断頭台のあと、ホムンクルスは笑っていた。
広場は真っ赤に染まった。
断頭台と石畳は王族の血で小さな海となり、転がった王族の首に耳が割れんばかりの歓声が民衆から上がった。
王女、王妃、国王。
非道の権化を処刑したエヴシェンは空を見上げる。
この日、ティラー王国の革命は見事成功を収め、歴史に残る転換点となった。
❖ ❖ ❖
かつて国王が使っていたという執務室で、城内見取り図を眺めていたエヴシェンは「はて?」と首を傾げた。
「なんだ、この部屋」
「隠し部屋ですかねー?」
一緒に見取り図を眺めていた暫定騎士団長のカレルも首を傾げる。
エヴシェンが見ている城内見取り図は、処刑した前国王の私室から出てきたものだった。革命軍を率いていたエヴシェンたちも知らない隠し部屋が載っている。
「国王しか知らない隠し部屋か。なんか気になるな。行ってみるか」
「そんなまたあっさりと」
カレルがへらへらと笑いながらも、さっそく立ち上がったエヴシェンの後ろについた。護衛のつもりらしい。ぶっちゃけ革命軍を率いていたエヴシェンはカレルよりも強いので、本当は必要ないのだけれど。
執務室を出ようとしたところ、エヴシェンの目の前ですいっと扉がひとりでに開いた。
「おや。エヴシェン。どこに行くのですか」
「ん。ちょっと城内探検にな」
「はぁ? そんなの行くよりも、空になっていた国庫の回復のために財務省の再編を早急に……って、人の話を聞いてください!」
「ルカーシュ任せたぞー」
頭脳派のルカーシュにあとを任せて、エヴシェンはカレルと共にさっさと廊下を歩き出した。背後でけんけんとルカーシュが吠えているけれど、エヴシェンはどこ吹く風。ささっと件の隠し部屋へとつま先を向ける。
隠し部屋は王城の北にある尖塔の地下にあった。昔は罪を犯した貴人が幽閉されていた塔らしい。その地下にさらに部屋があるとは。
「入り口らしいのはありそうか?」
「地下なら足元が怪しいと思うんですけどねー」
エヴシェンとカレルは膝を折って尖塔の床を調べる。地下の入り口を探すものの、なかなか見つからない。範囲を少し広げてみると、階段の途中で不自然な段差を見つけた。
「これか」
「なかなか手がこんでいますね」
細工がされていて、階段が一段外れた。一段外すと、他の段も外れて、二階へ続く階段の下から、地下に続く階段が姿を現した。と、同時に、エヴシェンとカレルは息を呑む。
「おい! 大丈夫か!?」
「エヴシェン、ルカーシュ呼んでくる! 近くの部屋にその子運べ!」
地下から這い上がってきたのか、裸の少女が階段で倒れていた。カレルが条件反射のように飛び出して行く。エヴシェンは少女を運ぶために、彼女を地下へ続く階段から引っ張り出した。
(軽い……! 城内制圧から一ヶ月、それまでこの子はここに閉じ込められていたのか……!?)
気づいてやれなかったことを悔やむと同時に、もしかしたら餓死しているのでは、とエヴシェンは考える。まずは生きているかを確かめるため、平らなところで少女を仰向けに寝かせて、驚いた。
「ヤロミーラ王女……!?」
この手で処刑したはずの王女とそっくりな顔。
エヴシェンの脳裏に最悪の顛末がよぎる。
(まさか、処刑したのは王女の身代わりだったのか……!? いや、だが、だったらなぜ王女は裸でこんなところに閉じ込められて……?)
