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Chapter 5: Roll and Action!

DMZ。


 その非武装地帯は、いつの間にか一つの村へと姿を変えていた。


 ユルト型のテントが会議施設を中心に、ゆるい円を描くように並び、その輪は荒れ果てた大地の上へとじわじわ広がっている。まるで、不毛の土地に植えられたくせに、しぶとく生き延びようとする生き物のようだった。


 そこでは人間と獣人が、特に気にする様子もなく行き交っている。


 新しい商機を嗅ぎつけた商人。

 あるいは、もっとささやかな目的――ただ生き延びるためにやってきた入植者たち。


 名目上は「誰のものでもない土地」だったが、ここでの暮らしは意外と悪くなかった。


 ムリカ人が水道管や公衆トイレなどの設備を整備したことで、生活水準は一気に「絶望的な難民キャンプ」から「機能する村」へと引き上げられたのだ。


 ここにいる多くの人々にとって、それだけで十分すぎるほどだった。


 子供たちは土ぼこりの舞う道を走り回り、笑いながら地面を蹴り上げている。


 彼らは人間の兵士も、魔族の兵士も怖がらなかった。


 どちらも――「優しい人たち」だったからだ。


 特に魔族は人気があった。


 見たこともないカラフルなお菓子を次々と配っていたからで、そのおかげで圧倒的な人気アドバンテージを得ていた。


 国境に駐在する外交官、ハンニャは、このDMZではちょっとした有名人だった。


 誰もが彼女を知っている。


 人懐っこい性格。

 明るい笑顔。

 そして、一度聞いた名前を忘れない癖。


 とりわけ、彼女にべったり懐いている子供が一人いた。


 リトル・ティミーという名の、狼の獣人の少年だ。


「ねえ、お姉さん」


 ティミーが尻尾をぶんぶん振りながら聞いた。


「今日は何持ってきたの?」


「ダメダメ」


 ハンニャはしゃがみ込み、彼の目線に合わせた。


「ちゃんとお願いして」


「おねがぁぁい、お姉ちゃぁん……」


 ティミーは慣れた調子で、語尾をわざと長く伸ばした。


 ハンニャはくすっと笑い、バッグの中に手を入れた。


 そして取り出したのは、包装紙に包まれたハンバーガーだった。


「わぁああっ!」


 ティミーは目を輝かせた。


「ハンバーガーだ! やったー!」


 二人はベンチに並んで座り、夕日が沈みかける空の下で包みを開いた。


「ねえ、お姉ちゃん……」


 ティミーは口いっぱいに頬張りながら言った。


「ぼくとママ、そっちの国に行けるかな?」


 ハンニャは一瞬、手を止めた。


「まだ分からないの、ティミー」


 彼女は優しく答えた。


「私の……上の人たちが、どうやってみんなを受け入れるか、まだ考えてるところなの」


「ほんと!?」


 ティミーの目がきらきらと輝く。


「わあ! ぼく、あの国に住みたい! お姉ちゃんたち、みんな優しいもん」


 彼は急いでハンバーガーを噛みしめながら、続けた。


「今まで、魔族は悪いやつだって言ってた人たち、みんなウソつきだったんだ」


 ハンニャは微笑んだ。


 だが、その笑顔は目までは届いていなかった。


「まあ……」


 ティミーは口をもぐもぐさせながら続ける。


「人間にも、いい人はいるけどね。レイヴンドーンの兵士とか。たまに一緒に遊んでくれたし」


