第18話:セルフィの試合
理事長室から闘技場までは、意外と距離がある。
建物の位置的にはまあ学園都市なのだから、しょうがないのだが、理事長室のある職員棟が問題なのだ。
何が問題なのかというと、棟の階数である。1学年に約30人の職員がつき、それが×6人分の職員室が6階分。そして、一人一人に与えられた職員専用の部屋で7階分。そして、その最上階に理事長室が位置しているので1階分、総じて14階分。
この世界には、エレベーターなどの大型の機械がないので、その階段を駆け下りなければならないのだ。
1階まで、駆け降りるだけで一苦労である。
体力のない僕としてはかなりきついのだが、まあ、そこは我慢である。
忍耐だ。
いや、忍耐は違うか?
ともかく、後半の部は既に始まってる時間だ。急がなければ、セルフィとアイちゃんの試合に間に合わない。
と、言うことで、僕は今全力でダッシュをしていた。
数分走って、既に脇腹が痛みだしたころ、闘技場がやっと見えてきた。さっき、アイちゃんたちと話した広場を通り過ぎ、闘技場のFクラス入口から中へ入っていく。
薄暗い通路を抜け、小さな階段を上がりEクラスの会場まで入った。……扉を開けるとまず最初に、暗く、言っちゃあ悪いが根暗な空気が流れてきた。
扉を開けたというのに誰もこちらをみない。……いや、見られても困るのだが。
暗い雰囲気のなか、自席を見つけた。座りたくないなあ……。まあ、立っているのも今はしんどいし、観念して僕の席に着く。
この雰囲気、心地悪いものである。
周りを見渡す。D〜Aと職員席は、試合を見て大興奮をしていた。
「(よかった。まだ、セルフィとアイちゃんの試合は始まっていなかった。始まるまでまだ少し時間がある)」
自席の下に置いてあったバッグから、魔導書を取り出した。これを読みながら、とりあえずの暇つぶしをしよう。パラパラとめくりながら使えそうなものを探していく。
「なーなー」
…そう言えば、雷系の魔法結局覚えきれてないな。
「(雷系の技は苦手だしな。頑張らないと覚えられないな)」
「おーい……」
雷よもちゃんとした感じで覚えないとな。なんだよあの静電気。何のために雷属性があんのかって話だしだよ
「…」
…属性と言えば、僕の例の「闇」の魔力とやらだ。雷獣を倒しさえした力を身に着けさえできたら、僕って最強に成れるんじゃないんだろうか?
うーむ。考えておこう。
「うおおい!」
「ぐおお!?っ!?っ!?」
突然耳元に大きな声が響く。
誰!?誰!?怖いんだけど!?というか、今の声で皆こっち向いちゃったじゃねえか!馬鹿じゃねえの!?声の主バカじゃねえの!?
「こっちだよ」
必死に首を振っていると左方向から聞いたことのある声が響いた。
「誰だっけ」
声だけではわからない、この迷惑野郎僕は睨みつけた。
「……く、クラスメイトの名前くらい覚えておこうぜ、シキ・アリオン君よ」
「……あ、あー…あ!思い出した!反則負けした人だ!」
「ぐ……その覚え方やめてくれ!いや、あってるんだけれど」
大きめなふくよかな体をした男の子――レン・タカミチ君は苦笑いを顔に浮かべてそういった。
「お前も降参してただろうに」
「うっ」
それを釣り合いに出されたら何とも言えない。
しかも僕の場合、あんなかっこいい負け方してないから、負けは負けでも、彼の方が負けランクが高そうである。
いや、負けランクってなんだよ。
「さっきさ。ここ遅れて入ってきたけどお前何やってたんだ?」
みんなの視線に気が付いたのか、ひそひそ声で話し始めた。
その時には、既にみんな試合を見ているだけの機械と化した。
「ん……理事長先生と話してた」
「理事長先生と!?」
レン君の大きな声に比例して周りが再びこちらを向いた。
「おっと失礼」
レン君がそういうとみんなが前を向く。だったら気にしなければいいのにとは思うのだが。
「で?キリシア様と何を話してたんだ?」
キリシア様って呼ぶのか。僕もそう呼んだほうがいいのかな?
「Bクラスに移らないかって話」
「で、お前は移るのか?」
「いいや?僕にはそんな実力ないからね。おちぶれるのは嫌だし」
「ほー。できた奴だなあ」
そうだろうか?