王女と瓜二つな少女の容姿に、エヴシェンは困惑する。どうするべきかと顔をしかめていると、うっすらと少女の瞼が震えた。
「う……? ぁ……」
「……生きているのか?」
この際、死んでいたほうが良かったのかもしれない。本物であれ、偽物であれ、この顔が生きていると何かと都合が悪い。
けれど、もしこの地下に閉じ込められていた少女が、身代わりのために連れてこられた罪のない者だったりしたら。
エヴシェンは深々とため息をつく。少女の身体を自分の上着で隠すと、そっと抱き上げた。
少女を近くの部屋に運びこみ、カレルを待つ。少しして、カレルがルカーシュを連れて駆けてきた。
「エヴシェン、患者がいると聞きましたが」
「かなり弱っている。少なくとも一ヶ月近く、何も食べていないんじゃないか」
ルカーシュは眉をひそめると、ソファーに横たえた少女に歩み寄る。その顔を見て、息を呑んだ。
「なっ……!? ヤロミーラ王女……!?」
「はぁっ!? なんでいるんだ!?」
ルカーシュの言葉にカレルもぎょっとして少女の顔を覗きこむ。そこには間違いなく、十日前に処刑した王女の顔があって、カレルの顔がみるみるうちに嫌悪にまみれていく。
「この女、なんで生きてんだよ!?」
「おちつけカレル。コレが本物の王女かどうかはまだ分からん。身代わりで用意されていただけの、可哀想な一般人かもしれん」
「それにしても、ここまで瓜二つは……」
カレルを宥めるエヴシェンに、ルカーシュもついぼやいてしまう。エヴシェンはパチンと指を鳴らした。
「ルカーシュ、真偽はコレから直接聞けばいい。そのためにもまずは回復させろ。この顔だしな。混乱を招かないためにも他言無用だ。カレル、回復して逃げ出されても困るから、あの尖塔で匿って信頼できる人間に見張らせてくれ」
「「了解」」
ルカーシュは暫定国王になったエヴシェンの右腕だけれど、元は腕のいい医者だ。彼に任せれば、とりあえずこの王女そっくりな少女が死ぬことはないだろう。
カレルは王族に人一倍強い恨みを持っている。少し不安は残るものの……少女が王女かどうかの真偽が分かるまでは、それ相応の対応ができるはずだ。
「俺は何か手がかりがないか、コレのいた隠し部屋を見てくるよ。あとは任せた」
「あ、おい! 一人で行くつもりなのか!?」
「護衛はいらないぞ。護衛より俺のほうが強いからな。あ、カンテラだけ借りていく」
ふふんと鼻を鳴らせば、カレルはどっと疲れたように肩を落とした。それを背に、エヴシェンは部屋をあとにする。言葉通りに、少女を見つけた隠し部屋へともう一度足を運ぶ。
地下に続く隠し階段はそのままになっていた。この短い時間で誰かが出入りした形跡もないので、おそらく地下にはあの少女一人だけがいたのだろうとエヴシェンは推測する。
警戒は怠らず、カレルから拝借したカンテラを掲げて地下へと降りていく。かつん、かつんと、靴底が階段を叩く音が大きく反響した。だんだんと腐臭のようなものが鼻をつき、不快に思ったエヴシェンは袖で鼻と口を覆う。
階段の先、行き止まりにはうっすらと開いた扉があった。少女はここから出てきたのだろうか。エヴシェンは扉を開く。部屋に踏み入ると、ちゃぷん、と足元から水を踏んだような音がした。
「床が濡れている……?」
どこから漏れた水だろうか。カンテラを翳して、目を瞠る。
「大きな水槽だな。割れているが……」
まるで中にいた生き物が硝子を割って飛び出したように、硝子が床に散らばっている。ここで大きな生き物を飼っていたのだろうか。
他に何かないかと、カンテラを翳して部屋の中を物色する。棚には色んな薬液や粉、動物の骨や、腐って溶けかけている鼠の死体など、怪しげなものがたくさん並んでいた。腐臭の原因はこれだろうか。
「不気味だな。前国王の趣味か?」
