第10話:僕と妹ときっかけと 前
「お兄ちゃん」
誰かが僕の部屋のドアをノックする。
だれか…とはいってもこの時間帯とその呼び方は、妹であるトウ以外ありえないが。
その妹――トウの誕生から4年という月日が過ぎ、トウは僕以上の成長を見せつけていた。僕が4歳のころ以上の知識欲と、今の僕以上の身体能力を彼女は持っていたのだった。
――彼女は、英雄としての血をほとんどと言っていいほど、受け継いでいる。
僕のような平凡と真逆の存在であり、まさに英雄の娘といえるような妹。
最初は嫉妬した。
けれど、その嫉妬も無駄だと知って諦めた。
新たな才能見せつけられて嫉妬して。そして、諦める。
そんなループが僕の中1年ほど続いき、最終的に、僕はこう悟った。
「トウは特別だからしょうがないよね!」と。それ以来は、特に問題なく僕は彼女に接せられるようになったわけなのだが、今考えてみるとその開き直り方はおかしい気もする。
「ん。いいぞ」
僕は机に向かいながらそう返事をすると、ドアをひらいて、中へと入ってくる。
生憎僕は勉強中なので、その姿を確認することはできないが。
「また勉強してるの?」
「ああ。このくらい勉強しないと僕の頭じゃ受かれないと思うし」
僕は要領が悪いのかどうかはわからないが、なぜか関係ないことや余計なことをよく記憶してしまう傾向があるのだ。前世もそうで、高校入試なんかも結構ギリギリの成績だった思い出がある。
それに加えて、さぼり癖さえもある僕としては、これくらいの時期からやっていないと絶対に受かれない自信さえあった。
どんな自信だよという話だが。
「ふうん。問題見たけど結構簡単だったのになあ」
「マジで!?」
おそらく、父様母様の王都入試試験の試験問題だと思われるが、え?ちょっとまって?4歳の女の子があれを解けるか?
…僕がかなり頭悪いってわけじゃないよな?
「うん」
「…ま、お前だからな。もう驚かねえよ。で、何の用だ?」
「お兄様の勉強の邪魔をしに来ましたー」
「おい」
「冗談だよ。冗談だからこっち向いて、目をひん剥いて青筋立てながら怒らないでよ」
「確かにお前の方向きはしたがそこまで変顔してねえよ」
人間離れしてんじゃねえか。
「で?本当は何の用だよ」
「お兄ちゃんに会いに来た…じゃ、駄目?」
「かわいいこと言ったつもりだろうが、それ訊くの今日で通算100日に達するぞ」
「数えないでよ」
「ここ3か月間毎日来てんだから数えるもなにもねえよ」
「毎日じゃないよ?」
「毎日だよ…」
まあ、大体理由はわかっている。
ここ2,3か月、僕らの両親とリリィさんはここら辺でなぜか活性化してきた魔物の退治に追われているから、家にいないことが多くなっているのだ。
家にいるときは、夕食のときのみだけで、そのあとは、屍のように風呂に入ってベッドに沈んでいくという生活をしているため、遊び相手が僕やクロしかいない。
そのクロは、最近ダラッとしているため遊んでくれない。が、勉強がなかなか進まない僕はなんだかんだで遊んでくれる。
故に、ここ2,3か月毎日遊びくるのだ。と、おもう。というかそれしか理由はない。
「今日は何して遊ぶー?」
「今日はって…頼むから今日は勉強させてくれないか?」
「えー?やーだー。お兄ちゃんとあーそーびーたーいー!」
「子供かよ…って、子どもだったな」
今日までで毎日1回は必ず言っているこのセリフも、効果がないとわかっているもののとりあえず言ってみるが、やはりその言葉にトウは不満そうに頬を膨らませながら駄々をこねる。
…4歳のくせして容姿端麗で美幼女なので、それを見ても愛らしいという感想しか出なかった。それにしても金髪美幼女が頬を含まらせているというこの図は何とも不思議であった。
「じゃあ、こうしよう!」
手の平に握り拳をポンと載せる。
何か妙案を思いついたようだ。
「私がしりとりで勝ったら遊ぼう」
「しりとり!?」
何故お前がその遊びを知っている!?