 だが、そこで彼の耳がしゅんと垂れた。


「でも……ヴァンドリアの人たちは、悪い人」


 ハンニャは何も言わず、ただ話を聞いた。


「ぼくとママがヴァンドリアにいたときね」


 ティミーは小さな声で言った。


「ずっと逃げてたんだ。あの人たち、ぼくたちを奴隷にしようとしてたから」


 ハンニャは慎重に口を開いた。


「……それなら、どうしてレイヴンドーンに移らないの?」


「行こうとしたよ」


 ティミーは答えた。


「でも、あそこは食べ物が足りないんだ。だからママ、ここにぼくを連れてくるの」


 ハンニャの胸がぎゅっと締め付けられた。


 やがて太陽が完全に沈むころ、彼女は外交スタッフや兵士たちと一緒にハンヴィーへ乗り込んだ。


「じゃあね」


 彼女は窓から身を乗り出して言った。


「お姉ちゃん、もう基地に戻らないと。また明日ね、ティミー」


 ティミーは大きくうなずいた。


 ママへのお土産のハンバーガーの袋を、ぎゅっと抱きしめながら。


「ありがとう、お姉ちゃん」


 ハンヴィーがゆっくり走り出す。


 ハンニャは窓の外を見つめながら、ティミーの話のことを考えていた。


 そして突然、身を乗り出して叫んだ。


「ティミー!」


 少年が驚いて振り向く。


「明日、お姉ちゃんがお菓子持ってくるから!」


「それから――すっごい食べ物、ピザも!」


 ティミーの目が一瞬で輝いた。


「ほんと!? 約束!?」


「約束!!」


 夕焼けのあたたかな光の中で、二人は手を振り合った。


 満面の笑顔で。


---


リトル・ティミーのテント


「ママ! ママ! 見て!」


 リトル・ティミーはテントに飛び込んできた。勢い余って転びそうになりながら叫ぶ。


「お姉ちゃんがハンバーガーくれたんだ!」


「あら、ティミー……」


 母親はくすりと笑い、彼をぎゅっと抱きしめた。


「ありがとう、いい子ね」


 ティミーは腕の中でもぞもぞと身をよじらせた。嬉しさを抑えきれない様子だ。


「あ、それからね! お姉ちゃんのボスが、ぼくたちを国に入れてくれるように考えてるんだって!」


 母親は一瞬だけ固まった。


 だがすぐに、静かに息をついた。


「もし行けたら……素敵ね」


「でしょ!?」


 ティミーは目を輝かせた。


「きっとあそこ、ハンバーガーいっぱいあるよ! それにピザも!」


 母親は首をかしげた。


「ピザってなに?」


「わかんない!」


 ティミーは楽しそうに言った。


「でも、お姉ちゃんがすごくおいしい食べ物だって言ってた! 明日持ってきてくれるんだって!」


 母親は微笑みながら、彼の毛並みを優しく撫でた。


 その夜は、静かに過ぎていった。


 小さなテントの中で、二人は食べ物を分け合い、笑い合った。


 柔らかく、無防備な笑い声。


 ほんの数時間だけ、外の世界など存在しないかのようだった。


 ――そして、夜明け前。


 リトル・ティミーが眠っていると、誰かに揺さぶられた。


「ティミー……起きて。起きて」


「ママ……?」


 彼はうっすら目を開けた。


「どうしたの?」


 答えが返る前に、聞こえてきた。


 悲鳴。怒号。燃える音。


 完全に目が覚めたとき、テントの中は外の光でオレンジ色に染まっていた。


