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第9話:妹

 妹。

 僕の前世の人生においてその存在は誰よりも大切な存在だったと記憶していて、それこそ涼香よりもだ。血のつながりがない代わりに、絆でのつながりを、僕たちは何よりも大切にしていた。

 僕の保護者だった祖父母も、幼いころまったく懐かなかった彼女に僕と変わらず接していた。

 その祖父母が亡くなってからは、彼女が僕の唯一の家族となり、その後も彼女と僕は反抗期という壁を作りつつもどこかで僕らは暖かさを求めあっていたと思う。

 「死ね」という言葉が照れ隠しなのは知っていた。

 今考えてみれば、前世の最後にで彼女に「死ね」と言われてキレてしまったのは少し短絡的すぎたかもしれないな。

 今頃傷ついているかもしれない。「私がお兄ちゃんを殺した」とか思いつめているかもしれない。…下手なことが起きなければいいんだけれど。

 …杜宇は生活的に難があった。やはり、心配だ。

「…勉強に…集中できないな」

 そう呟いた後、僕はぱたりと、分厚い本を閉じた。

 木製の、なかなかすわり心地の良い椅子にの背もたれにゆっくりともたれかかる。

 窓からの爽やかな空気と木洩れ日を感じつつ、思考を続ける。

 最近は妹の杜宇のことをいつも考えては、こうやって勉強を中断する毎日であった。そのせいで、王都学園の試験勉強は中々に難航をしてしまっていた。いや。正確には難航になっている状況だった。それは冒頭にも話した妹の話のせいであった。

 血の繋がらない妹とはいえ、唯一無二であった彼女の事を思うと、何というか…複雑な気分に僕はなっていたためか、僕の鉛筆を動かす手の動きは止まってしまっていた。

 というのも、こうにも昔の妹の事を考えてしまうのには理由があった。

 妹が生まれるらしいのだ。

 その話を聞いたのは、10か月前のある日の事である。


 あくる日、セルフィと遊んだあと、家に帰った僕は、妙にニコニコしている父さんと母さんに手招きをされ、リビングへと足を運ぶ。

 食卓の椅子に座った僕が理由を聞いてみると、「できちゃった」とまるでできちゃった婚でもしたように一言を母さんは言い放った。いや。確かに最近夜うるさいな…とは思ったよ?地震じゃねえか?ってくらいギシギシ家全体の木材が軋んでたもん。どんなで激しく事に及んでるのかと。

 毎晩泣きそうになってるリリィさんをあやしたのはいい思い出である。

 それが1ヶ月くらいないなあ…と、少し残念に思っていたらその一言であった。いや、まあ、リリィさんとは抱き合って喜ぶくらいには喜んだけれど。

 以上回想。

 そして、今日は母さんが赤ん坊を連れて帰ってくる日だった。

 この日が近づくにつれ、僕は段々と勉強に集中ができなくなり、最終的には今日のように勉強を始めて数十分で、やる気がなくなってしまうくらいにまでなってしまっている。

 いや。複雑な気分とはいえ、確かにうれしいものだ。妹ができるというのは。しかし、僕の頭の中では、『妹=杜宇』という方程式が出来上がってしまっているため、妹にちゃんと兄のように接することができるのか?という不安がそこには有ったのだ。

 一人、机の上で頭を抱える。

「駄目だ…うん。…駄目だ…」

「はあ」と、大きく僕はため息を吐いた。

 その溜息で、ベッドの上にいたクロが喉を鳴らして起き上がった。そういえば、このクロ。既に、僕と同じ背丈まで成長しており、、なんというかすごくでかい生物と化している。時々身の危険を感じてしまうが、きのせいだと思いたい。

