第17話:アイ・ロックハート
降参した僕に降り注ぐブーイングの嵐。
逃げるようにスタジアムから出て行った僕は広場でがっくりとうなだれていた。
「お疲れ様」
そんな僕のもとにセルフィが現れる。
「おー……」
「あはは……さすがのシキも元気ないね」
苦笑いを浮かべる彼女は僕の座るベンチの隣に座る。肩と肩が触れ合うこの距離はやはりいつもと変わらない。
それがどこか僕に安堵の息を吐かせた。
「さっきの試合悪い意味ですごかったね」
「そんなん僕に言われても困るんだが……まあ、元はといえばお前のせいなんだぜ?」
「?どういうこと?」
「あれ?試合前のミカド君のセリフ聞いてなかったのか?」
「あり?……ああ!!お昼御飯がなんたらってやつ?」
「そそ」
「あれは恥ずかしかったなぁ」
そう言いながらポリポリと赤らめた頬を掻くセルフィ。
『入学当初にセルフィさんの弱みを握り!更には無理やり昼休みには弁当を一緒にする!』
『友達だと言い張るつもりか!?ハッ!お前のようなEクラスとセルフィさんのような魅惑の麗しいAクラスの才女がか!?』
……よく考えてみると、大分ひどいこと言われたんだな。僕。
一発二発殴れば良かったかな。
「ねぇねぇ。シキ」
「んあ?」
飛躍してミカド君の処刑方法を考えていると、セルフィの声が僕の思考を邪魔する。
「まだ私とお昼ご飯食べてくれる?」
「は?」
何を言うかと思えば……そんなことを不安がってたのか。
僕は頭を垂らして顔を伏せて落ち込んでいる彼女の頭にぽんと手を置いてこういった。
「当たり前だろ?僕とお前は友達なんだから」
「……むう」
涙目で上目使いで僕を睨む彼女。その姿におもわず鼻奥が熱くなる。
「「ぐっふ」」
………え?何で今僕と声が被ったの?
セルフィが鼻血を出すわけないし何より今僕とセルフィしかいないはずだよね?
「やあ。アリオン君♪」
もう一つの声が聞こえた方向を見ると、ピンクの髪の毛な美少女がいた。
「えー、初めましてっ!アイ・ロックハートでっす!」
どうやらこのロックハートさん、セルフィの親友で、曰く「入学当初からお世話になってるのよん」らしい。
セルフィがいつの間にか消えたため探しにしたところさっきの状況に出くわしたらしい。
さすがセルフィ。僕でさえ生前は親友なんて存在作るのにめちゃくちゃ苦労したのにこいつはたった数日で作りやがった。
……悲しい気持ちになった。
「ふむふむ…」
今度は僕のほうに標的を移したのか、ジロジロとみてくる。
よく見なくてもロックハートさんは美少女なため、だんだん恥ずかしくなってくる。
「なるほど!こりゃセルフィがゾッコンなのもわか」
「《燃え盛る火炎の焔よ 我の拳へ纏われ》火炎拳ォォォォォッ!!」
「ぎゃふん!」
この詠唱時間約1秒である。ロックハートさんの頬に、セルフィの拳が叩き込まれた。
実に鮮やかで、もはや芸術である。
「アホ!?アホなの!?」
「なによー……ハードブレイク君気付いてないっぽいから真実を忠実の語ろうと――《火の精霊よ 地獄の火炎で――わー!ごめんごめん!悪かったから地獄の業火はやめて!魔法妨害なかったら死んじゃうから!」
「まったくもう……シキ君!」
「な、なに?」
なぜに僕に振るかね。
「今の話聞いてた!?」
「い、いや。訳が分からなかったから聞いてなかったけど」
セルフィがなににゾッコンなのかは結局わからないままである。ここで訊いたら僕の命の灯がここで消えてしまいそうなため、訊かないでおくが。
「そろそろ会場に戻るよ!」
「…あれ?そういえばセルフィとロックハートさんは―」
「ア・イちゃんってよんでよ」
「ロックハートさんは―」
「ア・イ」
「ロックハー―」
「ア・イ」
「…」
「ア・イ」
「………セルフィとアイちゃんは」
諦めて、僕がロックハートさん――。
「…ア・イ・ちゃ・ん」
……!?心のうちまで読んでまで完璧にアイちゃんと言わせたいのか!?なんなんだAクラスって。変人ばっかだな。
「まあいいや…んで、セルフィとアイちゃんはもう試合したのか?」
「ううん。私たちは女子の部でやるの」