「ティミー」


 母親は震える声でささやいた。


「隠れなさい」


 彼女はティミーをベッドへ引きずり、下へ押し込むと、毛布や袋、がらくたを慌てて積み上げて入口を隠した。


「絶対に音を立てちゃダメよ」


 そうささやいた瞬間――


 テントの入口が蹴り開けられた。


 重たいブーツの音が中へ踏み込んでくる。


 隠れ場所から、リトル・ティミーはそっと外を覗いた。


 兵士は、古代ローマのような鎧を着ていた。


 ところどころ黒く染みている。それは錆ではなかった。


「死ね、この下等な獣人め!」


「やめて! お願い、助けて!」母親が叫んだ。


 剣が振り下ろされた。


 血がテントの中に飛び散る。


 もう一度。


 さらにもう一度。


 ティミーは手で口を押さえた。


 体が震え止まらない。


 母親が倒れたのを見ても、剣は止まらなかった。


 彼女が動かなくなってからも、斬撃は続いた。


「ハハハハハ!」


 ヴァンドリアの兵士は狂ったように笑いながら、死体を何度も切り刻んだ。


 外では、まだ悲鳴が響いている。


 同じ光景が、DMZのあちこちで繰り返されていた。


---


DMZから4マイル


 数時間後、太陽が昇った。


 ハンヴィーの車列が、村へ向かう道を走っていた。

 そのうちの一台の車内で、ハンニャは背筋を伸ばして座っている。膝の上には、慎重に積み上げられたピザの箱。


 彼女は笑顔だった。


「ずいぶん多いですね、ピザ」


 運転手が箱をちらりと見ながら言った。


「そうなの」


 ハンニャは明るく答える。


「小さい子と約束したの。私、その子のお姉ちゃんだから」


 無線がザーッと音を立てた。


「10-33、10-33。DMZから煙を視認」


「了解」


 運転手の声が一瞬で引き締まる。


「警戒しながら前進する」


 ハンニャは窓の外へ顔を向けた。


 遠くの空へ、黒い煙が立ち上っている。


 胸の奥が、きつく締め付けられた。


---


DMZ


 DMZは、もう存在していなかった。


 かつて粗末ながらも村だった場所は、今や廃墟の原だった。

 テントは灰となって崩れ落ち、骨組みは黒く歪んでいる。まだ燃えているものもあり、半分焼け落ちた布を炎が弱々しく舐めていた。


 そこら中に、死体が転がっている。


 人間。

 獣人。

 そして、平和維持のためにここへ駐留していた魔族の兵士たちまで。


 ムリカ軍のレンジャー部隊が、瓦礫の中を密集隊形で進んでいた。

 ブーツが破片と焦げた地面を踏み砕く。

 銃を構え、鋭く周囲を警戒している。


 その数メートル後ろを、ハンニャが歩いていた。

 意図的に、安全な距離を保たされている。


 彼女の体は震えていた。


 崩れたテントの角の向こうから、笑い声が響いた。


 甲高く、残酷な笑い声。


 ヴァンドリア兵の一団が輪になって立っていた。

 地面に倒れ込んだ、血まみれのレイヴンドーン兵を取り囲んでいる。


「接触、二時方向」


 一人のレンジャーが小声で通信機にささやいた。


 ヴァンドリア兵は、まったく気づいていない。


「この獣人好きのクズめ」


 一人が嘲笑した。


「連中と一緒に地獄へ行け」


 別の兵士が剣を持ち上げ、斬りつける構えを取る。


 ――ラタタタタタタタタタタッ!!


