第21話:グレン・アルケミス
僕らの魔法が当たり、土煙が舞う。持ってきた木刀を取り出し、距離を取って正面に構えた。――煙はまだ晴れない。
今のうちに詠唱の準備をする。
「風よ」
「――っ」
瞬間、恐らくミカド君のものであろう風よが煙をかき分け打ち出されてきた。とっさ木刀に魔力を流し、剣技を発動させる。
「剣技 《受け流し》」
初級魔法程度ならば、この剣技で十分だろう。
木刀に流した魔力で風よを滑らし逸らす。
「なっ…剣技だと!?」
「…」
驚いたように声を上げる。構えだけでわかるとは――あ、いや、違うのか。今僕思いっきり技名言ってたから、そりゃあわかるか。
まあいいや、とその辺の思考を放棄し、目を閉じ、集中力をあげることに徹する。
剣技というのは魔力の質を上げれば上げる程威力が高まるものだという。集中力を上げ、体内で魔力を練り上げれば練り上げるほど、精錬されていく。俗にこれを高魔力というのだが、まあ、それは置いておこう。
「くっ…剣技は2年になってから習うはずなのに何でお前が…っ!」
ミカド君のたわごとを無視して、ひたすらに魔力の質を上げていく。
なぜ彼はこの隙に攻撃しないのか。あれか。変身ヒーローの変身シーンに攻撃しないのと同じ法則か。
「《風よ 彼奴を取り巻き切り裂け》竜巻旋風!!」
僕を取り巻くように風が吹きすさぶ。
僕は目をかっと見開き、木刀を地面に突き立て、技名を叫んだ
「剣技 《波》―っ!!」
2、3秒ほど波のように地が揺れ、しばらくすると、僕を取り巻いていた風は消え去っていた。今の魔法がなんだったのだろう。
「なんでお前が剣技を!」
「父様に教えてもらったんだよ。文句あるか」
「お前の父親…剣の英雄か」
そういうとにやりと薄ら笑いを浮かべる。
イケメンには似つかわしいあくどい笑みだ。
「そうだよ!」
「くくっ…その英雄の息子がEクラスか…笑えるな!」
こいつは…!僕が一番気にしてることを…!いや、駄目だ僕。集中力を乱すな!
「ははっ!一気に嫌な顔になったなっ!続けていくぞ戦いの歌!!」
中級強化無魔法――一気に終わらせるつもりか!
「ドラァ!」
一気に距離を詰めてきた彼に一瞬のすきを見せてしまう。その所為でひるんだ僕を狙い、僕の手首に手刀を当て木刀をたたき落とした。
「オラァ!」
「―かはっ!?」
更には、腹を思いっきり殴り飛ばす喉から苦いものが上がってきた。僕が悶えていると、ミカド君は連撃を繰り返す。
「オラオラオラオラオラオラオラァ!!」
お前…絶対星型の傷あるだろといわんばかりのラッシュに、おもわず一瞬意識を失いそうになる。それを何とか抑え――あれ?今僕って何のために戦ってるんだ?そもそもの発端ってなんだっけ。
どうでもいいことだった気がしなくもない。なら僕気絶してもいいんじゃないか?
そんなことを思っているとミカド君は距離を取った。
「これで…終りだっ!《荒れ狂え 風と共に去りよ 塵となりて消えろ》 加速旋風」
僕には防御技がない。まずい。あの技は確か上級技だ。まともにくらったら…。
相殺しようにも高魔力はとっくに消えてしまった。残り魔力も少ない。何とかできないものかと対策を講じるうちに、既に目の前まで迫ってきている加速旋風。
「っ―シキィィィィ!なにしてる!避けろ!」
レンの声が聞こえる。バカ野郎。動けねえんだよ。
「シキィィィィ!」
セルフィの声が聞こえた。こんな観客席が騒いでんのにお前の声良く通るな。
そんなのんきなことを考えているうちにやっと僕は悟った。あ。これ死んだな。
瞬間土埃が舞う
……………………あれ?
なぜか体に痛みがこない。そう思って目を開けると何故だか暗い。どうやら影が差しているようだ。
影をたどりそこを見ると人がいた。誰かと思い声をかけようとしたら、僕が声をかけるよりその人は先に声を上げる。
「こいつはもう満身創痍であろう!貴様なぜ攻撃を続けたっ!」
少しぼさっとした金色の髪に、僕らと同じような新品っぽい制服であることから僕らと同じ1年生であろう。しかし、彼のその影は僕を隠すのには十分で僕らと同じ10歳には見えないくらい長身であった。
声もやけに大人びていて、なんというか、かっこいいを具現化したような男だった。
「て…めえ。アルケミス!俺らの勝負を邪魔するんじゃねえ!」
聞こえるのは、ミカド君の怒号。
その声に間髪入れずに、彼は続ける。
「馬鹿者め!貴様は阿呆か。この勝負はそもそもルールからして許されん勝負なのだぞ」
「な、何をいって――」
「『王都学園法第5条:学生同士の試合は先生、および上級生の立会いのもと行われなければならない!』――見たところ。ここに先生や上級生はいないようだが?」
「くっ…」
「しかも聞いたぞ。貴様、ストライフを研修旅行の班に入れようとするという軽い動機で始めたと聞くではないか」
「なっ…それをどこから…!?」
「ロックハートからだ」
「くっそ…あいつ…」
おお…あのミカド君を言葉で制した…すげえ…。というか、そんな高速みたいなのあったんだね。まあ、そりゃあそうか。そうじゃないと治安悪化待ったなしだもんな。
ふと、彼は僕の方に振りかえった。雰囲気でかっこいいとは思っていたが、どうやら顔もイケメンだったようだ。
ミカド君が不良系のイケメンならば、彼はギャルゲー主人公のようなイケメン。いわゆる正統派イケメンだった。その正統派イケメンは片膝をついて座って僕の方に手を向けてこういう
「ほら。手を貸せ。一人では立ち上れないだろう?」
僕は、この世界や前の世界、全てにおいて男と話してときめくなんてことはなった。ましてやイケメンがする動作というのは忌み嫌ってき節がある。父様が自然にしていた母様に対するイケメン行為なんかも唾を吐きながら鳥肌を立ててみていたりしていた。
だがしかし、だ。
今この瞬間、彼にされたこの行為。僕をときめかせるのには十分だった。
……………………………………いや!「ときめかせるには十分だった」じゃねえよ!僕!どうした僕!何で男にときめいたの?ねえ、なんで!?
