Chapter 2: New Face of the Demon Kingdom
大魔門。
「おい……あいつら、本気だと思うか?」
「……さあな。だが、どうにも全部おかしすぎる」
「まあ戦争がないなら嬉しいけどさ。それでもヴァンドリアから家族を呼び戻す気にはなれないな」
「同感だ。うちの妻なんて、女神様が“魔族から逃げるチャンスをくれてるのに、残るなんて馬鹿だ”って毎日文句言ってくる」
「私語はやめろ。もうすぐ来るぞ」
ルクシウスが鋭く言い放った。
二人の兵士は即座に口を閉じた。
魔族軍との奇妙な遭遇から、すでに二週間が経っていた。
二週間。
待ち続け、見張り続け、そして――あまり深く考えないよう必死に努めた二週間だった。
なにしろ魔族の公爵が現れ、平然と和平を宣言し、そのまま……帰ってしまったのだ。
人類連合軍は依然として大魔門の前に駐屯している。
魔族軍も約束通り門の向こうへ退いた。だが、完全に去ったわけではない。巨大な門の向こう側には、今でもその姿が見えていた。
ただ立っている。
ただ見ている。
そして、微動だにしない。
両軍のちょうど中間地点には、一つの建物が建っていた。
四角い。
そして――やけに現代的だった。
それだけでも十分おかしい。
だが、さらに異常なのは、その建物がたった一日で建てられたことだった。
一日。
本当に、一日で。
建設を行ったのはゴブリンやオーク、そして様々な魔族たちだった。
奇妙な道具を使い、轟音を上げる鉄の乗り物を操り、金属の怪物のような巨大な機械を動かしていた。それらは悲鳴のような音を立て、ガタガタと震え、まるで拷問されている獣のように唸り続けていた。
その作業速度は、不気味だった。
だがそれ以上に恐ろしかったのは――その正確さだった。
ルクシウスと将校たちは、建設の全工程を黙って見守るしかなかった。
理解できなかったからだ。
異なる魔族種族が協力して働いている。
喧嘩もない。
怒鳴り声もない。
流血もない。
彼らは滑らかな壁を作り上げた。
角はまっすぐに整えられ、床は均一に仕上げられていた。
それを――
一日で。
不気味、という言葉では足りなかった。
「来るぞ」
先に聞こえたのは音だった。
咆哮でも、遠吠えでもない。
まるで空気そのものが何度も叩かれ、「ちゃんとしろ」と言い聞かされているような音だった。
何かが空から飛んでくる。
地獄トンボ――
いや、それよりも大きい。
もっと騒がしく、もっと凶暴そうな何かだった。
バタバタバタバタバタ
その機械は空から降下し、風と砂埃を巻き上げながら地面に降り立った。
ルクシウスは腕で顔を覆った。着地の衝撃で地面が震え、靴底を通して振動が伝わってくる。
扉が開いた。
中から現れたのはレヴィアタンだった。
その後ろには一人の女性魔族。
さらにその周囲を、魔族兵の分隊が護衛していた。彼らは整然とした動きで配置につき、その規律正しさが妙に腹立たしかった。
「ご機嫌よう、ルクシウス皇太子」
レヴィアタンは穏やかな声で言った。礼儀正しく、そしてこの場の緊張などまるで意に介していないかのようだった。
「和平会談に応じてくださり感謝します。中で続きを行いましょうか?」
「……挨拶を返そう、魔族公爵レヴィアタン」
ルクシウスは硬い声で答えた。
「その通りだ。だが、その前に……」
彼はレヴィアタンの背後にある機械を指し示した。
「その……空飛ぶ物体の名を教えてもらえないか?」
「ああ」
レヴィアタンはにこやかに答えた。
「これは輸送用の乗り物で、ヘリコプターと呼ばれています。この機体の型式名はブラックホークです」
「ブラックホーク……」
ルクシウスはその名を繰り返した。
「見た目と同じくらい、不吉な名だな」
建物の中に入った瞬間、人類側の使節団は静かに圧倒されていた。
すべてが――見慣れているようで、どこかおかしい。
光は水晶や炎から来ているわけではなかった。天井に埋め込まれた光る球体や、細長い筒のようなものから放たれている。明るいのに、不思議と目に優しい。
室内の空気はひんやりとして安定していた。壁に取り付けられた奇妙な箱が冷たい風を吹き出しているからだ。外では荒れ地が太陽に焼かれているというのに。
机は広かった。
だが、妙に薄い。
作りも完璧すぎた。反りもない。端の歪みもない。
そして――椅子。
椅子には車輪がついていた。
ルクシウスはそれをしばらく見つめた。
(なぜタルヴァリスで、椅子に車輪を付ける必要がある?)