近くの机は不自然に何も置かれていない。さすがにメモのようなものは残していないらしい。部屋の奥へもう一歩踏み込むと、本がぎっちりと詰まった本棚を見つけた。歩み寄り、適当な本を一冊手に取ってみる。
「……なんだこれは」
エヴシェンの眉間に皺がよる。確かめるように二冊、三冊、と手に取って、四冊目の本をざっと読んだあと、部屋を眺めた。
「水、炭素……骨の山、腐った鼠……前国王は、人工的に人間を作ろうとしていたのか……!?」
自分の声と言葉に驚いて、エヴシェンは慌てて自分の口を抑える。それからもう一度だけ部屋の中を眺めて、天を仰いだ。
「……最悪だ」
前国王の残した負の遺産。
もしこれが本当であれば、あの王女に瓜二つな少女は――人造生命体に違いない。
さすがにエヴシェン一人で抱えたままにはしておけない内容だ。部屋に戻り、カレルとルカーシュの二人にも状況を説明した。二人は前国王の所業に苦い顔をしたけれど、王女そっくりな少女が人造生命体の可能性があると聞いてさらに微妙な顔になった。
ルカーシュに関してはあまりにもオカルトじみた話に「正気かコイツ?」と言いたげな顔になっていた。面と向かってはっきりと言わなかったものの、顔にはにじみ出ていたのが彼らしい。
そういうわけで、この王女に瓜二つな少女の処遇は、彼女がある程度話せるようになってからという話になったものの。
「うー……?」
「この見た目で話せないのか……」
少女を隔離した尖塔の部屋の中で、これは想定外だとエヴシェンも頭を抱えた。ルカーシュの報告で起き上がれるようになったと聞いたものの、王女に瓜二つな少女の知能はまるで言葉を覚えたての二歳児。これじゃあ会話なんてとうてい無理だ。
「王女がプライド捨てて演技してるとかないのかー?」
「それはないと思いますよ。排泄すらまともにできないので」
「おぉう……」
カレルの言葉をルカーシュがきっぱり否定する。さすがにあの尊厳だけ高かった王女が、そんなことを演技だからってできるわけがない。
想定外に想定外が重なって、さすがのエヴシェンもこの少女を持て余してしまう。
「この見た目で知能が赤子か……」
ヤロミーラ王女は御年十六歳だった。目の前にいる少女も身体だけでいえば十六歳くらい。知能が劣るとは言え、明らかに身代わりとして用意されたような存在だ。
「まぁ、あれだな。この子が人造生命体というのはちょっと現実じみてきたか?」
「あまりにも信じたくないですけどね……あの国王、不老不死だとかいって人体実験をさせていただけありますね」
「まじこの国終わってんな」
エヴシェンたち革命軍が立ち上がったのも、前国王にまつわる黒い噂が事実だったからこそ。あの国王は国民を使って怪しげな人体実験を繰り返し、果てには隣国に奴隷として売りつけたりなどもしていた。最初は罪人だけだったのが、いつしか貢ぎ物として無辜の民たちを受け取り実験を繰り返していたとか。
革命の時に人体実験施設や怪しげな隠し部屋はすべて改めたはずだが、あの隠し部屋だけ逃れていたらしい。
とはいえ、前国王の非道を並べ立てても、目の前の存在をどうするべきかの結論は出ない。
「どうするか……コレ」
「人造生命体の技術が本物なら、なにか医療分野に転化できるように色々と実験してみます?」
「却下。それじゃあ前国王と変わらない」
「この顔で出歩かせるのも問題だろ。ここに見張りつけとくのも無駄だし。さくっと殺しちまおーぜ」
「それも却下。何も知らない赤子を手にかけるのはもうこりごりだ」
革命の時、遺恨が残らないように、王族に連なるものはすべて処刑した。それこそ前国王のお手付きとなって里帰りしていた侍女の赤子まで探し出し、前国王の血筋を根絶やした。
「それでは蝙蝠と同じですよ」
「この顔、間違いなく王族の血か何かを入れてんだろ」