「あ。クロ。おはよう」

「クルルル」

 クロは返事をするようにちょこちょこと歩きながらベッドから飛び降りた。

「今日だってさー」

「キュウ?」

 眠そうに首を傾げる。

 動作一つが洗礼されたかわいさである。

「ほら。母様が」

「キュア!」

 思い出したとでも言いたげに声を上げる。

「キュウ?」

 それがどうした、と言わんばかりに首を傾げる。

「いや。なんでもないってばよー」

 背骨をバキバキ言わせながら、大きく背伸びをした。

 …やはり、勉強には集中できなさそうであった。

『ただいまー!』

「うお!?」

 下から、そんな声が聞こえた。

 どうやら、産婦人科(正確には違うが、大体同じである)から母様たちが返ってきたようだ。

「…あれ?ちょっと待て。母様達行ったの10時…だったよな?今は…」

 焦りながら、壁にかかっている壁時計を確認する。

 その短針は11と短針は9を指していた。

「バカな…早すぎる」

 玄関で待ち伏せして顔を見てやろうと思っていたのだが……いや、まあいい。とりあえずは直接確かめに行くとしよう。

 クロが眠そうにしているのを横目に、僕は少し急ぎ足で、玄関まで向かうことにした。




「と、ととととととと父さん!母さん!リリィさん!おかえりゃあああああああ」

 階段を勢いよく降りたせいで、足をしをつっかえて転んでしまい、最終的には回転をかけながら顔面から玄関前廊下へと着地をしてしまった。

「うおっ、ただいま我が息子!?いや、どうした!?」

「げ…元気がいいわねえ」

「シキ様ぁぁ!?」

 三人が心配そうに駆け寄る。約一名引き気味にこっちを見ていた気がしたがきのせいと信じたい。

 …うん。どうやら、頭を強く打った以外特に外傷はないようだ。鼻も痛くないしね。

「だ、大丈夫です。それより妹は!?my sisterは!」

「ま、まいしすたー?」

「妹ですって!」

「え、ええ。あの子ならさっき食卓のゆりかごに中に……消えた!?」

「早い……!」

 リビングには母様の言った通り、ゆりかごが置いてあった。その中をそうっと覗き込む。

 その中に、どうやら、父さまの血を少し強く受け着いたのであろう金色の髪を生やした可愛らしい顔の赤ん坊がいた。

 うん。未熟児だったりしなくて良かった。

「かわいいでしょ?」

 後ろから母様がにっこりと笑みを浮かべながら僕に話しかける。

「うん」

「シキも、こんな感じだったのよ?」

「…いや。それはないでしょう?」

 僕がそう言うと、得意げな顔を浮かべ、左手のひとさし指を自分の顔の前で振って「ちっちっち」といった。

 …なんかむかつくなあ。テンションが妙に高くないだろうか?いや。それは僕だってそうなのだが!

「親から見たら、自分子どもは誰だってかわいいってことよ。いつまでたっても、どうなってもね」

「はあ……」

「わかってないわねえ」

 そう言うって、ひざをついたかと思うと、僕をそのまま抱きしめる。いつものような、胸にうずくめるような乱暴な抱きしめ方では無く、母様の肩に僕の頭を置くような、優しい抱きしめ方であった。

「私、口下手だから、こういう時顔を見てると言えないんだけどね?」

 そう言えば、ツンデレ設定があったな…うん。子供にそれは発動しないものだとてっきり思っていたが。

「大好きってことよ」

 …そういえば、母様はかわいいものが大好きだって言っていたな。

 今更ながら、そんなことを思い出しながら僕は、首まで赤くしている母さんを静かに抱きしめ返した。




 その日の後日談。

「そういえば、あのこ子の名前まだ決めてないのよねえ」

「はあ?」

 夕食時、食卓の横の赤ちゃん用のベッドで眠る妹の顔を眺めながら、母様は突然そんなことを言い放った。

「名前決めてないんですか?」

「うん。私とクロウ君の居た地方の習慣でね?生まれて7日は名前を決めちゃいけないのよね」

「…もしかして、『お七夜』ってやつですか?」

「あれ?シキ知ってたの?」

「いえ……知識として」

 目を丸くした母様にそう言った。

 お七夜とは、簡単に言えば「生まれてから7日間の間、人間の赤ん坊は神であり人間が名前を付けてはいけない、という風習」である。

 昔の日本は医療技術がまだ、は立つしていないために乳児の死亡率は高く、生まれたばかりは、産着も着せず、名前もつけずに7日目まで見守り続け、赤ちゃんに何事もないことを確かめた上で名づけをしてもらい、ようやく1人の人間として迎え入れる、というなごりらしい。

 確か、結構昔の風習のはずなのだが。

 というか、お七夜がこの異世界にあったこと自体に驚きを隠せないでいた。

「今日で10日なんですけどね」

 リリィさんが、スープを口にしてそう言った。

「じゃあ、名前決めないといけないじゃないですか」

「うーん…どういう名前がいいか知らねえ。まだ決めてないのよね」

「…シキも何か考えてくれよ」

「えー…そう言うのは親がやる物じゃないんですか?」

「硬いこと言わないで。ほら。リリィも一緒に考えなさい」

「え?あ。はい。わかりましたけど…」

 その一言は意外だったようで、素っ頓狂な声をリリィさんは上げつつも、すぐに考える姿勢へとはいった。

「「「「うーん」」」」

 4人のうなり声が重なる。

 …妹。妹妹…。

 杜宇?

 いやいや。それだとおかしい。こっちの世界には似合わないよなあ…。 

「杜宇…」

 杜宇の名前をボソリとつぶやきながら、頭をひねって考える。

 うむむ…。

「よし!それにしよう!」

「…ええ?えええ!?」

 父様が目を輝かせてそう言った。

「いやいやいや!待って下さい!今のは僕が呟いただけで…まだ考えてる途中ですよ!?」

「いや。それで決定だ。うん。かわいいじゃんか『トウ・ハードブレイク』」

「いいと思いますよ。神様の名前からもじってるあたり罰が当たりそうでもないですが」

「神様!?」

「おや?知らないで言ったのですか?トウロキという神様がいるんです。今度教えて差し上げますよ」

 へー…。いや、感心してる場合じゃない。そんな名前つけられたら、僕ずっと未練断ち切れないままで――

「じゃあ、この子の名前はトウでけってーい」

「「わー!」」

「ええ…」

 ……その、スマンな。我が妹よ。

 さっき放った一言に後悔の念を抱きながら、僕は妹…もといトウに顔を向けながらはしゃぐ家族をよそに静かに夕ご飯を食べ始めた。

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