それでも……。
実際に座ってみて、ほとんど力を入れずに位置を調整できたとき――その快適さを認めざるを得ない自分が、少しだけ嫌だった。
「さて」
レヴィアタンが席に着きながら言った。
「会談を始める前に、改めて自己紹介をさせてください」
彼は机の上で手をきれいに組んだ。
「私の名はレヴィアタン。魔族公爵の一人として知られているかもしれませんが、現在の正式な役職は、ムリカ合衆王国の外務大臣です」
「そして私はハンニャ」
女性魔族が滑らかな声で続け、洗練された所作で一礼した。
「ムリカ外務省の外交官です」
ルクシウスは軽く咳払いをし、背筋を伸ばした。
「私はルクシウス。レイヴンドーン王国の皇太子であり、父であるルクストル王の代理としてここに来ている。こちらが私の随行団だ」
彼は順番に手で示した。
「グレゴール。レイヴンドーンの大魔導士。
アントニオ。セレス教会の大司教。
ピエール公爵。ヴァンドリア王国、ドーン州の総督」
レヴィアタンとハンニャは礼儀正しく紹介を聞いていた。
だが――
その視線がアントニオ大司教に向いた瞬間。
ほんの一瞬だけ。
彼らの目が鋭くなった。
焦点が合う。
まるで……獲物を見るように。
アントニオの背筋を、冷たいものが這い上がった。
しかし次の瞬間、二人の魔族はまばたきを一つすると、何事もなかったかのように整った外交官の姿勢へ戻っていた。
「改めて」
レヴィアタンが穏やかに言った。
「この会談に応じてくださったことに感謝します。先に申し上げた通り、ムリカ合衆王国は和平を望んでいます。我々の過去の関係を考えれば、この提案が……受け入れがたいものであることは理解しています」
「我々の民を食い殺すことを“関係”と呼ぶのか?」
アントニオ大司教が鋭く言い返した。
レヴィアタンは首をかしげた。
「違うのですか?」
彼は本気で不思議そうに言った。
「違うのですか?」
その後に訪れた沈黙は、重かった。
アントニオが爆発する前に、ハンニャが一歩前に出た。
「まずは、何が変わったのかをご覧いただいた方が建設的だと思います」
彼女は落ち着いた声で言った。
「そのために、映像をご用意しました。記録された動く映像を表示する装置です」
彼女は小さな装置のボタンを押した。
すると――
部屋が一瞬で暗くなった。
人類側の使節団は一斉に身構えた。手が杖や聖印、武器へと伸びる。
壁に設置された巨大な黒い板が、突然光り始めた。
「おお……」
グレゴールがささやいた。
「なんとも奇妙な形の水晶だ」
その画面が、突然動き出した。
空では嵐雲が激しく渦巻き。
火山が噴火し。
溶岩の川が荒れ果てた大地を切り裂いて流れている。
その風景は、敵意に満ち、容赦がなかった。
そして――
落ち着いた声が部屋に響いた。
どこか奇妙に荘厳で、まるで世界を解説する語り部のような声だった。
「むかしむかし、遠い遠い地に――魔族の王国がありました」
画面の中で、ゆったりとした語りが続く。
「そこは自然が容赦を知らぬ土地。言ってしまえば、この星でもっとも生きづらい場所の一つでしょう」
映像が次々と切り替わる。
肉食植物が獲物に噛みつき。
巨大な魔獣が岩を砕きながら突進し。
火山が噴火し、溶岩が地域ごと飲み込んでいく。
「この過酷な大地には、六百以上の種族、千三百以上の部族、そして数え切れないほどの言語が存在していました」
荒れ狂う戦場の映像。
燃え上がる集落。
互いに争う魔族たち。
「千年もの間、部族間戦争は王国を蝕み続けました。そこに生きるには――あまりにも厳しい時代でした……」
映像を見つめながら、レヴィアタンの目が潤んだ。
彼はそっと顔に手を当て、何度も瞬きをする。
ハンニャは無言でハンカチを取り出し、すっと差し出した。
レヴィアタンはそれを受け取り、目元を押さえた。
「争いが唯一止んだ瞬間は、“大脱走”の時でした」
ナレーションが続く。
「人間側では“魔族侵攻”と呼ばれています」
人類側の代表団の空気が、ぴんと張り詰めた。
「本能に導かれるように、魔族の人口は北へと流れ込みました。そして必然的に――非魔族の隣人たちと衝突することになります」
誰も言葉を発しない。
ただ画面を見つめていた。
「しかし――百三十年前」
画面がふっと暗転した。
そして。
「……大脱走は、起こりませんでした」