ルカーシュとカレルの批判にエヴシェンも苦笑い。これは二人の言い分が正しい。
エヴシェンはがしがしと自分の頭をかき混ぜると、深々と嘆息した。
「じゃあ、やるよ。あの断頭台で、もう犠牲は終わりだと思ったんだがな――」
エヴシェンは革命が終わってもずっと腰に佩いていた剣をすらりと抜いた。ルカーシュもカレルも動かない。英雄王と呼ばれる称号と引き換えに、汚れ仕事は全部、エヴシェンが引き受けたから。
「お前に命があるかは知らんが……恨むなら、あの世で、な」
そう言って、エヴシェンは剣を静かに横になぐ。
ことん、と王女に瓜二つな少女の首が力なく落ちた。
ひと仕事終えて、重くなった剣を鞘にしまおうとして、エヴシェンはぱちりと瞬く。
剣が、赤く、ない。
「……?」
「はっ? え、エヴシェン……!?」
「げ」
エヴシェンが訝しげに血のついていない剣を見ていると、ルカーシュのひっくり返ったような声とカレルの引きつった声が聞こえた。エヴシェンが剣から視線を離して、少女を見れば。
「……うそだろ……」
首を落とされた少女は、もぞもぞと動いている。まるで鶏が自分の頭を落とされたことに気がついていないかのような動き方に、エヴシェンも顔が引きつった。
三人が愕然としていると、少女は手探りで頭を見つけ、血の通わない切断面にぽんと頭を置いた。当然、切られた頭はすぐにこてりと落ちる。それが理解できないのか、何回も、何回も、少女は頭を置こうと試行錯誤していて。
「おい……ルカーシュ。人造生命体は首を落としても死なないのか」
「知りませんよ……私、別に、この手の研究者じゃないですし……」
「え、じゃあこいつ、どうやったら死ぬんだ……? 血流れてないなら、どうやって動いてるんだ……?」
カレルの問いかけに全員が黙りこむ。またぽとりと、拾ったばかりの少女の頭が床に転がった。
「……とりあえず、保留で」
エヴシェンの判断に、ルカーシュもカレルも無言で頷いた。
名前がないのも不便なので、少女のことは『ホム』と呼ぶことにした。
ころころ転がる首はルカーシュが縫いつけ、チョーカーをつけさせてその縫いあとを隠させた。相変わらず尖塔に隔離しているものの、忙しい政務の合間を縫って、エヴシェンはホムの様子を見に行った。
「ホム、どうだ。絵本は読めるようになったか」
「エヴ〜」
ホムはたいへん賢かった。何をするにしても、おおよそ一回で何事も覚える。簡単な言葉や文字を教えれば、十日ほどで五歳児なみに話せるようになった。
「エヴ、これー」
「お、なんだ」
「ねずみー」
ホムが紙に書いた鼠を見せてくれる。エヴは少し驚いた。
「よく描けたな。鼠なんてどこで見たんだ」
「ホムのいたとこ」
ご機嫌で絵を描き続けるホムに、エヴシェンは少し考えこむ。
(ホムは賢い。地下の隠し部屋で見た鼠を覚えていたくらいだ。この分だと、もしかして……)
ふっと息を吐き出し、エヴシェンはホムの頭をそっと撫でる。
「なぁ、ホム。もしかしてホムがいたところのこと、覚えているか」
「うん? うん。おぼえてる。お水のなか、いたの」
やっぱり。
エヴシェンはそのまま、ホムにその時の話を聞き出す。
「人がいたか? 何か話してることとか、覚えているか?」
「うーん……ホム、しっぱいさくって言っていた」
「失敗作?」
「ホムはばかだから、おーじょさま? には、なれないって。でもその人たち、来なくなった。ホム、さみしかったから、お水からでた。そしたらエヴがきた」
にぱー、とホムはエヴシェンに笑顔を見せる。
「ホム、エヴがきたからさみしくないね。うれしいねー」
ちくり、とエヴシェンの胸を針が刺した。
ホムもまた、前国王による犠牲者の一人だ。身代わりのために作られた人造生命体。人工物に心など宿るわけがないのに、寂しい、嬉しいという言葉が、エヴシェンの罪悪感を膨らませる。
