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「なんだあ、真塚は風邪か。せっかくの登校日なのになあ」

 どこか間延びした、暢気そうな担任の言葉に莉緒と美咲は顔を見合わせた。

 窓の外では真夏のきつい日差しで真っ白になった校庭に陽炎が揺らぐ。

 年々生徒数が減っていることが目下の悩みであり、逆に言えばそれ以外には特にこれといった問題もない地方都市の市立中学校は現在、学生待望の夏季休暇期間中である。

 そんな学生たちにとって登校日ほど厄介なものはない。他の都市圏では整備されつつある校舎の冷暖房もこの学校では縁がなく、開け放した窓からは温いといえば聞こえのいい茹だるような空気が流れ込み教室を満たしている。担任の出席確認と必要なプリント提出、いくつかの諸注意と新たなプリント配布だけの為に冷房の効いた自宅から駆り出されるのは苦痛でしかない。

 担任もそんな空気を読んでか、手短に終わらせようと一人の欠席者がいたところで気にも留めない。見ると彼の額には既にじっとりと汗が浮かんでおり、やはりこの場の誰もが教室という蒸し風呂から早く抜け出したがっていた。

「じゃあ、残りの日数も気を抜かずに過ごすこと。お前ら今年受験なんだからしっかり勉強しておけよ」

 担任が早々に言い放つと真夏のホームルームは解散となった。

 真っ先に莉緒は美咲の座る席へ向かう。

「どうしよ、どうしよ、やっぱやばかったんだよ!」

「ほんとに風邪……とかじゃないの」

 疑うような口調ながらも美咲の顔には莉緒と同じ不安が混じっている。

「やっぱ、あのお化け屋敷、ガチだったんだよお」

 とうとう莉緒は頭を抱え、そのまま天を仰いだ。

 人知れず彼女たちが懊悩する羽目になった原因。それはこの夏休みが始まる前に遡る。





「みんな、聞いて……!」

 莉緒は鞄を肩にかけ直し、後ろを行く美咲と若奈に振り返った。

「もうすぐ……もうすぐ夏休みです……!」

「なんでそんな感極まってんのよ」

「莉緒ちゃん、前向いて歩かないと危ないよ」

 美咲は呆れたように携帯電話を弄っており、若奈は莉緒の前方を気にして心配をしている。思い思いの反応は想定内だったらしく、莉緒はふふんと鼻を鳴らしてとっておきのプレゼントでも披露するように二人に向かって両手を広げた。

