Chapter 21: PR (Part 2)
タルヴァリス各国
ムリカ外務局は、休む間もなく働き続けていた。
記録映像を、あらゆる王国へ届けるために。
受け取りたがる国へも。
そして――受け取りたがらない国へも。
王宮。
貴族の邸宅。
戦争評議会。
軍司令部。
タルヴァリス各地で、投影クリスタルが次々と起動した。
そして――人々は見た。
DMZ村で起きた惨劇を。
それは、羊皮紙の報告書に書かれた文字ではなかった。
誰かの主観的な証言でもなかった。
映像だった。
動く記録として、誰にも否定できない形で。
略奪。
強姦。
虐殺。
整った報告書の文章ではない。
政治的配慮で丸められた表現でもない。
そのまま。
鮮明に。
容赦なく。
ある王宮では、貴族たちが思わず顔を背けた。
別の場所では、侍従が慌てて洗面器を持って駆け寄った。嘔吐する貴族のために。
将軍たちは拳を握り締めた。
王妃は口元を覆った。
評議会の席では、人々の肩が震えていた。
恐怖ではない。
怒りだった。
そして、次の場面が映し出された。
死んだ人間の子供の遺体のそばで、ムリカ兵の女性が崩れ落ちる。
小さな遺体を抱きしめ、声を上げて泣いていた。
(※この場面は、ベルフィーの強い要望により、プロの役者へ差し替えられている)
兵士の肩は震えていた。
声は途切れ途切れで、嗚咽に満ちていた。
その悲しみは、演技とは思えないほど生々しかった。
タルヴァリス各地で、観客たちが小さく鼻をすする音が広がる。
人知れず涙を拭う者もいた。
誰にも見られていないと思った瞬間に。
そして――
アイビーが現れた。
血にまみれ、怯えながら、それでも必死に生き延びようとしている一人の人間の少女。
玉座の間でも。
評議会の部屋でも。
人々の間で、ささやきが生まれた。
どうか無事でいてくれ、と。
そして――
ムリカ兵が現れた瞬間。
銃声が襲撃者を切り裂いた瞬間。
兵士たちが、自分たちの体で少女を守った瞬間。
投影を見ていた者の中には、思わず歓声を上げた者までいた。
やがて。
人間の少女――アイビー・エララが、ムリカの医療施設で無事に保護されている映像が映る。
歓声は、静けさへと変わった。
彼女の顔は青白い。
声は震えていた。
「私の家族は……ただの農民でした……」
「ヴァンドリアの圧政から逃げて……」
「魔族たちは……私たちを受け入れてくれて……食べ物をくれて……住む場所をくれて……」
少女は震えながら言った。
「その数か月間は……私たちにとって……一番幸せな時間でした……」
唇が震える。
「でも……ヴァンドリアが来て……」
「父と母を殺して……私も……もう少しで……」
彼女は言葉を詰まらせた。
「……ムリカの人たちが来てくれなかったら……」
「ひっ……ぐす……」
「うわああああぁぁ……」
看護師役の女優が優しく彼女を抱き寄せる中、少女は完全に泣き崩れた。
その光景は――
タルヴァリスの観客すべてに、物理的な衝撃のように突き刺さった。
誰も口を開かない。
誰も「これは宣伝だ」と切り捨てようとしない。
効果は――絶大だった。
―――
セレステ神聖帝国 天上宮殿
セレステの王族たちも、この記録映像を見ていた。
貴族たちは絹のハンカチで、上品に目元を押さえる。
カトリーヌ王妃は、涙を隠そうとすらしなかった。
グレゴリー王は少し横を向き、王冠を直すふりをしながら、手の甲で目元を拭った。
映像が流れ続ける間――
大広間は静まり返っていた。
そして。
次の瞬間。
投影の中に、ピエール公爵の姿が現れる。
彼の声が、傲慢さを隠そうともせず、堂々と響き渡った。
「降伏しろ!」
「さもなくば我が軍が国境を蹂躙する!」
「覚えておけ!」
「我らは、どんな魔族よりも――」
「遥かに恐ろしい存在になるぞ!!」
反応は――
一瞬だった。
宮殿の空気が、まるで腐り始めたかのように硬直した。
息を呑む音が、波のように広間へ広がる。セレステの貴族たちは互いに顔を寄せ、怒りを押し殺した声でささやき合った。
やがて映像が終わり――
再び、クリスタルの中にソロの姿が映し出された。
「各国の指導者の皆さま。ご覧の通り……この悲劇を始めたのは、私たちではありません」
