雲狼鳴くとき
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
……ん、珍しいな。「うんろう」が鳴くとはな。
こー坊はまだ知らなんだか。そうめったに現れるものではないゆえな。はじめて聞くと、犬の鳴き声に似ていながら釣鐘を強く打ち鳴らしたような残響があって、いかにも妙な感じじゃろう。好き嫌いの分かれる声質でもある。
うんろうは、雲の狼と書く。こいつが鳴くときというのは、天候にまつわる急変が伝えられているときだ、とじいちゃんは昔から聞かされておった。
天気の変わりやすさといえば、山の上が知らされていよう。こいつは風が関係していて、山にぶつかった風は山を駆け上り、てっぺん近くで雲を作る。逆に風が上から吹き下ろしてくるなら雲はなくなり、晴れ模様となる。
さらにはのぼったり、下ったりと複雑な地形じゃからな。そこかしこで受ける影響に差が生まれるのは仕方のないことといえる。
じゃが風などの自然現象によらない、超自然的なものに関しては雲狼が反応し、警戒を促してくれるとされておる。おそらくは超自然を察する、自然の代表格として雲が選ばれ、名を冠されたのじゃろうな。
ちょうどいい。こー坊もこれを機に、雲狼に関する対策を学んでみんか。
先のような特徴的な雲狼の声を聞くことあらば、まず探るべきが風向きじゃ。
ただ肌に感じるものや、機械を用いたものを当てにしてはならぬ。自分のつばを含ませたものが求められる。
旗として使える棒と布切れの組み合わせが上等じゃが、難しければ棒のみ、それもダメなら自分の指をしゃぶってもいい。そうして四方へ向けて反応をさぐる。
わしらはちょうと飯を食っていたからな。割りばしをそのまま使わせてもらうとしよう。
念のために、いったんしゃぶり直して湿らせてから、あちらこちらへ向けてみい。
三時の方向で、間違いなさそうじゃな。
見るがいい。木の割りばしの先っちょが、炭酸に浸したかのごとく泡立っているじゃろう。よそへ向けてもこのようなことにならぬ。
雲狼の察知したものは、そちらの方角から来る。次はそちらへ「防ぎ」を作るのじゃ。
自分がいま身に着けているものが最上じゃが、このような屋内であるなら、薄い布団などでも構わんな。カーテンの裏側に取り付けておけ。ただし、またつばなりもつけておくのじゃぞ。
生きているものの、何かしらの体液が染みついていないと、十分な防ぎとはならん。
多少のずれはあるかもしれんからな。やや広めに防ぐ範囲は確保しておくぞ。先のものはあくまである程度の方向に過ぎないのでな。
――む、また雲狼が鳴くぞ。こー坊もよく聞くといい……。
分かったか? 先ほどはうなるような長さだったが、今度は短く断続的な吠えだったじゃろ?
いよいよ、そいつが迫っているということよ。あとはじっとして、我らの備えを見届けようぞ。
――来ると分かっているなら、逃げるなりしたほうが早いのでは?
気持ちはわかるがな。きゃつらは成果に飢えておるから、今更ヘタに動いて刺激するのは逆効果よ。
人間も、ここにお宝がうずまっていると知ったら、穴を掘るだろうが……どこでやめようと思う? お宝が見つかるまで、延々と掘りたい気持ちに駆られてしまうだろう。よほど自制のきく者でなくてはな。
だから、きゃつらにああしてワザと噛ませておく。そうすれば満足して、帰って行くという寸法よ。
見るがいい。取り付けておいた布たちの中央を。
濡れそぼっていきながら、まるで紙を水に浸したかのごとく、中央から穴が空いていくじゃろう。
おお、動くなよ。あいつら、耳は悪いからこうして話していてもたいした問題にならんが、動きには敏感ゆえな。こうして観察に徹しろ。穴がそれ以上広がらなくなるまでな。
よし、どうにか全部食い尽くされずに済んだようじゃ。とはいえ、こうもボロボロでは使い物にならんからな……あとでゴミの袋にでも入れておけ。
ああして防がんと、あいつらはこちらの服ごと肉に食らいついてくるでな。ああして穴を開けられるのは我らの身体だったかもしれん。
――雲狼はこちらの味方なのか?
さてな。昔の人が見つけた、こちらが利益になる点を我々は利用させてもらっているだけじゃ。ほんとのところは分からん。
あるいはこうして我々を生かすことで、自分がいい思いをするための手段なのやもしれんな。