「夏と言ったら怪談……そう、肝試しをしよう!」

「ないわー」

 莉緒の言葉尻に被せてくるようにバッサリと言い切った美咲は弄っていた二つ折り携帯を閉めた。

 夏とは思えない冷ややかな目付きで見られた莉緒は、ぐっと息を詰まらせるものの、気を取り直したように手を下げる。そして行儀悪く美咲を指さした。

「美咲はアレですか、幽霊とかマジでビビっちゃうタイプですか」

「信じてないだけなんだけど」

 やれやれと肩を竦める美咲にしなだれかかるように莉緒が顔を寄せる。

「そういう子ほどいざとなったらそれはもう阿鼻叫喚の地獄絵図」

「暑い。あつい。マジで。今もう既に地獄絵図」

 密着したせいで暑さが増し、莉緒の無駄に荒い息のせいで美咲の体感温度も否応なしに上がってくる。心底嫌そうな顔をした美咲がなんとか莉緒を引き剥がそうとする。

「そういうの、やめた方がいいと思うよ……」

 すると今まで二人のやり取りを傍観していた若奈がぽつりと遠慮がちに呟いた。

「誰が見てもそう思うよ! 若奈も見てないでコイツなんとかしてよ」

「え、あ、そっちじゃなくて」

 若奈はふるふると首を振り、「肝試しのほう」と付け加えた。

「私が今、人的被害の熱中症で死にそうなのは問題じゃないんだ……」

「うえ……あーつーいー」

「だったら離れろよ! あんたは磁石かよ!」

 渾身のローキックを決めた美咲によって莉緒がアスファルトに沈む。泣き所に入ってしまったらしい。

「ったく、早いとこ冷房効いたとこ入りたいってのに」

「……だ、だから身も心も涼しくなれる肝試しをね……」

「まだ言ってるよ。中学生にもなってやるわけないでしょ。ていうかうちら受験だから」

「夏期講習もあるから今年はあまり遊べないよね……」

「まあ、でも息抜きでひとつくらいは夏らしいイベントしたい気持ちもあるわ」

「そうだねえ、なにがあったかな」

 美咲と若奈が夏に行われそうな催し物を連ねていくと、まだ諦めていないのか復活した莉緒は授業中に挙手するように元気よく手を上げた。

「川向こうのスーパーの近くにさ、山のハイキングコースに続く林道があるっしょ? そこのちょっと先にお化け屋敷と巷で噂の空き家があってさー」

 美咲はあえて莉緒の話をスルーし、もし遊びに行くならプールか海のどちらが良いか若奈に話しかけている。若奈は莉緒のことも無下に出来ないようで交互に視線を彷徨わせながら困った笑いを浮かべた。

「でも、ただ肝試しするんじゃ芸ないじゃない? なので、これ!」

 二人の前に回り込むように莉緒が手に持ったスマートフォンを掲げてみせた。両親に頭を下げた末手に入れた今流行の型だ。その大きめの画面にはなにやら110と数値が表示されていた。これには興味を惹かれたのか美咲もまじまじと莉緒の手元を見つめる。

「心拍数測定アプリ!」

「へえ」

 最近流行しているスマートフォン型の携帯電話には追加のアプリケーションをインストールすることが出来る機能が備わっている。ネット上には専用のストアまであり、その内容はちょっとしたゲームから仕事に役立つものまで様々だ。

 美咲の感心したような反応に満足そうにすると、莉緒は説明を続けた。

「これを使って、お化け屋敷を探索するときにその人のドキドキ度を測るの。ちなみにこの数値は今さっき私が美咲に抱きついて上がった心拍数ね。すっごいハァハァしてます!」

「やめろ、その言い方は誤解を招くからやめろ」

「んで、これ持って一人ずつ噂のお化け屋敷へ潜入、一番心拍数上がらなかった人は夏休みの宿題を他の二人から写せる権利が与えられるッ!」

「ふうん……いいわよ、乗った」

「え、美咲ちゃん!?」

 驚いた若奈が思わず声を上げると莉緒は勝ち誇ったようにサムズアップをした。

「夏期講習でビッシリ予定こなさなきゃなんないのに、夏休みの宿題とかさすがに遠慮したいわ。まあ私が勝つけど」

「ふふん、自称心霊現象否定派の美咲さんがどこまで耐えられるか見ものですなあ」

「あんたはオムツでも履いていった方がいいんじゃない」

「えっ……」

 ドヤ顔で美咲を見下ろしていた莉緒の顔に戸惑いが浮かぶ。

「美咲ってそういうプレイが趣味なの……?」

「違うよ! ビビって漏らすことへの皮肉だよ! そこで頬赤らめるなよ、分かれよ!」

「え……? あ、あの、二人とも……?」

 いつの間にか肝試しが本格的に開催されることになってしまった流れに戸惑う若奈だが、彼女たちはもう既に心を決めていたようだった。若奈も観念して、溜息をつく。

「わたし、霊感強いからホントにそういうのダメなんだけど……」

 そんな嘆きも、もはや二人には届かぬ思いだった。



 肝試し当日。

 流石に真夜中は誰でも怖すぎる、というのと若奈の昼間なら万が一のことも起きないのではという進言のもと、まだ日が落ちるまで多少余裕のある時間に三人は集まった。

 空き家に勝手に入ることになるので、そこは見つからないようにと人目も気にしつつ行動したが幸いにもこの時間に辺りを歩く人影はなく、蝉の鳴く声だけが林にこだましている。