彼の声は、終始落ち着いていた。
「私たちはただ、平和と調和を望んでいただけです」
ほんの一瞬、言葉を切る。
「しかしヴァンドリアは、それを弱さと見たようです。そしてそれを利用しようとした。侵略し、私たちを奴隷にするために」
「私たちは侵略に対抗し、撃退しました。この映像技術がなければ、私たちが無実であることを証明することすらできなかったかもしれません」
彼は再び間を置いた。
「ですから……少しでも私たちを理解していただけたなら幸いです」
「そして、外交チャンネルを開き、さらに話を聞いていただければと思います」
「ありがとうございました」
投影が消える。
クリスタルの光が、ゆっくりと暗くなった。
その瞬間――
議論が爆発した。
声が重なり合う。
意見がぶつかる。
怒号が飛び交う。
混乱が渦巻く中――
だが、不思議なことに。
一つの結論だけは、驚くほどの速さで、そして満場一致に近い形で固まっていた。
ヴァンドリアはクソ野郎の集まりだ。
その少し離れた場所で。
召喚された勇者――ソラ・ノブユキは、聖女イザベルの隣に静かに立っていた。
イザベルは明らかに動揺していた。両手を胸の前で強く握りしめ、呼吸は浅い。
それは、このムリカの映像を見た多くの者と同じだった。
騎士たちも。
貴族たちも。
宮廷官僚たちも。
誰一人として、あの映像に心の準備ができていなかった。
だが――
ソラの表情だけは、少し違っていた。
固い。
不自然なほどに。
まるで、巨大なパニックを無理やり小さな箱に押し込めているような静けさだった。
(何が起きてるんだ……?)
(どうして魔族が、地球の技術を使ってる?)
(いや……それよりも――)
(なんで魔族が悪役じゃないんだ?)
胸の奥が締めつけられる。
(このままだと……)
(俺は、勇者として必要なのか?)
(それとも――)
(不要になるのか?)
(役立たずに……?)
(……クソ)
思考がさらに深く沈み込む前に――
ドン。
ドン。
ドン。
「静粛! 静粛!」
コルヴァス枢機卿が、杖を大理石の床へ叩きつけた。
鋭い反響が、刃のように広間を切り裂く。
ざわめきは一瞬で消えた。
誰一人として、この男の忍耐を試そうとは思わなかった。
皇帝の権威すら時に凌ぐ――その男の。
コルヴァスは立っていた。
白と青の法衣は、松明の光を受けて輝いている。完璧に整えられ、冷徹な威厳をまとっていた。
その背後には、聖騎士団が整然と並んでいる。
微動だにせず。
声もなく。
まるで信仰と鋼から彫り出された彫像のように。
「理解している」
コルヴァスは静かに口を開いた。その声は広間の隅々まで響いた。
「この……“映像記録”が前例のないものであることは」
彼はわずかに間を置く。
「だが忘れてはならない」
その視線が宮廷全体をゆっくりと掃いた。
「これは――魔族自身が我々に提示したものだ」
「彼らの嘘に、そう簡単に惑わされてはならん」
宮廷の一人の役人が、ためらいながら口を開いた。
「し、しかし……枢機卿様。我々の密偵も、映像とほぼ同じ出来事を報告しております。詳細も……一致しています」
広間に、不安げなざわめきが再び広がった。
ドン。
「静粛だ!!」
コルヴァスの怒声が広間に轟いた。
先ほどよりも、さらに大きく反響する。
「そうだ」
彼は鋭く続けた。
「確かに、多少の真実は混ざっているかもしれん」
「だからこそ、嘘は強力なのだ」
その瞳には、揺るぎない確信が燃えていた。
「欺瞞の化身である魔族は――それをよく知っている」
彼は玉座の方へ向き直る。
「陛下も、私と同じ懸念をお持ちだと信じております」
皇帝は唾を飲み込んだ。指が肘掛けを強く握りしめる。
「そ、そうだ……もちろんだ」
「我々は魔族を簡単に信用してはならない」
コルヴァスは満足げに頷いた。
そして振り向く。
その視線が――ソラへ突き刺さった。
「さて……異世界の勇者よ。そなたの意見はどうだ?」
ソラの体が硬直する。
突然の注目で、思考の渦から引き戻された。
心臓が激しく鼓動する。
だが、その不安の奥には――
別の感情があった。
安堵だ。
ようやく、誰かが言うべきことを言ってくれた。