(ホムは……生かすべき命だ)
王女と同じ顔だからと、その命を奪われるべきじゃない。生まれてきた彼女は生きる権利がある。
(ならば、俺が殺したあの赤子は)
前国王の血を引くからと摘み取った小さな命。たとえ望まない妊娠だったとしても、あの赤子の母だった侍女は最後までエヴシェンたちに抵抗した。
ホムとあの赤子。
どちらも本来は、生かすべき命だ。
「……駄目だな。ホム、俺はもうここにこないよ」
「エヴ……?」
「俺は革命の王だ。迷いがあってはならないからな」
「エヴ……ホム、さみしい」
まっすぐに言葉を伝えてくるホム。
エヴシェンはぽん、と彼女の頭を撫でてやる。
ホムはこの顔だ。王女と瓜二つな顔。彼女は二度とこの尖塔から出せない。たとえホムが寂しくても、エヴシェンには革命の責任者として成すべきことがたくさんある。その覇道にホムがいては邪魔なだけだ。
だからエヴシェンは、二度とこの尖塔に近づくまいと己に誓った。
近頃、国王となったエヴシェンにたくさんの縁談が舞い込むようになった。
「王政そのものを止めたいのに、なんで縁談なんか持ってくるのか」
「やっぱり誰しも責任は負いたくないんですよ。議会制にできたものの、議長には誰もなりたがりません」
執務机に積み上がっていく縁談の山。呆れたエヴシェンのぼやきに、ルカーシュが生真面目に答える。
「とはいえ、まだ少ないほうですよ。尖塔の姫君のせいで」
「あー、なー……」
尖塔に幽閉された少女の話はすでに知れ渡っている。エヴシェンが通っていたことや、毎日運ばれる食事など、人の口に戸は立てられなかった。あの尖塔に幽閉された少女が何者か、巷では噂になっているらしい。
「とある噂では、新国王は好きな女を王妃候補として幽閉しているやべぇ奴ってなっていますね」
「とんでもない国王もいたもんだな」
「あなたのことですよ」
「身に覚えがなさすぎる」
王妃候補を幽閉なんて発想はいったいどこから出てきたのか。出自不明な少女に尾ひれがつきすぎて、そんなとんでもないことになっているとは、さすがのエヴシェンも思っていなかった。
「で、どうするんです。彼女のこと。このままでは噂が加速していくだけですよ」
「放っておけ。ルカーシュも分かってるだろ。アイツは近いうちに……」
エヴシェンが歯切れ悪く言葉を区切ると同時、ドカドカと大きな足音を立ててカレルが執務室に突撃してきた。
「エヴシェン! ……陛下!」
カレルの取ってつけたような尊称に、ルカーシュが半眼になる。
「カレル、下の者に示しがつかないので、早く慣れてください」
「うるさいなルカーシュ! そんなことより、大変なんだよ! ホムが!」
ぴくりとエヴシェンの眉が跳ねる。カレルはエヴシェンの視線に気がつくと、駆け込んできた勢いのまま、彼に訴えた。
「ホムが、急激に老化しているんだ……!」
カレルの言葉に、エヴシェンは動じなかった。
ルカーシュもまた。
「……やっぱりな。ルカーシュ。今日の予定はすべてキャンセルしてくれ」
「まぁ、良いでしょう。革命王の最後のけじめでしょうし」
「は? なんで二人とも、そんなに落ち着いて……?」
「予想できていたからな」
エヴシェンもルカーシュも、ホムを保護したあと、あの地下室で行われていた研究について詳しく調査した。
前国王が求めていた不老不死の研究。
そしてホムを生み出した人造生命体の研究。
この二つの研究について調べたところ、ホムの生態についてある程度の予測が立った。
一、人造生命体の人体構造は生物というよりも、植物に近いこと。そのため、人間のように心臓を核にした血液循環はしていないし、胃などの消化器官も形だけであること。核がどこか不明だが、その核を壊すか養分摂取をやめない限りは、生命活動が止まらないだろうこと。