ナレーションが静かに再開される。
「混乱の中で、魔王ルシファーは一人のオークと出会います」
画面には、粗い絵が映し出された。
魔王の前に立つオーク。
「その名は――ソロモン」
「ただのオーク……」
語りが続く。
「しかし、彼は一つの考えを持っていました」
間。
「それは、これまでどの魔族も想像したことのないもの」
そして――
「平和で、統一された国家」
部屋の中で一斉に息を呑む音が上がった。
映像の中で、ルシファーの姿が変わる。
咆哮する王ではない。
話を聞く王だった。
「ルシファーはその理想を受け入れました」
映像が高速で変わる。
「共通言語が作られ」
「部族間の争いは崩壊し」
「商業が発展し」
「科学と技術が広まり」
「都市が建設され」
「教育と福祉は国家の優先事項となりました」
画面に数字が表示される。
「現在、識字率は――98.2%」
「なっ……!?」
グレゴールが思わず声を上げた。
「そ、それは……つまり……」
「すべての魔族が?」
「ゴブリンやオークまで……読み書きができるのか!?」
「当然です」
ハンニャが淡々と答えた。
「ムリカでは、学問的成果の追求はすべての市民に奨励されています」
少し間を置いて。
「オークの人々も、ゴブリンの人々も含めて」
その瞬間。
ピエール公爵が勢いよく立ち上がった。
「が、学者だと!?」
彼は叫んだ。
「お前たちのゴブリンが……うちの息子より頭がいいと言うのか!?」
ハンニャはわずかに首を傾げた。
「申し訳ありませんが、あなたの息子についてのデータはありません」
彼女は落ち着いた声で答える。
「ですがムリカでは、ゴブリンが医師、裁判官、その他の知的職業に就いている例は珍しくありません」
ピエール公爵の顔色が真っ青になった。
今にも気絶しそうだった。
「ピエール公爵、座りなさい」
アントニオ大司教が鋭く言った。
「私は続きを聞きたい」
ハンニャは再びリモコンを押した。
映像が再開する。
地獄のような風景が変わっていく。
村が広がり、町になり。
町が都市へと変わる。
石の建物は鋼鉄へと変わり。
木製の荷車はトラックへと置き換わる。
道はどこまでも伸び。
摩天楼が空を突き刺し。
高速道路が大地を縦横に走る。
飛行機が空を轟音とともに飛び交う。
あまりの変化の速さに、眩暈がしそうだった。
「そして七十年前」
ナレーターの声が続く。
「魔族王国は正式に民主国家へと移行しました」
「その名は――」
「ムリカ合衆魔族王国」
「新しい目的と、新しい国家の姿を得た民主魔族国家は」
「今、タルヴァリス世界との平和的共存を求めています」
画面がゆっくりと暗転した。
そして――
ドーン!!
突然、壮大なオーケストラ音楽がスピーカーから爆発した。
どこか宇宙戦争を思わせる、あまりにも英雄的な旋律だった。
人類代表団はほぼ椅子から飛び上がった。
画面に文字がゆっくりと上へ流れていく。
Written and Directed by Belphegor
「ぐっ……!」
レヴィアタンが変な声を上げた。
彼は慌ててリモコンに飛びつき、電源ボタンを叩きつける。
音楽は途中でぶつりと止まった。
「今のは何だ!?」
彼は小声で怒鳴った。
「これは外交用の映像だぞ!」
ハンニャは静かに眼鏡を直した。
「ベルフェゴール卿が仰っていました」
淡々と説明する。
「自分の作品が魔族以外の観客に上映されるのは初めてなので、見逃されるわけにはいかない、と」
「……あの怠惰め」
レヴィアタンは低く呟いた。
照明が再び点いた。
人類側の使節団は、まだ固まったままだった。
まるで――何か別のものがまた爆発するのを待っているかのように。
「さて」
レヴィアタンが姿勢を正し、完全に外交官の声に戻って言った。
「今の映像で説明した通り、我々はタルヴァリスのすべての民と、平和で友好的な関係を築きたいと考えています」
彼は一瞬だけ言葉を切った。
「そしてもちろん――」
軽く肩をすくめる。
「今回は、人を食べる関係抜きで、ですが」
こんにちは、Bimbananaです。
私の作品を読んでいただき、本当にありがとうございます。
もし翻訳の質が悪かったり、読みにくい部分があれば、ぜひ教えてください。
できるだけ修正して、もっと楽しんでいただけるようにしたいと思います。
本当にありがとうございます!