「昼間でも結構雰囲気あるねえ……さっすが噂のお化け屋敷」

 三人の目前には十数年前に空き家となった屋敷が聳え立っていた。錆び付いた門扉から玄関までには乗用車が二台ほど止められる広さの前庭があり、伸び茂った雑草のそこかしこに空き缶やコンビニの袋、果ては古くなったタイヤまで打ち棄てられている。屋敷の方は敷地面積が広い二階建てのロココ調を模した洋風建築で、バブルが弾けた九十年代前半にどこかの富豪が手放した別宅だという。土地自体の権利はまだ残っており、単に手入れする人間がいなくなっただけの立派な私有地だが荒れきった外観はまさしくお化け屋敷のそれで、この三人のように軽い気持ちで探索する人間は後を絶たない。

「スーパーの帰りにここを通りがかった主婦が女のうめき声のようなものを聞いたとか、真夏でもここの辺りは背筋が寒くなるほど気温が低いとか、たむろってた不良がラップ音にびっくりして落とした煙草の火でボヤ騒ぎがあったとか、庭に捨てられたエロ本が雨のせいでページが張り付いて開けないとか、もう噂は絶えないよ!」

「最後のは幽霊関係無いだろ」

「あ、あんまりゆっくりしてると誰かに見つかっちゃうよ?」

 若奈が不安そうな顔で二人を促す。めったに人が通らない場所とはいえまだ昼間、万が一人目につくのは面倒だ。ましてや懐中電灯などは持ってきていないので完全に暗くなったら入ることも叶わない。

「よーし、じゃあ一人ずつこの携帯持って屋敷の中へ入ります。んで、一階から二階へ上がってあそこの窓から残り二人に手を振って帰ってくる。三分おきに心拍数測定してね。最低でも二回以上測定して戻ってくること!五分かそこらで帰ってきたら無条件で失格~」

「つまり、最低でも六分以上は家の中にいて、二階へも上がらなきゃいけない、ね。めんどくさー……」

「あれ? 美咲ちゃん怖いの? お手て繋いであげようか?」

 ニヤニヤと近づいた莉緒が美咲の手に指を絡ませた。するとすぐに弾かれたように美咲が莉緒の手を振りほどく。驚いた莉緒は傷ついたように美咲の方を見返した。

「マジで拒絶された……」

「あんたの手あっつすぎるの! 汗でべとべとだから」

「うあ……地味に傷つく」

 悲しげにしなをつくる莉緒と呆れたように溜息をつく美咲に、遠慮がちに若奈が再び口を開いた。

「あの、そろそろ行こうよ……」

 段々と増していく西日のオレンジ色が屋敷を不気味に照らし出している。慌てた三人はじゃんけんで順番を決め、雑草生い茂る前庭の先へ進んでいった。



 トップバッターは美咲だった。莉緒に散々囃し立てられながら、渋々といった体で玄関の前に立つ。鍵がかかって入れないのではと思ったが、よく見ると扉は僅かに開いていた。これでは不良の溜まり場にもなるだろうと美咲は呆れながら立て付けの悪くなった扉を更に広げ、中へと足を踏み入れた。

「あっつ……真夏でも涼しいんじゃなかったの」

 いかにもな見た目とは反して室内は熱のこもった空気でねっとりとしていた。汚れて湿った床板は水気を含んで踏み込むたびに撓んだような感触を伝えてくる。予想通りに中は荒れ放題で、空き家になってから人が出入りした形跡がそこかしこに見て取れた。元は白かったであろう黄ばんだ壁にはスプレーでイタズラ書きまでされている。ここまでの惨状を見ると、あまりおどろおどろしい雰囲気は感じられず、むしろここに出入りしている不審者などに警戒したほうがよいのではと思えてきた。

「あーこれはホントに楽勝かも」

 玄関から廊下を抜け、暖炉が設えてあるリビングらしき場所で莉緒から預かった携帯を取り出す。指示通り、測定のため右掌で携帯のカメラ部分を覆うように持った。これで一定時間経つとバイタルの変化を見られるらしい。

 美咲の足下にはここへ来た誰かが散らかしたであろうスナック菓子の袋と空き缶が散乱していた。大きなL字型のソファは表面が破れており、所々黒いカビが生えている。その上にはゴシップ雑誌らしき物が何冊か積まれていた。