「え?いや、お兄ちゃんが教えてくれた遊びだよ?忘れちゃった?」
「え?あれ?僕それ教えたっけ?」
うーん。記憶にないな…。いや。でも僕の事だからいつの間にか教えている可能性がある。
「ま、まあ。とにかくはじめようよ!じゃ、しりとりの、「り」からね!」
「えー?…まあいいか。僕の勉強がかかってるんだから、本気で行くぜ」
僕は机の上に鉛筆を置き、椅子から立ち上って、既に床の上に座っているトウの真正面にと座った。
「りんご」
「ご…ご…ご立腹」
「ご立腹って…下り坂」
「か…かりんとう」
あれ?そのお菓子こっちの世界にあったか?まあその名称かどうかは知らんが似たような砂糖がしはあったと思うけれど。
「瓜…スイカとかキュウリとかの瓜な?」
「瓜…瓜か…り、り…」
珍しいな。語彙力豊富なトウが言葉に詰まっている。
「理科?」
「悩んだ割に単純な…。か、か」
うーん。なんか捻った答えがいいよな。兄としての威厳的なあれで。
こう考えている時点で威厳も何もないとは思うが。
「狩人」
「かりうど?」
「うん。知らないか?」
「しらなーい」
「へえ?この周辺では結構聞く言葉のはずなんだが、それを知らないとは別に語彙力豊富ってわけでもなさそうだな」
「何でもは知らないよー知ってることだけー」
「何でお前がそのセリフ知ってるの!?」
しかもそのセリフお前の外見だとまったくもって合わねえから!そのセリフに会う風貌になってからせめて言ってほしかった!
「狩人っていうのは、簡単に言えば父さんたちみたいなことだな」
「知ってるよ。ドヤ顔お兄ちゃん」
「何で言わせたよ!?」
そしてドヤ顔という言葉をなぜ知っている。
「か、勘違いしないでよね!私はただ、ドヤ顔のお兄ちゃんが見たかっただけなんだから!」
「ツンデレ風に言ってるが、お前それただ僕で遊んでるだけだからな?」
はあ。と大きくため息をつきながら、椅子に座る。
「え?あれ?続きは?」
「もういいだろ?いい加減僕も勉強しないと…お前とは違って僕は要領悪いんだ」
「いいじゃんいいじゃん。勉強なんてより私と遊ぼうよー」
「僕にとっては学園に行けるかどうかがかかってるんだぞ。妹なら僕の勉強応援しろよ」
「えー。つーまーんーなーいー」
「クロを無理やり起こして遊んでろよ」
「クロちゃん無理やり起こしたら怒ってふて寝しちゃうんだよー?」
もうそれペットの域を超えてるよ。末っ子の子供みたいになってるじゃないか。
…まあ、あいつも魔物だからな。それなりの知性も持ち合わせてきたというわけかな?
「じゃあ、一人で遊んでろ」
「えー。やーだー」
「…」
そろそろイライラしてきた。
「いい加減にしてくれよ…」
少し声のトーンを下げてそう言った。
「…もういいもん!」
バタバタと、床を歩く音がした後ばたりとドアが閉まる。
…どうやら、出て行ってくれたようだ。
「あっちの杜宇とは違って、わがままな妹だよなあ…さて。やるか」
…4年とか3年前までは考えられなかったなあ…再び、妹と仲良くおしゃべりできる日が来るとは思わなかった。
…勉強しよ。
「…キ…シ………シキ…起きてくださいシキ君!」
体を誰かに揺さぶられて、僕は目を覚ました。
…あれから、机の上で寝こけてしまったようだ。うん。勉強してるとよくあるよね。数分だけ寝ようと思って寝てみたら、夜まで寝ちゃって寝なければよかったと後悔すること。現在進行形で後悔しているわけなんだけれど。
目をこすりながら、僕は上体を起こす。
「どちらさまー?」
寝起きのテンションのまま、僕を起こした人物に問いかける。
目がしょぼしょぼするため、相手の顔が見えず未だ誰だかわかっていない。
「私です!リリィです!」
「うえ?リリィさん…?」
名前を復唱しながら目を掻いていると、やっと、視界が広がってきた。そこには、確かにリリィさんがいた。
しかし、その顔はいつものような凛とした表情ではなく、額からは、汗をだらだらと流しており表情もどこか焦っている様子であった。
「どうしたんですか?……あ。もしかして、夜ご飯ですか?」
「違います!」
大きな声で、リリィさんはそう言った。
…やはり何かあったのだろうか?
遂には涙を流し始めたリリィさんは、涙ぐみながら、こういった。
「トウちゃんが……トウちゃんが……!」