「この世界の魔族については、まだ詳しく知りません」
ソラは落ち着いた声で言った。
「ですが、俺の世界では――魔族は真実を歪めて、自分たちの邪悪な目的のために利用します」
コルヴァスの唇が、わずかに細い笑みを描いた。
「なるほど」
「我らの勇者も、そう言っている」
彼は再び玉座の方へ視線を向ける。
「そして、我らの王も同意しておられる」
再び宮廷へ向き直る。
「それで十分だ」
パチン。
指が鳴る。
一人の聖騎士が前へ出た。
迷いは一切ない。
騎士は台座の上からiPodを持ち上げると、そのまま立ち去ろうとした。
宮廷官僚の許可も。
顧問の承認も。
そして――皇帝自身の許可すら待たずに。
「この悪魔の道具は、聖堂へ持ち帰り封印する」
コルヴァスは宣言した。
「どのような腐敗の影響を持つか、まだ分からんからな」
彼は歩き出した。
だが、ソラの前で立ち止まる。
「勇者よ」
コルヴァスは低く言った。その瞳は鋭い。
「覚えておけ」
彼は背筋を伸ばした。
「力をつけろ。できるだけ早く」
そして声をさらに落とす。
「魔族はすでに――人間の血の味を覚えた」
「必ず、もっと欲しがるだろう」
―――
ヴァンドリア王国首都 ヴァンス市
「うええ……血を飲んで肉を生で食べるとか……気持ち悪い。オエッ」
「だよねー。だから私、ああいう下っ端とは絶対付き合わないって決めてるの」
都市広場を見下ろす教会の鐘楼の中。
二人のサキュバスが、床に伏せるように寝転んでいた。
短髪のメーガンは双眼鏡を目に当て、ゆっくりと下の通りを観察している。
長い髪のジャネットは、MK22スナイパーライフルのストックに頬を押し当て、照準を絞首台へ固定していた。
ヴァンドリアの首都は、彼女たちの足元に広がっている。
その景色は、まるで十九世紀パリを豪華に模倣した都市のようだった。
装飾的な石造りの建物。
派手なバルコニー。
そして、何層もの華美な衣装に身を包み、やたらと口紅を塗った貴族たち。
だが――
今日は様子が違った。
都市広場は人で溢れている。
新しく建てられた絞首台とギロチンの周囲を、市民の海が取り囲んでいた。
興奮が、空気そのものを震わせていた。
「友達が言ってたけどさ、CDCが今めちゃくちゃ大騒ぎしてるらしいよ」
メーガンはあくびを噛み殺しながら言った。
「例の感染症のせいで、ここ数週間ずっと残業してるんだって」
彼女は双眼鏡を少し下げた。
「はぁ……ホームシックだわ。任務が終わったら早く帰りたい」
「心配しないで」
ジャネットは落ち着いた声で答え、スコープを微調整する。
「今日が終われば帰れるわ」
「もう、私たちよりメイク濃い男を見る必要もないしね」
その瞬間。
メーガンの体がピクリと固まった。
「――あっ、ジャネット! 来た!」
絞首台の向かい側には、王族のための高い観覧台が設けられていた。
まず、アルフォンス王とコレット王妃が席に着く。
続いて、皇太子ボー。
そして貴族派の指導者――ルイ公爵が姿を見せた。
王は眉をひそめ、周囲を見回す。
「アドリアン王子とアラン王子はどこだ?」
執事は深く頭を下げた。額には汗が滲んでいる。
「大変申し訳ございません、陛下。第二王子殿下と第三王子殿下は、まだ到着しておりません」
「チッ」
皇太子が舌打ちする。
「どうせ昨日の夜、また飲みすぎて騒いでたんだろ」
王族が全員席に着くと、司会役の男が前へ出た。
その背後では――
処刑囚たちが絞首台へと連れて来られる。
一人の女性。
一人の若い男。
そして――幼い少年。
「ヴァンドリアの善良なる市民諸君!」
司会者の声が、魔法によって広場全体へ響き渡る。
「王命により、この罪人たちは――ピエール公爵の家族である!」
群衆が身を乗り出した。
「ピエール公爵は、国王の許可なく権力を乱用し――」
「無謀にも隣国へ違法な侵攻を行った罪に問われている!」
司会者は大げさに指を突き出す。
「略奪のため!」
「富を蓄えるため!」
「己と家族の欲望を満たすためだ!」
広場が爆発した。
「ブゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」




