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昔の作品

作者: 花ゆき
掲載日:2012/03/06

大好き、ここが。

そしてあなたが。


そう言って笑う君はもういない。




辺境の地にそびえたつ塔。

そこを守るかのように咲き誇る野バラをみて、私は泣きそうになった。



「私も、君が好きだよ」


きっともう、届くことのない言葉。

弟子であった彼女が魔術師である私から独立して、ゆうに二十二年たつのだから。





彼女、エーリィーンは私から独立を渋った唯一の存在だった。

彼女だけは、妹弟子や弟弟子を見送っていたのだ。

すでに一人前の力を持ちながら。


けれど、彼女は唐突に悟ってしまった。

私の恐れと時の違いを。




昔、私には恋人がいた。

恋人と私は喜びも悲しみも分かち合って、いつも笑顔だった。


思えばあの時が、人生の幸福を限りなく凝縮した時だったのだろう。 



しかし幸せであればあるほど、恋人は老いていく。

私は相変わらず若いまま。



何故か。

それはすでに分かっている。


私の師匠から、世界の柱の一つを受け継いだから。




この世界は三つの柱、いや人柱で出来ている。

柱たる者は世界を見守っていかねばならない。

己の魔力が尽きるまで。



師匠から私に代替わりする時、師匠は黒い真珠のような瞳から涙を流していた。

ごめんねと謝りながら私を抱きしめた。

彼女の長い髪は私の頬をくすぐった。


当時、私は柱というものを理解していなかったから、なぜ謝られたのか分からなかった。




柱というものは、世界の記録係。その身をもって、世界を支える者。

そのために魔力の限り、永遠に生きる。


ただ、魔力がとてつもなく大きければどうすればいい?




私の時は、柱になったあの時で止まっている。

彼女と共に老いたかったのに、世界は私を解放などしなかった。



私は恋人の老いを見、死まで看取る。

彼女の手は、私の手とあまりに違っていた。

自分が時に残された化け物だとその時痛感した。



彼女の墓は今も野バラの奥深くに隠してある。





そして何年もたって、幾人もの魔術師が弟子となった。

中でも、弟子のエーリィーンは、バラを恋人と同じように大切に育てていた。


だから恋人の墓を見つけてしまうのは、必然と言えただろう。


そして、だ。

彼女は独立を決意した。


私に老いを見せないために。

ひっそりと死ぬために。





私は彼女に早く独立して欲しいと思っていた。

彼女はすでに成長しきっており、これから訪れるのは緩やかなる老いだから。


親しい者の死を恐れていたのだ。



彼女、エーリィーンは、気付けば二十歳になっていた。

初めてとった弟子だからか。

彼女の独立は、他の弟子よりも悲しく、胸に穴が開いた。



恋人を失った苦しみは、エーリィーンとの日々で癒されていた。

思い出として笑えるようになったのだ。


しかし、おいていかれるのだけは、未だに克服できなかった。



なぜ、私は生きている?

これからどれだけ生きればいいのだ。





変わらぬ嘆きは、ある日途絶える。


「弟子にしてくださいませんか?」



十二歳あまりの少女が門を叩いたのだ。

私は時の差に余りにも疲れていたため、断った。

しかし、少女は帰らない。



どうして、と私は問う。


すると少女はどこか見覚えのある笑顔でいったのだ。



「だってお母様に一人にしてはいけないといわれたから」


そしてやっと気がつく。

こげ茶色の髪も、若葉のような色をした瞳も、すべてが弟子と同じことに。



「君はエーリィーンの……」

「娘のシェリーです」


まさか彼女が娘をよこすとは思わなかった。

どうして、こんなに胸がいっぱいになるのだろう。



「人は一人では人になれません。だから私達がいます。

私達があなたを人にするから」


柔らかく笑う少女から、一筋の光が射す。





シェリーは姓を持っていた。

母が姓を作ったからだそうだ。


魔術師は独立時に姓を持つ。

その時に作ったのだと、誇らしげにシェリーは話す。


そして、名を聞いた私はエーリィーンの愛に胸を打たれた。



“エーリィーン・カナリア”

彼女は愛を歌うというのか。



「私達が永遠におそばにいますから。“カナリア”という名をもって」


彼女は言葉通り子を成し、息子を弟子によこす。

世界の柱と共にある一族が生まれた。





そうして何百年か経って、世界の柱の一つが今、途絶えようとしている。


「やっと還れそうだ」


病床に臥す、私の師匠はおっしゃいました。

私は聞きたくなりました。

どこへ、いやどなたのもとへ還るのかと。



「それはどこへでしょうか。

バラに包まれた墓の方ですか?

それとも我が始祖ですか?」


師匠は大きく目を見開きました。

私が知らないと思っていたのでしょう。

師匠は悟ったような笑顔をされました。



「人はね、幾度も恋をし、愛を手に入れる。

私は手に入らないと思っていた愛を手に入れたよ。

君を大切に思うのも、愛という感情だろう」



我が子を愛でるかのように頭をなでてくださったので、胸が暖かくなりました。

が、それは一瞬のこと。現実があるのです。



「そう思われるのなら、どうか長生きを……」

「君は、人の死に目に会うのは初めてなのか」



ええ、そうなのです。

私は知らない間に亡くなられたおじい様のことは、あまり印象に残っておりません。

寂しさもなく、平然としていられました。


けれど、この心の穴は何でしょう?

私は心の苦しさの耐えながらも、頷きました。



「そうか。でも私は長く生きすぎた。

その為に何度死のうと思ったか。

そんな時、あの子を思い出す。

あの子の残してくれたものがあまりにも大きくて、暖かくて……、死ぬことなんて出来なかった。

私は幸せだよ。この幸せを抱えたまま還るんだ」


にっこりと誰の為に笑ったのだろう。

その笑みに私は胸が苦しくなりました。

私は師匠を特別に想っていたようですから。




「恋歌う鳥のもとへ。君達には感謝してもしきれない……」


師匠は安らかな顔で始祖のもとへ、逝かれました。





星の一族。私達はそう呼ばれています。

師匠の生と比べて、私達の生はほんの瞬き。

だから、ですけど……。


私は後にも先にも、

こんな儚い人の生を見ることがないと確信しました。


でも今はただ、あなたの為に。

そして私のために泣かせてください。


その日は七月七日だった。





“カナリア”


星の一族と呼ばれている。

世界の柱と比べ、その生は星のように儚いからだ。

柱とカナリアを皮肉った言葉。

しかし、その柱はどの柱よりも穏やかに死んだという。

これは思い入れのある話です。


永遠の命を生きる人がいて、孤独に耐えられるのか、そう考えた時に星の一族を思いつきました。

あと、カナリアという文字と存在が当時のハマリだったので。


師匠は男性ですが、世間と自分を切り離すためにわたしという一人称を使っています。



2005 11/28ホームページにUPし、2005 12/26に加筆。

2012 03/06になろうで修正。

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