「……っ!」

 何の気なしに覗きこむと成人指定の猥褻な写真が無造作に開かれたページに並んでいた。年端もいかない少女の裸体や扇情的なポーズや顔つきをした豊満な体型の女性が画面の外へ向かって目線を送っている。時にはモザイク処理が掛けられているものの、男性との絡みまで載っておりかなり際どいものまであった。

 思春期真っ盛りの年頃である美咲も、平静とはいかずチラリと見ただけで頬を赤らめる。

「うわ、……さいあく」

 気がつくと心拍測定が終わっており、画面に数値が表示されていた。今の雑誌を見ただけでどうやら脈に変化が起こってしまったようである。自分の体の正直な反応に美咲は深く後悔した。

 これでは自分が怖がったと莉緒に思われてしまうのが癪でならない。そもそも、こんな誘いに乗ったのが間違いだったのか。

 美咲は溜息をつきながら指定された窓へ向かうため、階段を探すことにした。

 リビングを出て、玄関とは反対の方へ行ってみるとT字路の右手に二階へと続く吹抜け階段があった。

 道程はまさしく楽勝そのものなのに、先ほどの測定が気になってしょうがない。階段を上がりながら美咲は莉緒の脳天気な顔を思い浮かべる。小憎たらしい言葉に冷ややかな返しをしてしょんぼりさせる妄想をしていたら、いくらか溜飲が下がった。

「で、指定された部屋はどこなのよ」

 屋敷を貫くように伸びる廊下の左右にいくつかドアが並んでいる。方向からして右手側の部屋ならば正面の庭への窓があるはずなので、一つ一つ調べなければならない。

「あほらし……」

 階段を上がってから二番目の部屋を覗いた辺りで、美咲はなんだか真剣にこんなことをしている自分に腹が立ってきた。客間らしき部屋の棚に飾られていた古びたフランス人形を階段の手すりに載せてみたり、廊下の窓を少しだけ開けて天井から吊り下がった吹き抜け灯を揺らしておいた。他にも何か仕掛けをして自分の次に順番が待っている莉緒を脅かしてやろうと考えてみたものの、やはり馬鹿らしくなって結局目的の部屋探しを再開した。どうせ時間はこれで潰せたのであとは窓から手を振って適当に心拍を測ってさっさと屋敷を出ればいいのだ。

「ここ、とか?」

 位置的に目的の場所に近いであろうドアを開けるとそこは寝室のようだった。大きな天蓋付きベッドはやはり荒れてはいたが羨ましくなるくらい豪華な作りだ。半開きになったカーテンから斜陽の光が差し込んでいる。

 自分の部屋とは大違いな金持ちサイズなベッドの座り心地でも確認しようと部屋に一歩入った時、美咲の背筋にすっと氷でも入れられたかのような寒気が走った。

「!?」

 驚いて足を止めるも、その感覚は一瞬だけで、恐る恐る周りを見回しても先ほどと何も変化はない。ただ、一度出た鳥肌は収まらないままで美咲は自分を抱きしめるように腕を抱いた。思ったより冷えてしまったようだ。

「……え、ちょっとまってよ」

 体が冷えるほど二階が涼しい。

 一階にいた時はあんなに蒸し暑かったのに、そういえば階段を上がったあたりで気にならなくなった。普通、室内に篭った熱気は上の方へ行くものではないのか。まさかこの屋敷に冷房が付いていてそれが今も稼働しているならともかく。日も沈んでいないのに空気が冷えるだろうか、この真夏に。

