星
大好き、ここが。
そしてあなたが。
そう言って笑う君はもういない。
辺境の地にそびえたつ塔。
そこを守るかのように咲き誇る野バラをみて、私は泣きそうになった。
「私も、君が好きだよ」
きっともう、届くことのない言葉。
弟子であった彼女が魔術師である私から独立して、ゆうに二十二年たつのだから。
彼女、エーリィーンは私から独立を渋った唯一の存在だった。
彼女だけは、妹弟子や弟弟子を見送っていたのだ。
すでに一人前の力を持ちながら。
けれど、彼女は唐突に悟ってしまった。
私の恐れと時の違いを。
昔、私には恋人がいた。
恋人と私は喜びも悲しみも分かち合って、いつも笑顔だった。
思えばあの時が、人生の幸福を限りなく凝縮した時だったのだろう。
しかし幸せであればあるほど、恋人は老いていく。
私は相変わらず若いまま。
何故か。
それはすでに分かっている。
私の師匠から、世界の柱の一つを受け継いだから。
この世界は三つの柱、いや人柱で出来ている。
柱たる者は世界を見守っていかねばならない。
己の魔力が尽きるまで。
師匠から私に代替わりする時、師匠は黒い真珠のような瞳から涙を流していた。
ごめんねと謝りながら私を抱きしめた。
彼女の長い髪は私の頬をくすぐった。
当時、私は柱というものを理解していなかったから、なぜ謝られたのか分からなかった。
柱というものは、世界の記録係。その身をもって、世界を支える者。
そのために魔力の限り、永遠に生きる。
ただ、魔力がとてつもなく大きければどうすればいい?
私の時は、柱になったあの時で止まっている。
彼女と共に老いたかったのに、世界は私を解放などしなかった。
私は恋人の老いを見、死まで看取る。
彼女の手は、私の手とあまりに違っていた。
自分が時に残された化け物だとその時痛感した。
彼女の墓は今も野バラの奥深くに隠してある。
そして何年もたって、幾人もの魔術師が弟子となった。
中でも、弟子のエーリィーンは、バラを恋人と同じように大切に育てていた。
だから恋人の墓を見つけてしまうのは、必然と言えただろう。
そして、だ。
彼女は独立を決意した。
私に老いを見せないために。
ひっそりと死ぬために。
私は彼女に早く独立して欲しいと思っていた。
彼女はすでに成長しきっており、これから訪れるのは緩やかなる老いだから。
親しい者の死を恐れていたのだ。
彼女、エーリィーンは、気付けば二十歳になっていた。
初めてとった弟子だからか。
彼女の独立は、他の弟子よりも悲しく、胸に穴が開いた。
恋人を失った苦しみは、エーリィーンとの日々で癒されていた。
思い出として笑えるようになったのだ。
しかし、おいていかれるのだけは、未だに克服できなかった。
なぜ、私は生きている?
これからどれだけ生きればいいのだ。
変わらぬ嘆きは、ある日途絶える。
「弟子にしてくださいませんか?」
十二歳あまりの少女が門を叩いたのだ。
私は時の差に余りにも疲れていたため、断った。
しかし、少女は帰らない。
どうして、と私は問う。
すると少女はどこか見覚えのある笑顔でいったのだ。
「だってお母様に一人にしてはいけないといわれたから」
そしてやっと気がつく。
こげ茶色の髪も、若葉のような色をした瞳も、すべてが弟子と同じことに。
「君はエーリィーンの……」
「娘のシェリーです」
まさか彼女が娘をよこすとは思わなかった。
どうして、こんなに胸がいっぱいになるのだろう。
「人は一人では人になれません。だから私達がいます。
私達があなたを人にするから」
柔らかく笑う少女から、一筋の光が射す。
シェリーは姓を持っていた。
母が姓を作ったからだそうだ。
魔術師は独立時に姓を持つ。
その時に作ったのだと、誇らしげにシェリーは話す。
そして、名を聞いた私はエーリィーンの愛に胸を打たれた。
“エーリィーン・カナリア”
彼女は愛を歌うというのか。
「私達が永遠におそばにいますから。“カナリア”という名をもって」
彼女は言葉通り子を成し、息子を弟子によこす。
世界の柱と共にある一族が生まれた。
そうして何百年か経って、世界の柱の一つが今、途絶えようとしている。
「やっと還れそうだ」
病床に臥す、私の師匠はおっしゃいました。
私は聞きたくなりました。
どこへ、いやどなたのもとへ還るのかと。
「それはどこへでしょうか。
バラに包まれた墓の方ですか?
それとも我が始祖ですか?」
師匠は大きく目を見開きました。
私が知らないと思っていたのでしょう。
師匠は悟ったような笑顔をされました。
「人はね、幾度も恋をし、愛を手に入れる。
私は手に入らないと思っていた愛を手に入れたよ。
君を大切に思うのも、愛という感情だろう」
我が子を愛でるかのように頭をなでてくださったので、胸が暖かくなりました。
が、それは一瞬のこと。現実があるのです。
「そう思われるのなら、どうか長生きを……」
「君は、人の死に目に会うのは初めてなのか」
ええ、そうなのです。
私は知らない間に亡くなられたおじい様のことは、あまり印象に残っておりません。
寂しさもなく、平然としていられました。
けれど、この心の穴は何でしょう?
私は心の苦しさの耐えながらも、頷きました。
「そうか。でも私は長く生きすぎた。
その為に何度死のうと思ったか。
そんな時、あの子を思い出す。
あの子の残してくれたものがあまりにも大きくて、暖かくて……、死ぬことなんて出来なかった。
私は幸せだよ。この幸せを抱えたまま還るんだ」
にっこりと誰の為に笑ったのだろう。
その笑みに私は胸が苦しくなりました。
私は師匠を特別に想っていたようですから。
「恋歌う鳥のもとへ。君達には感謝してもしきれない……」
師匠は安らかな顔で始祖のもとへ、逝かれました。
星の一族。私達はそう呼ばれています。
師匠の生と比べて、私達の生はほんの瞬き。
だから、ですけど……。
私は後にも先にも、
こんな儚い人の生を見ることがないと確信しました。
でも今はただ、あなたの為に。
そして私のために泣かせてください。
その日は七月七日だった。
“カナリア”
星の一族と呼ばれている。
世界の柱と比べ、その生は星のように儚いからだ。
柱とカナリアを皮肉った言葉。
しかし、その柱はどの柱よりも穏やかに死んだという。
これは思い入れのある話です。
永遠の命を生きる人がいて、孤独に耐えられるのか、そう考えた時に星の一族を思いつきました。
あと、カナリアという文字と存在が当時のハマリだったので。
師匠は男性ですが、世間と自分を切り離すためにわたしという一人称を使っています。
2005 11/28ホームページにUPし、2005 12/26に加筆。
2012 03/06になろうで修正。