 世界が、銃声で弾けた。


 一人のヴァンドリア兵の頭が跳ね上がる。

 弾丸が頭蓋を貫き、血が四方へ飛び散った。


 残りの兵士たちも、同じ瞬間に倒れた。

 弾丸が鎧と肉を引き裂き、体が激しく痙攣する。


 叫ぶ暇すらなかった。


 全員、即死。


 そして、再び静寂が戻る。


 ヴァンドリア兵たちは動かない。


 レンジャーたちは前進し、唯一生き残っていたレイヴンドーン兵を囲んだ。

 彼は震えすぎて、まともに座ることすらできない。


「お前」


 一人のレンジャーが低く言った。


「ここで何が起きた?」


「か……彼らが……」


 兵士は唾を飲み込み、声を震わせた。


「魔族の兵士と……民間人を殺せと命令したんです」


 息が詰まる。


「俺は……拒否した。だから……殺されそうになった」


「彼らって誰だ?」


「ヴァンドリア軍です……」


 彼は弱々しく言った。


「本隊は……もう出発しました……」


ハンニャは、それを聞いた。


 その瞬間、彼女の中で何かが切れた。


「ティミー!」


 ハンニャは叫び、レンジャーたちを押しのけて廃墟の中へ走り出した。


「ティミー!」


「マム! 危険です!」


 レンジャー隊長が叫ぶ。


 だが、彼女は止まらない。


 走り続ける。

 声は割れ、息のたびに恐怖がこぼれ落ちる。


「ティミー! ティミー! どこなの!?」


 しばらくの間、聞こえるのは燃え残る炎のパチパチという音だけだった。


 ――そのとき。


「……お姉……ちゃん……」


 ハンニャは凍りついた。


 音のした方へ振り向く。


 死体の山の下から、小さな手が震えながら伸びていた。

 弱々しく、空を掴もうとしている。


 彼女は走った。


 リトル・ティミーは、血にまみれて地面に横たわっていた。


「ティミー! 大丈夫、すぐ助けを呼ぶから! 絶対に助かる!」


 ハンニャは彼の隣に膝をついた。

 手が震えている。


「……お姉……ちゃん……」


「だめ、話さないで! 体力を使っちゃだめ、お願い……」


 涙が顔を流れ落ちる。


「ここに医療班を呼んで!」


 近づいてくるレンジャーたちへ、彼女は叫んだ。


 ティミーは、小さく微笑んだ。


「……ピザ……持ってきて……くれた……?」


 ハンニャは必死にうなずいた。


「持ってきたわ。たくさん種類があるの。お菓子もいっぱい」


 ティミーの呼吸が浅くなる。

 小さな体から力が抜けていく。


「お姉ちゃん……最高……」


 彼の手が、彼女の手から滑り落ちた。


 目の光が消える。


「ティミー……いや……いや……」


 ハンニャは彼を抱きしめた。

 動かない体を、強く抱きしめる。


 そして空へ向かって叫んだ。


「どうしてええええええええええええええええ!!」


「カーーーット! カットだ! クソが!」


 メガホン越しの怒鳴り声が、絶叫をかき消した。


「誰だそんな叫び方しろって言ったのは!?」


 太った悪魔が監督用の椅子から飛び上がり、怒鳴り散らす。


「控えめにって言っただろ! 抑えた、胸を引き裂くような泣き声だ! オペラじゃねえんだよ!」


「ご、ごめんなさぁぁい!」


 ハンニャは即座にしゅんとなった。


「休憩だ!」


 太った悪魔が怒鳴る。


 張り詰めていた空気が、一気に抜けた。


 撮影スタッフたちは安堵の息をつく。


 「ハンニャ」はふっと揺らぎ、本来のサキュバス女優の姿へ戻った。

 周囲では「死体」だった者たちが次々と起き上がり、伸びをしたりあくびをしたりしながら、気軽にサキュバスやインキュバスの姿へ変わっていく。


 「リトル・ティミー」も地面から立ち上がり、木箱に寄りかかった。


 彼はタバコを一本くわえる。


 付き人兼娼婦の女が、無言でライターを差し出した。


 近くでは、本物のハンニャが太った監督の横に立っていた。


 その監督――ベルフェゴールは、どさっと椅子に座り直す。


「ベルフェゴールさん」


 ハンニャは慎重に尋ねた。


「一つ聞いてもいいですか?」


「ん?」


 彼は鼻を鳴らす。


「何だ」


「なんで私をこんな泣き虫お姉ちゃんキャラにしてるんですか?」


 ベルフェゴールは舌打ちした。


「チッ。お役所連中は芸術が分かってねえな」


 彼は吐き捨てる。


「これは“キャラクター成長”ってやつだ」


 公式には文化大臣という肩書きを持っているベルフェゴールだったが、実際のところ彼の時間のほとんどは役所の外で自作の「文化作品」を作ることに費やされていた。


 かつてソロが文句を言ったことがある。


 そのときのベルフェゴールの返事は単純だった。


「悪魔には文化がない。だから俺が作ってる」


 ソロは即座に言い返せなくなった。


「ところで」


 ベルフェゴールは顎をこすりながら言う。


「お前の役所、本当にこれを海外に流す気なのか? 人間どもテレビなんて持ってねえだろ」


「マナ通信クリスタルという物があります」


 ハンニャが答えた。


「仕組みはほとんど同じです」


「解像度が良いことを祈るぜ」


 ベルフェゴールはぼやく。


 そこへ係員が近づき、ハンニャに封筒を渡した。


「郵便です」


 彼女は封を開け、中の写真をぱらぱらとめくった。


「ベルフェゴールさん。アスモデウスさんの部署からです」


「ヴァンドリア軍の写真みたいですね」


「どれどれ……」


 ベルフェゴールは身を乗り出し、写真を覗き込んだ。


「……は?」


「……はぁ!?」


「なんだこれぇぇぇぇ!?」

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