よくある話だと思うのだが
「いやいや。その年にして見事だと思うぜ。俺、そんな話が来たら、ホイホイ乗っちゃうと思うし」
まあ、確かにそんな雰囲気は醸し出している。
「ふむ…こいつならもしかして…」
ボソリ、とタカミチが何かをつぶやく。
「ん。じゃあはい」スッ
なぜかタカミチは手を差し出した。
「?」
「あぁ。そういやこっちではそんな風習なかったな」
ポリポリと頭をかくタカミチ。
「俺の居た地方では握手をして友情を誓うんだよ」
「へぇ…」
本で読んだことある。たしか、この大陸の東の方の風習だったはずだ。
「だからはい」
「む、むう…」
彼の大きな手を握る。
……ちょっと恥ずかしいな。これ。
「あはは。恥ずかしいか?大丈夫だ俺も恥ずかしい」
そう言った後、すぐに手をも出した。手が熱かったこと思おもうと、本当に恥ずかしかったのだろうな。
その後、彼との談笑を楽しみながら、試合の開始を待った。
『セルフィ・ストライフ!前に出なさい!』
「はーい!」
待ちに待った、セルフィ戦である。
セルフィが大きな歓声を浴びながら、選手入退場口から手を挙げて出てきた。
『クリス・アリアン!出なさい!』
「はい」
相手の女の子――アリアンさんも前に出てくる。
金髪ロールを髪につけたいかにもといった感じのお嬢様な風貌である。なんというか「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」とか言いそうだ。
アリアンさんは出てきたものの、なぜか、セルフィを恨めしそうな目で見ていた。「ぐぬぬ…」的な表情をしているあたり、歓声を浴びる彼女がうらやましいのかもしれない。
『ルールは大丈夫ですね?』
先生が二人の間に入り、ルールの確認をしていた。
……そのあいだにももう相手の人は、セルフィをじっと見ていた。殺意の目線である。彼女らに何かあったのだろうか?
『それでは……試合開始!』
「行きますわよ!雌豚!」
「め、雌豚!?」
おいおい。そういう感じのセリフ初めて聞いたよ。
……セルフィもその手の罵倒は初めてだから戸惑っちゃてるよ
「風よ!」
アリアンさん突風が、セルフィに襲い掛かる。
「うわっ!?…なかなかいい風だね」
やだ…そのセリフイケメン。
僕が勝手にときめいていると、隣でタカミチが「うわ…」といっていた。後で殴る。
「でも…私には意味がないよ!」
いつもと変わらないスピードで、風の中を突っ込んでいく。
なんというか、アスリートみたいである。
「…残念でしたわね!光よ!」
僕ほどではないが(負け惜しみ)それなりの(ここ重要)光が彼女の指先から放たれる。
それ僕の戦法なんだけどなー。
「…目をつぶればどうってことないわよね…これ」
……そうなんだよね。
これ、初見の相手や、戦いの途中でだから通じる技であって、こんなふうに、見え見えな戦法だとむしろ、大きな隙を与えちゃうのだ。
「なっ……ぐはっ」
アリアンさんが、お腹を大きく殴られる。
…大きくとはいっても、あれ多分実力の10パーセントも出してないよね。
「うーん火よだと服燃えちゃうしなあ」
倒れるアリアンさんの前で、じっと突っ立ている。
「どう?アリアンさん。降参する?私人殴るのあんまり好きじゃないし…」
そのセリフは、あんな風に殴ってからじゃ遅いと思うんだ。
「……かかりましたわね」
「…えっ?」
瞬間、セルフィの足元に魔方陣が出現する。
「なっ…」
「木よ!これであなたの動きは一瞬とはいえ縛りましたわよ!」
おお…なかなかやるなあのお嬢様。
もしかして、とっさの判断に強いんじゃないか?
「ふぁ、ファイ――」
「やらせませんわ。風よ」
容赦なく、顔面に風をたたきつけた。
「あうっ!?」
その攻撃で、セルフィは、がっくりとうなだれてしまった。
…ピクリとも動いていない。気絶したのだろう。
「…審判の先生。終わりですわ」
アリアンさんがセルフィを見下しながら、そう言う。
うーむ。
あの二人に何があったのだろう。
審判の先生が地かずくのと同時に、アリアンさんが、セルフィに背を向けて自分が入場してきたところから戻っていく。
…あ。おい。まだ試合終わってないんだから、背を向けちゃ――。
「えい!」
瞬間、どう脱出したのかわからないが、セルフィが宙返りをして、アリアンさんの背後に立つ。……え?早。ええ?
「……私に雌豚って言った罪は重いよ!」
そう大声で言った後に、両脇にセルフィの両手を入れる羽交い絞めの体型を取る。そうしたかと思うと、今度は、ぴょんとジャンプしそのまま、ブリッジの体型のまま――アリアンさんを投げ飛ばした。
…え?いや。待てよおい。お前それ普通に使ってるけれど、それ…。
「ドラゴン・スープレックスじゃねえか!?」
「どうしたシキ!?」
後日、彼女に「何であの技をお前が使ってたんだ?」と聞くと、彼女は平然と「お母さんが教えてくれたんだよ」とにっこりと笑いながら教えてくれた。
幸い、彼女の技のレパートリーは、その一つしかないようです。
因みに、この大会で優勝を制したのは男子の部では、ミカド君、女子の部ではセルフィであった。
そして、これは余談だがアイちゃんは試合に出ていないらしい。さぼりやがったということだ。
かわいい顔してなかなか不真面目である。