「あ。そうなんだ。…まあ、お前なら勝てるから大丈夫だよな」
並外れた身体能力と知能。
その二つが組み合わさっている彼女はもはや無敵だ。
「そうかなあ」
心配そうな声でそう言った。
「そうよ。セルフィは強いんだから。入学テストの時だってすさまじかったよ?」
「え?そ、そうだったかなあ」
「うん!」
「へえ?そうだったのか。僕のその辺はよく聞いてなかったからな。どんな感じだったんだ?」
「えっと、実技試験の項目に先生と戦うっていう科目あったでしょう?」
「ああ。あったね」
「あれは、力を半分セーブされた状態だって話だったじゃない?その状態とはいえ、一撃で先生をダウンさせちゃったのよ」
ほう。
それはすごいな。いや、マジで。
僕でも、剣技やらなんやらを使っても1分くらいでしか倒せなかったというのに。
「もう!その話やめてよ…あれは、先生の手違いで力が4分の1にセーブされてたって話でしょ?そのあとの再試験では5分かかりました!」
あ。なんだ。まさかのセルフィ無双かと思ったのに。
いやうんまあ、5分かかったけれど倒したっていうのも十分どころかかなりすごいんだけれどね。
『それでは、前半の男子の部を終えます』
会場から、そんな声が聞こえた。
「あ。前半の部が終わったみたい。早く戻らないと」
アイちゃんが、そう言って、セルフィの手を取る。
それを後ろから眺めながら、僕は会場に戻るのだった。
「あ。やっと戻ってきましたね。シキ君」
「あ。シルク先生」
Eクラス用の席に戻ってくるや否やシルク先生が僕に手を振ってくる。何か問題でもあっただろうか。幸い試合は後6つほどあるようだが。
「どうしたんですか?」
この歓声の中だとよく聞こえないため、先生のもとに駆け寄る。
「じ、じつはですね――」
「――は?」
その詳細を聴いた僕は驚愕した。
「シキ・アリオン君だね?」
「は、はい」
「まあまあ。そんなに気張らないで頂戴。はい。此処に座って」
綺麗なお姉さんはソファに座って手招きして向かいに座るよう促す。
僕、シキ・ハードブレイクはシルク先生と共にとある場所に来ていた。
「シルク先生も座ってください」
「は、ははははい!」
シルク先生もあまりにも地位の高い人にビビってしまっているみたいだ。
緊張な面持ちのまま、僕とシルク先生はその人の座るソファの真正面に位置するソファに腰かけた。
「じゃ、二人も座ったところでまずは私の自己紹介から行きましょうか。シキ君は知らないでしょうしね」
いや。バリバリ知っているのだが。
お茶をずずっと飲んだ後その人は綺麗な笑顔でこういった。
「唯一王七世の五女。王都学区の学区長。そして、ここ王都学院学園の理事長を詰めさせていただいています、キリシア・メガラニカ・レニースです」
事の始まりは僕が入学したときだという。
アリオン家といえば代々王都に貢献をしてきていて、何と言っても僕の両親は英雄ときた。普通は僕は優遇される立場だったらしい。
それが、座学だけでEクラスになったことに先生方は理事長先生に文句を言ったそうだ。(因みにシルク先生はその輪の中に入っていなかった。シルク先生涙目)
その結果、この大々的な3者面談である。
シルク先生も今僕たちがいる理事長室の入るのも初めてらしく僕とともにがちがちというわけだ。
「まあ、つまりです。Aクラスは無理だとしても、Bクラスまでは昇格できますよ?っていうお話です」
理事長先生はまたもやお茶をずずっと飲んでふぅと息を吐いた。
「し、シルク先生はどう思いますか?」
此処でシルク先生にバトンパス。
「へ、へえ!?そ、そそそそうですね」
激しく動揺するシルク先生。
バトンパスした瞬間お胸様が揺れたのが眼福だった。
「ふ、普段静かなのでなんとも…私も上のお名前を覚えるのに二日かかりましたし(ボソッ」
僕の名前そんなに複雑か!?二文字しかないよね!?
「(まあ、確かに友達がいなかったからなあ…静かだと受け止められるのも分かる)」
そう納得するしかないじゃない。印象が薄かったとか、モブみたいだったとかではないん……ですよね?…よね?