 ぞくり、と身の毛がよだった。先ほどの悪寒とは違う、身体の裡からくる震え。

 美咲は思考に入り込んできそうな考えてはいけない何かを振り払いながら部屋の窓を見る。外から見た時、指定された窓にカーテンはかかっていなかった。この部屋ではない。

 美咲は早足に部屋を出ると、勢いのまま隣の部屋のドアを開けた。足を止めたら、もう動かなくなってしまうような気がしたからだ。

 その部屋は一階と同じようなリビングのようで、荒れ方も割合ひどいほうだった。よく分からない家庭ごみのようなものまで捨てられて異臭を放っている。腰より少し高いくらいの窓を見るとカーテンが掛かっておらず、美咲は祈るような気持ちでサッシに取り付いた。立て付けが悪くなった窓枠に苦労しながらようやく全開にする。眼下に雑草だらけの庭が見え、退屈そうにしていた莉緒と目が合った。

「おー、おそーい」

「……莉緒」

 いかにも脳天気そうな声が聞こえ、美咲は張り詰めていた緊張が一気に和らいだのを感じた。あの顔と声に、言いようのない安堵を覚える。しばらく下にいる二人を眺めて、美咲は知らず上がっていた息を整えた。こういう時に心拍数なんて測ろうものなら一発で最下位決定だ。この企画を考えた莉緒は、こういう大きな穴に気づいていないらしい。

「美咲、なんかいたー?」

「昆虫採集しにきてるわけじゃないっての」

 大声を張り上げる莉緒の緊張感のない質問にようやく調子を取り戻した美咲が毒づく。あの莉緒に安心させられたなんて口が裂けても言えない。

「でも、ほんとに遅いからちょっと心配しちゃった。……よかったぁ」

「……っ」

 不意打ちの笑顔が向けられる。美咲は思わず窓の外から顔を逸らした。

「だったら、……こんな肝試しなんてやらないでよ」

 せっかく整えた脈が少し上がった気がする。あとは脈を測って帰るだけでいいのに。なに、あの笑顔。卑怯じゃないの。

 夕日に照らされていたのは幸いだったと美咲は内心息をついた。 



 美咲は二階で感じた悪寒をとりあえず気のせいとすることとして(やはり雰囲気に飲まれて勘違いすることもあるだろうと自分を言い聞かせた)平常に戻った脈を測り、足早に屋敷を出た。

 庭に戻ると最初に測った心拍数を見られて散々莉緒にはからかわれたが、後にそんなことはどうでも良くなってしまった。

 なぜなら――

「ひぃぃいいッ! 壁に謎の血文字が!!!」

「いやあああああッ! お人形さんがこっち見てるううッ!!」

「あぁぁああッ! なんか揺れてる、なんか揺れてるよぉ!!」

 美咲自身も忘れていたイタズラによって莉緒が阿鼻叫喚の有様になったからだ。

「……あれ聞いてたら今莉緒がどのへんにいるか分かるわー」

「すごいね、外にまで聞こえてくるよ……莉緒ちゃん大丈夫かなぁ」

 結局莉緒は五分と持たずに屋敷から転がり出てくる羽目になった。当然バイタルを測っている暇など無く、足腰が立たないほどに絶叫して衰弱しきったところを二人に保護されたのである。

「おめでとう、莉緒。確実にあんたが優勝だよ。立派なリアクション芸人になれるわ」

 燃え尽きたような莉緒を冷めた目で見ながら、「とりあえずルールだし」と美咲はだらんと力のない手に携帯を押し付けておざなりな測定をした。流石にリアルタイムじゃないから変化は少ないと思ったが全力疾走した陸上選手並みの心拍数が取れたので良しとする。

「どうする? このへんでお開きでもいいんじゃない」

「だ、だっダメ! ……若奈ちゃんも! まだ試合終了じゃないっすよ!!」

「はあ……」

 莉緒は未だに生まれたての子鹿のような格好でブルブルしながら息巻いていた。美咲は呆れたように一瞥したが、若奈はしょうがないなあといった微笑みでやんわりと頷いた。

「うん、三人の心拍測定しなきゃだもんね……わたしも怖いけど、美咲ちゃんはなにもなかったし」

 美咲は二階の寝室で怖気を感じた、と口を挟もうとしたが莉緒の手前黙っていることにして、

「私はなにもなかったけど……その、気をつけて」

 ただ、一言だけ本心を告げた。

 そうしてだいぶ日が陰ってきたなか、若奈は屋敷へと入っていったのである。

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