが戸惑う。
少し躊躇するような手でミカド君の弁当のほうにあるおかずの内一番サイズが小さかった白身魚のフライを口に運んだ。ミカド君は期待するような目でセルフィを見る。
「…えっと…」
セルフィがとても言いづらそうな顔をしてる。
「どうぞ!何でも言ってください!」
と、目をキラキラさせる。もちろん僕の方を見ながら勝ち誇ったような目を忘れない。その視線に若干の憐みの視線を送る。
「…シキのほうがおいしい」
その一言に、ピキッとかたまった後、ミカド君が血の涙を流しだす。これには少し同情せざるをおえなかった。
彼の肩にポンと手を乗せ、ついでに弁当を一つまみいただく。
……ふむ。これもこれでなかなかおいしいものだが。
「えへへ。やっぱりシキのお弁当の方がおいしいや」
はにかみながらそう呟くセルフィ。もうやめたげてよぉ!
そんな感じで、その日の昼は過ぎていく――。
なんというか、非常に密度の濃い1週間ではあったな。はあ。こんなんで体調持つのだろうか。すぐに研修旅行もあるっていうのに。
まあ。
なんとかなるか。