頭を横に振りながら、彼の手を取り、痛む体を半ば無理やり起こす。
彼はそのまま僕の腕をつかんだかと思うと自身の肩に回した。やだ…かっこいい。
「でだ。さっきの続きだ」
「ぶつぶつ…………っは!な、なんだ」
顎を手に置くポーズから思い出したかのように僕らのほうを見やり、ファイティングポーズをとる。
「ほう。私と物理で戦うか。よかろう。こい」
「…………いや。やめておく。俺は多分お前には勝てん」
「ふむ、妥当な判断だ。じゃあ話を戻すぞ。…でだ。さっき言った通りロックハートから話は聞いている」
「くっ…」
「……お前、修学旅行の班は、アリオン、ロックハート、ストライフ、タカミチそして、貴様。ついでに俺じゃあ、駄目なのか?」
あ。この人天才だ。
というかこの人さりげなく自分入れてねえ?
結果的にはその案で納得したミカド君は駆け足で去った行った。かと思えば、一度戻ってきて「すまなかった」と謝って、後ろ指を指しながら、「次こそ正々堂々勝負だ!」と言ってふたたび立ち去って行った。ガン下がりだった彼の僕の中の評価が少しだけ上がった。
しかしまあなんというか、終わりが思いもよらずあっけなく、少しぽかんとしてしまう。
「治療」
少し多めに魔力を込めたようで、体の痛みと傷が瞬く間に引いていく。立って歩ける程度にはなったから、彼の肩から手をはずした。
「ありがとう。楽になったよ。…えっと…」
「ああ…自己紹介がまだだったな。私はAクラスのグレン・アルケミスだ」
「アルケミス君。ありがとう」
「グレンでいい。まあ、そのなんだ。さっきはあんなこと言ってたが、私は余計なことをしていないか?」
「よ、余計なことなんてとんでもない!事実あの時僕満身創痍だったし」
「そうか。それは良かった。勝負に水を差したんじゃないかと不安になっていたんだ」
心底ほっとしたように、安堵の表情を浮かべた。
「じゃあ、私も帰るとするよ」
「あ、その…ありがとう」
「気にしなくていい」
にっこりと笑った彼はそのままスタジアムから立ち去った。
やだ…去り際も―――いやいや。去り際がなんだっていうんだ僕。いい加減にしろ。
「シキ!大丈夫だったか!?」
「アリオン君!無事!?」
「シキ!死んでないよね!?幽霊じゃないよね!?」
彼が去って行った方を見ていると、今度は後ろの方から3人の声がした。
「ああ。大丈夫だし無事だよ生きてるし」
「良かったよおお!」
セルフィが大ジャンプと共に僕の鳩尾に思いきり飛び込んできた。
「ごふう!」
「シキ、死んじゃうかと思って、悲しくって、私!」
嗚咽交じりにそう言うセルフィ。
その頭をゆっくり撫でた。
「ごめんな。セルフィ。…だから頭をぐりぐりするのやめてく…げふあっ」
「セルフィ!?アリオン君死んじゃうよ!?」
「うわああああん!」
「げふっ…」パタリ
「シキィィィィィ!?」
「アリオンくぅぅぅぅん!?」
どうやら、僕の残りわずかだったHPはセルフィによって削られたようです。
閑話休題
「たく…今度こそ死ぬかと思ったぜ」
「ごめんなさい…」
しゅんとするセルフィの頭を「気にするな」という意味を込めて、優しく撫で上げる。目を細めるセルフィ。うむ。かわいい。
「…さすがはシキ…俺たちに出来ないことを平然とやってのける!」
「セ、セルフィが目を細めている……だと!?」
「…何の解説だよお前ら…」
「それにしても、アリオン君無事で本当に良かったよ」
露骨にそらすアイちゃん。
今のを無かったことにしようとしてやがる。
「ああ…グレン君のおかげで助かったよ…」
「まあ、止めないわけにもいかないだろうなあ」
「なんでだ?」
僕がそういうと、急にレンはしたり顔をしだした。うわ。すげえ腹立つ。
「あれ?知らなかったのか?あのグレン・アルケミスって男は生徒会役員なんだよ」
「へえ…そうだったのか?」
この学校にも生徒会役員なんてあったのか。現実的だなあ。……いや、此処現実なんだけど。
「生徒会ねえ」
「主に学園の治安だったり、行事の整備とかをやってる、まあ、行ってしまえば学園直属の部隊って感じかな」
学園直属の――それってなんていうか、若干怖い。というか響き的には兵隊の方が近い気がした。
しかし、グレン君恐らく僕らと同じ年齢……だよな。
なんというか、想像を絶する世界である。
「本当に知らなかったのか。ミカドよりも人気で有名な男なんだぜ?」
「名声が目的ってわけじゃないだろ?」
「まあな。グレン・アルケミスは、貴族の息子。魔術に関して大きく名を遺したAクラス筆頭の大天才って話だ」
レンはそう言って、再びしたり顔を浮かべるのだった。