二、断片的な研究記録から、ホムが生まれたのは革命の火蓋が切られた頃だということ。卵子に人体構造を成す物質をくっつけていき、一ヶ月程度で今の年齢にまで達したこと。これにより、一日に一歳程度の加齢が進んでいくこと。
だからエヴシェンは待っていた。
ホムの……短くゆるやかな、死を。
「最後くらい、外に出してやれるかな」
エヴシェンはそう囁くと、足早に尖塔へと向かった。
尖塔のてっぺんにある部屋に入ると、老婆が静かに天井を見上げていた。
「ホム、久しぶりだな」
「エヴ……? エヴだぁ……」
老婆となったホムはエヴシェンの顔を見上げると、いつかのようににこりと微笑みかけた。しわくちゃの顔はもう王女の面影などなく、穏やかな老婆の笑みだけが浮かんでいる。
「もう……こないって……」
「ああ。今日は特別だ」
「そっかぁ……」
にへらと笑うホムに、エヴシェンも優しく微笑みかける。
「ホム。今日は特別だからな。外に出てみないか」
「そ、と……?」
「そうだ。この部屋の外。前に花を見てみたいと言っていただろう」
「わぁ……いきたぁい」
それなら、とエヴシェンはホムをそっと抱き上げた。枯れ木のように細い身体は、始めてエヴシェンがホムを抱き上げた時と同じくらい軽かった。この軽さが、ホムという少女の命の重さ。
エヴシェンは尖塔の階段をゆっくりと降り、尖塔の外へとホムを連れ出した。
太陽の眩しさ。空の青さ。なびく風。花、草、土の匂い。ホムが目を見開いて、にっこりする。
「わぁ、すてき〜」
「気に入ったか?」
「うん」
ホムを抱いたまま、エヴシェンは地面に座り込んだ。ホムはくすくす笑いながら、エヴシェンの胸にもたれて、さやさやと風にそよぐ草の動きをぼんやりと眺める。
「エヴ、ごめんねぇ」
「なんだ突然」
「ホムは、いないほうが良かったんでしょ」
ホムの言葉に、エヴシェンはゆっくりと瞬く。
「どうだろうな……ホムは、自分でそう思うのか」
「うん。だってホムは……ニンゲンじゃ、ないし」
「分かっていたのか」
「ん。ホムを作った人がいつもいってた。でもホム、言葉がちゃんと分かってなかったから……」
ホムは俯いた。そのつむじをじっとエヴシェンが見つめていると、かたかたとホムの身体が小刻みに震えて。
「だから、エヴ、会いにこなくなったんだって、思ってぇ……っ」
涙は流れない。――だってニンゲンじゃないから。
声を震わせて泣くホムに、エヴシェンはぽつりと呟く。
「……寂しい想いをさせたな。すまなかった」
「ん……! ほんと、だよ……でも、うれし……エヴ、さいご、会いに、きてくれたから……」
エヴシェンの静かな謝罪に、ホムはしわくちゃな顔で笑う。
それから二人はゆっくりと話をした。
ホムが、深い、深い眠りにつくまで。
ホムが眠る頃には空は満天の星となっていた。
エヴシェンは小さな老婆の身体を抱き上げる。
「ルカーシュ。一般墓地に埋葬を」
「かしこまりました」
「カレル。この尖塔は取り壊す。地下まで埋めろ」
「了解しました」
これで、本当の終わり。
この国の負の遺産はすべて、片付いた。
「ようやく、革命の時代は終わったな」
最後に残っていた大仕事にもけじめがついた。
これで、新しい時代に踏み出せる。
なのに、どうして。
「こんな虚しい気持ちに、なるんだろうな――」
エヴシェンの小さな呟きは、風に攫われて消えていく。
新しい時代のために失われていった命。
その中には間違いなく悪と断じるものもあったけれど、無辜なる命もたしかにあった。
その一つがまた一つ、消えていった。
(ホムはちゃんと命だったな)
たとえ悪に作られた命であっても、そこにある心は無垢なものだった。その命を自分の都合で見捨てたこと。それに後悔はないけれど――その罪は、一生エヴシェンを苛める。
それが、革命を成した英雄王の責務だから。




