第22話:シキ・アリオンの休日 前
王都学園には、先述した通り序列に似たものが存在している。底辺と頂点。詰まる所は、クラス分けによる格別だ。
言ってしまえばそれは確実な才能の差、というのを如実に表しており、訊いてみればクラスアップというのも例が少ないという。
なんでも此処2、3年ではほぼ皆無だという話だ。
…まあ情報源がカイエルとミルなので、信じていいかどうかは謎だけれど。
まあ、とにかく、AクラスとEクラスというのは圧倒的格差、というものが存在しているのだ。同じ人間だというのにまったくおかしな話しだけれど。この制度は、どうやらキリシア先生が決めた、というわけではなく、前任の、キリシア先生の姉にあたる人物が決めたらしく、全く悪趣味な話しだ。
まあ、向上心をあげる、というのもあったのだろうから、一概には否定できないのだけれど。
個人的な意見としてはこの制度は廃止してもいいと思っている。だって、みんな向上心も何もないもん。Eクラスの人なんかみんなあきらめムードだ。
かく言う僕もその一人である。
ミルとカイエルから現実を突きつけられてからは、何となくな毎日を過ごすようになっていた。まあそれでも日課である鍛錬はやめていないのだけれど。
話題を転換しようか。このままだとまたネガティブになりそうなんだ。
先日行われた、僕とミカド君の喧嘩騒動の後、僕はシルク先生からお呼び出しをくらっていた。
まあ、理由は大体わかっていた。
グレン君も言っていた通り、あれは立派な校則違反だというので、その話、ということでいいだろう。
そんなわけで、僕はぷんぷん顔のシルク先生のもとへと向かったのだが――。
『クスクス。またEクラスのバカが何かやらかしたみたいよ』
『全く学園の治安はどうなってるんだろうな』
『本当よ。聞けばミカド様も巻き込まれたって話じゃない』
『えーっ!?嘘!?かわいそうにミカド様。あんな底辺のドクズに巻き込まれるなんて!きっと英雄の息子の名前をほしいままにしてるんだわ!』
『落ちこぼれのくせに』
と、まあ、職員室前で待つ僕には、そんな感じの言葉が突き刺さりまくっていた。正直今すぐにでも泣いてしまいたい気分だったけれど、そこはぐっと我慢をする。己の評価というのを身に沁みさせることにした。
と、散々罵倒されて数分。職員室のドアを開けて出てきたのは、ものすごいこわもてなおっさんだった。
「……シキ・アリオンだな」
「はいぃ!」
こわもてさ加減に、おもわず上ずったようにそう声を上げた。
その様子を気にすることもなく、その人は、『入れ』とだけ言い、職員室の中へと入って行った。
あわててそれについていく。
ドアを開けて、まずは驚愕する。職員室とは名ばかりだったようで、ドアの中に入ってみれば、もう一つの校舎の様な広さで、たくさんのドアが設置されていた。ドアの上部に設置されたプレートを見てみる限り、どうやら先生ごとに一つの部屋が分け与えられているらしく、それぞれに担当の強化の文字が書かれていた。
「……シルク先生は、廊下を曲がって左側4番目の部屋にいる。失礼のないように」
「は、はいぃ!!」
強面先生はそれだけ言うと、職員室に入って、一番手前のドアに入っていく。一体何の科目の先生なのだろうと、プレートを見てみる。
そこには、教頭とだけ書かれていた。
この学校教なんていたのか…。
ちょっとした事実に驚愕しつつ、僕は廊下を歩いていく。
それにしても、ここは静かだ。さっきとは本当に打って変わっての状態である……防音の魔法とかかけられてるのかなあ。まあ、そんな魔法あるのかは知らないけれど。
「…ここか」
プレートにも、Eクラス担任、と書かれている。間違いなさそうだ。
扉を2回ノックする。
すると、しばらくガシャガシャという謎の音が室内から聞こえてきた。一体何があったのだろうか。と音が止むまで数十秒。室内からシルク先生の「どうぞー」という声が聞こえる。
室内に入ると、そこは7畳ばかりの部屋に、机、そしてつみあがった書類と正装だろうきらびやかな洋服が、一式洋服賭けにかかっていた。
あわてて整理したのかあ、とか思っていると、シルク先生は一人掛けのソファの方を指し、座ってくださいと笑顔で言った。若干顔が赤い気がするけれど、まあ良しとしよう。
「さて」
僕がソファに座ったことを確認したシルク先生は、回転式の椅子を回転させ、こちらに向きながらそう切り出す。あ。地味に足が床に届いてない。かわいい。
「シキくん。貴方は自分が何をやったかわっていますか?」
「あ、は、はい」
「何が悪かったか言ってみなさい」
「えっと……ミカド君のあの誘いを断っていなかったことでしょうか」
「うーん。まあ。それもそうよね」
それも、ということはこれは答えじゃなかったということか。と、若干考え事をしていたのが、顔に出たのか「わからない?」と優しい口調で言われる。
素直に首を縦に振った。
「あのね。ミカド君と闘技場で戦った――それ自体も確かに校則違反で悪いことです。でも、真に私が叱りたいのはそこじゃないの」
「えっと……」
「お友達を3人もあなたは心配させちゃったでしょ?」
「あ――」
お友達を3人。それは恐らくセルフィ、レン、アイちゃんのことだろう。確かに心配させてしまっていた。後日セルフィに再び怒られちゃったし。
「ふふ。わかったみたいね。……心配してたっていうのは何もあの3人だけじゃないわ。理事長さんも心配してらしたし、私だって心配してたんですよ?」
シルク先生にキリシア先生もか……そこまで心配されていたというのを聞くと、何というか、さすがに自分のしたことを反省もするというものだ。
いや、別にセルフィに怒られたときに反省してなかったってわけじゃないんだからね!