「あ。でもなんか思いつめたような顔もしてましたよね?今日の放課後にもそれを聞こうと思ってたんですよ」
首を傾けて上目使いで僕のほうを見る。
僕のHPが半分削られる。
「ど、どうしたんですか!?いきなり口の端から血を…治療!」
心地い光が、僕の口もとに漂う。
「ゴホン。まあ、それはともかくです」
おっと。理事長先生の存在を忘れていた。
「シキ君。あなたは、……3いえ。2種の魔力を持っていますし、試験時の実技も目を見張るものがありました。わたしは、それなりの適正はあると考えています。あとは、あなたの意志ですよ?」
「僕の……意志……ですか」
確かに魅力的な提案だ。
しかし……だ。
「だが断る……ます」
「……理由を聞いてもいいかしら?」
危うく、「だが断る」と言いそうになった。流石にタメ口はダメだろう。
「……僕は、確かにアリオン家の人間で、英雄たちの息子です。ですが、それに見合った実力はありません。中級も4つしか使えなかったり、魔力量も同年代の子たちより少し多いくらいです。そんなやつが、こつこつと頑張ってるBクラスの人たちと肩を並べてAクラスを目指すなんてことできないと思うんですよ」
「なるほど、ね。だから断るってことね?」
「はい。先生方のお気遣い申し訳ありませんが」
「……わかりました。無理を言ってしまい申し訳ありません」
そういうとひざに手を置いて申し訳なさそうな顔で謝る理事長先生。
うわ。なんか僕も申し訳ない気持ちになってきた。
「い、いえ!謝らないでください!」
「ん……ありがとうございます。シキ君」
はかなげな笑顔で頬を染めてにっこり笑う理事長先生。
これ僕じゃなかったら誤解しますよ。理事長先生。
「じゃあ、シキ君は下がっていいわよ。教室に戻りなさい」
「は、はあ。じゃあ、失礼します」
すこしあっけにとられながら素直に理事長室から出て行く。
「……ふふ。あのユフィとクロウ君の子供があんなにきっちりした子供になるなんてね……あの時の真剣な顔クロウ君を思い出しそうになったわ」
「あはは…そうですね」
シキの出て行った学園長室の中で、二人は何か資料を手に取り話し合っている。
「シキ君もういないし“普段通り”でいいわよ」
「……そう?じゃあ、そうさせてもらうわね」
引き上げていた肩を普段通りに戻し、ふうと、息をついた。
「シルクの演技笑えたわねー。あの『ははははははい!』なんてお腹の中ですっごい笑っちゃたわよ」
「も、もう……あの演技あなたがいるときに先生方の前でするの恥ずかしいんだからあんまり茶化さないでよ……シキ君の前でやるときとか顔あつかったんだから…」
「じゃ、本題に移るわね」
もっていた紙の束を、目の前の机の上に出す。
「……無視……ま、私も時間ないしね」
数百はあるであろう資料をシルクは一通り目を通した。
「シキ君のあの属性の話……だったわよね?」
「……そう。まずは、学校の中にある魔族と属性に関する本や教科書は廃棄するのは決定なのよね?」
「ええ。今から教科書変えるのは幸い不自然ではないしね。あとはシキ君のなかのあの属性の封印が課題ね」
「それなのよね……キリシア。クロウ君が言っていたのだけれど、既に、彼の中で、その属性が芽を出し始めているのよ」
「なんですって?」
「まぎれもない事実、らしいわよ。すでに、見えないはずのものが見えている、というわ」
「そんな……じゃあ……」
がっくりと肩を落とすキリシア。
「気を落とすのはまだ早いわ。キリシア。『裏図書館』に属性封印の文献は残ってるかしら?」
「でも……それはあまりにもリスクが大きすぎるじゃない…」
声を低くして、彼女をにらむ。
「そうじゃないと、彼はこれからもっと不幸になるわよ?」
それにおくことなく、シルクはキリシアの目をじっと見る、
「あれば、私ができるんだけど」
「それ以外の方法がないか、私も……探してみるわ」
その語調は、まだ納得が言ってない様子である。
「アルシアに教えてもらうのは癪だし…ね」
「それは私も同感よ」
「まあ最悪、お姉さまたちに掛け合えば文献は貸してもらえると思うからね…」
心底いやそうな声を上げるキリシア。その表情もどこか不機嫌そうだ。
「私も知り合いのつてで探しておくわ」
「うん。おねがいね。魔王なんかに目をつけられたら大変だしね」
「……ええ」
その後数分間話し合った彼女らは、今後の方針を決め、それぞれの仕事に戻っていった。