「貴方は私の生徒です。心配するのも当たり前なんですから」
「は、はい……その…すみませんでした」
「ん。よろしい。じゃあ、もう行ってもいいですよ」
「え?あ、もういいんですか?」
「あれ?もうちょっとお説教されたいんですか?」
「い、いえ、そうわけじゃあ」
「んふ。わかってますよ。さ。今日はもう帰りなさい。遅くなっちゃいます」
妖艶に笑う先生に少しドキッとしつつ、僕は部屋から出て行く。最後に、ドアの前で一礼した後、もう一度お礼を言うことにした。
「……その、ありがとうございました」
「はい。ではまた明日。遅刻、しないでくださいね?」
小さく手を振る先生を眺めつつ、僕はゆっくりとドアを閉める。うむ。何というか説教という感じは全くなかったなあ。
左手で後頭部を掻きつつ、来た道を戻っていく。職員室入口の手前のドアが不意に開いた。出てきたのは、先ほどとは服装を替えて、黒のスーツに身を包む強面先生であった。さっきの青色のスーツよりかはこっちの方が似合っている気がする。
立ち止まって、30度くらい腰をまげて頭を下げ、去ろうとした瞬間、先生は急に僕の頭に手を伸ばす。何をするかと思えば、僕の頭に手を置き、くしゃくしゃと乱雑に撫で始める。数秒経過し、手を放したかと思えば、さっきと同じような声色で、
「………次はこういうことはないように」
と、だけ言って、職員室入口のドアの方に去って行った。
……どうやら、僕が心配させていたのはあの5人だけではなくあの人もだったようだ。小さくありがとうございました、と言うと、僕も職員室を出て行った。
……そう言えば、先生はまた明日、とか言ってたけれど、確か明日って休日だよな…。
翌日。
昨日も昨日で、見るとカイエルに襲撃をされたため、すごくぐっすりと寝ることができた。若干スッキリしない寝ざめに、ため息を一つこぼしたのち、僕は今日の学校の予定日を確認する。……見てみれば、やはり今日は休みの日であった。
今頃シルク先生は悶えてるんだろうなあ、とニヤニヤしつつ、僕は大きく背伸びをする。
さて。今日はここに来て初めての休日だ。休日名物早朝鍛錬が終わったらいったい何をしようか。セルフィを誘って町に出向く、というのもありだなあ。近未来な街を久々にゆっくり見て回りたいという思いがとても強い。
よし。今日はそういう方針で行くとしようかな。
「そうとなれば、まずは鍛錬からだ」
上下の寝巻から着替えジャージらしきものにみをつつんでいく。
その後、軽く朝食を口にしする。因みに、メニューは5キロのランニング。そして、魔法の訓練だ。因みに魔法の訓練はそこらじゃ簡単に行えないので、ちゃんとした訓練場というものが存在するので、そこで行うことにしている。
普段は、放課後にこの鍛錬をやっていたわけなんだけれど、最近ではもっぱら雷よの魔法を練習している。出てくるとはいえ、ちゃんとしているとは言い難いのだ。
「雷よァァァァァ!」
今朝も僕の雷よが木霊する。近くに寮がないとはいえ、毎回叫んだことを思い出しては赤面してきた。
気持ちを入れすぎてついつい叫んでしまうから抑えようもないが。
「はぁ…はぁ…うっおおお!雷よァア!」
そろそろ僕の魔力も限界も近づいてきた。
「よう。なにをやっているのだ?」
そう思っていた矢先に、後ろから声がかかった。
金色のぼさぼさの髪の毛で、制服を着崩したようなラフな格好――僕の心のヒーローグレン君だった。
「あ。グレン君」
「君はつけなくてよい。で?なにをやっていたのだ?」
「はは…ちょっと雷よの練習をね」
「ほう?雷よか…懐かしい。して、お前はなんでそんな初歩的な魔法をやってるのだ?」
その認識も若干おかしい気がする。けれど、そこはあえて突っ込まないでおくことにする。
「あ、いや…雷系の魔法が苦手でさ…」
「苦手の克服か…ふむ…」
そういった後にグレンく――グレンは顎を手で押さえるようなしぐさをする。
「私が教えてやろうか?雷よとも言わず、色々教えるぞ?」
「本当か!?」
「うおっ!ほ、本当だから、そんなに顔を近づけるなっ!」
「あ。ごめん」
つい興奮して身を乗り出してしまった。
「まあ、まずは魔法のほとんどは自分の中にある魔力を指先やら発動口まで持っていけば発動できる」
「へえ…」
そうなのか。そんなに単純だとは思わなかった。何でこんなことグレンは――ああ、そっか。そういえばレンが言っていたなあ。魔術に関して大きく名を遺したAクラス筆頭の大天才って。
それなら納得もいく。
「詠唱によって魔法陣を形成しそこにその魔力を流し込んで、初めて魔法は発動するのだ」
「なるほどね…」
「アリオン…長ったらしいからシキと呼ぶぞ」
「も、もちろんいいけど」
2文字しか違わないのだけれど…まあいいか。
「シキの場合、その魔力が見つかってさえいない状態だな」
「なるほど…」
「…手を出してくれ」
再び少し考えるポーズをした後にそういった。
「え?…お、おう。…はい」
若干戸惑ってしまい、乙女のような反応をしてしまった。アホみたいだ。
「こちら側から干渉して魔力操作をする。たぶんそれだけで、コツはつかめるとは思う…少し気分が悪くなるとは思うが我慢してくれ」
そう忠告して手を握ったすぐ後に視界がぐらりとゆがむような感覚が僕を襲った。
まるで、胃の中のものを引きずり出されるようなーーその場で吐きそうになるのを何とかとどまると、その後すぐにその引きずり出される感覚がグレン握る手の方に流れていくのを感じた。
「…よし。これをキープして、元の場所に戻すようにしてみろ」
そう言われて数秒キープした後に変にむかむかしているさっきの場所へとその魔力を戻してみる。何というか、汚いたとえだけれど、嘔吐物を胃 の中に収めるような感覚だ。
「よし。これでお前も多分雷属性が使えるようになるはずだ」
「おお…じゃあ…やってみるか」
さっき言われたことワンとなく意識してみると、雷の魔力を手の平へと持ってくる間隔が体の中でした。それよりも驚くべき点は、すごくスムーズにいったことだ。
「…雷よ!」
小さな魔法陣が指先に発生しバチィィィという音と共に雷が出てきた。少し、魔力を余分に入れすぎたせいか、倦怠感が僕の体を襲う。
「おお。できたじゃないか。おめでとう」
「うん!ありがとう!……ところで、さっきのは一体?」
「ん?…ああ。あれか。なに私の特技だよ」
「へ…へえ」
すごいな……特技でそこまで。訓練すれば僕もできるだろうか……いや、無理そうだな。うん。グレンにしかできないような気がする。
「あと、少し気になったのだが、お前の潜在魔力…私の観察眼よりも数倍眠っていたぞ」
「へ?どういうこと?」
「そのままだ。魔力計測では一般的な量だったか?お前」
「ああ。一般平均より少し多いくらいだった」
「なるほどな…ま、いつかそれが解放される日を楽しみにしているよ」
そういうと、くるりと踵を返し、立ち去って行った。普通にかっこよかったので少しぼうっしてしまったのだけれど、少ししてから、常に持ち歩いている魔力式時計を見る。今日はこの辺でいいだろう、と見切りをつけると、僕はくたくたの体に鞭を打ちつつ、寮へと戻っていくことにした。
しかしまあ、今日の話は僕にとって大分大きな収穫だった。
と、今日の事をセルフィにでも話そうと思っていた。……汗臭いし、とりあえずはお風呂に入ってからかなあ。