Chapter 18: A Sea Battle? (Part 2)
ムリカ第一艦隊
月明かりの下、第一艦隊は慌ただしく動いていた。
HMSバハムートの甲板から、MH-60シーホークが次々と離陸していく。回転翼が夜気を切り裂きながら、海軍SEAL隊員たちをそれぞれの目標地点へと運んでいく。
その下では、別のSEAL隊員たちがRHIBへと乗り込んでいた。エンジンは低く唸るだけで、ほとんど音を立てないまま、黒い海面へと滑り出していく。
作戦の一部始終を、セトゥス艦長は無言で見つめていた。
その表情は固い。
もはや、誰一人として笑ってはいなかった。
「艦長」
一人の士官が報告する。
「SEALチーム・ワンからエイトまで、全員出撃しました。目標到達予定時刻は〇一〇〇です」
「よし」
士官は一瞬、言葉をためらった。
「……発言の許可をいただけますか、艦長」
「なんだ、少尉」
「兵たちの中で……妙な噂が広がっています」
「噂?」
「提督の私室から……泣き声が聞こえる、と」
セトゥス艦長は、ゆっくりと視線を甲板から逸らした。
「……責められるか、少尉?」
「……いいえ、艦長」
―――
ヴァンドリア艦隊 — 夜明け
チン。
チンチンチンチンチンチンチンチン。
朝は、非常警鐘の激しい音とともに始まった。
ロレンツォ提督は寝間着のまま甲板へと飛び出した。周囲では、水兵と戦闘魔導士たちが慌ただしく駆け回っている。
「敵襲か!?」
彼は怒鳴った。
「い、いえ……敵影は確認できません」
「では何が問題だ!?」
報告に来た士官が、唾を飲み込む。
「艦が……艦が消えました、提督」
「……何だと?」
「我が艦隊のフリゲート艦が、すべて消失しました」
震える声で艦長が続ける。
「まるで……突然、消えてしまったかのように」
ロレンツォは一歩前に出て、海を見渡した。
艦隊が――
明らかに減っていた。
残っているのは、主力の戦列艦のみ。
上空では、アヴィアンの見張りたちが必死に旋回しながら海域を偵察している。
数時間後。
動揺を隠しきれないまま、ロレンツォ提督は残存艦を密集隊形に整列させ、本国からの指示を待った。
王と顧問団からの返答は、驚くほど早かった。
作戦を続行せよ。
失われたのはフリゲートのみ。
海上優勢は依然としてこちらにある。
チン。
チンチンチンチンチンチン。
再び、見張り鐘が鳴り響いた。
全員の視線が、一斉に空へ向く。
「右舷前方! 敵艦発見!!」
見張りが叫んだ。
ロレンツォは魔導望遠鏡を持ち上げた。
長年の航海経験により、彼は距離も大きさも数秒で判断できる。
「まさか……」
彼は呟く。
「縞模様に五芒星の旗……」
血の気が引いた。
「悪魔どもに海軍までできたのか? しかも……あの艦は何だ。あまりにも巨大だ」
「鉄製です、提督!」
艦長が慌てて報告する。
「帆がありません! ドワーフの蒸気艦に似ていますが……煙が見えません!」
「戦闘配置だ」
ロレンツォは短く命じた。
「アイアイサー! 戦闘配置! 全艦、戦闘配置!!」
艦長が怒鳴る。
「接近中! ヘル・ドラゴンフライ四機!!」
見張りが絶叫した。
「バリスタを準備しろ!」
艦長が叫ぶ。
甲板は一瞬で混乱に包まれた。
水兵と魔導士たちが艦首の魔導バリスタへと駆け寄る。射手たちは迫りくる影を追尾し、砲撃魔導士たちは爆裂魔法の詠唱準備に入った。
空から接近してくるのは――
AH-1Zヴァイパー攻撃ヘリ二機。
そしてUH-1Yヴェノム輸送ヘリ二機。
しかし。
四機は、ある距離でぴたりと停止した。
ちょうど――バリスタの射程外。
そのうちのヴェノム二機の側面には、巨大なスピーカーが取り付けられていた。
――そのとき。
キィィィィィィィィィィィンッ。
「うわああああああ!! 悪魔が音波攻撃をしてきたぞ!!」
「バリスタだ!」艦長が怒鳴った。「撃ち落とせ!!」
「無理です、艦長!! 射程外です!!」
甲高い音は、ふっと止んだ。
トン。トン。
「アー……テスト、ワンツー。テスト、ワンツー」
今度は、妙に陽気な女性の声がスピーカーから流れてきた。
「あー、ごめんなさい。ちょっと確認でした。えーっと、こちらはムリカ合衆魔王国海軍でーす」
ルサルカの明るい声が海上に響いた。
「そちらは現在、ムリカ領海に不法侵入しています!」
ヴァンドリア艦隊の甲板に、困惑のざわめきが広がる。
「ヴァンドリア艦隊に告ぐ! 直ちにすべての行動を停止し、降伏せよ! 繰り返す! 行動を停止し、降伏せよ! 従わない場合、こちらは武力を行使する!」
ルサルカは、やけに丁寧な声で続けた。
「降伏する場合は、白旗を掲げてください! 制限時間は一時間です!」
ロレンツォ提督と艦長は、ただ互いの顔を見つめ合うしかなかった。
「あー……」
スピーカーの向こうで、ルサルカがため息をついた。
「まあ、そんな簡単に降伏するわけないですよね」
声の調子が、少し鋭くなる。
「いいですか、クソ野郎ども。あんたらの侵略軍、昨日もう全部こっちで壊滅させました」
甲板の上で、士官の一人が呟いた。
「我が軍が……? だから連絡が取れなかったのか……?」
「それとね」
ルサルカは、楽しそうに続ける。
「昨日の戦いで、あんたらの戦争能力は全部分析済みです」
少し間が空いた。
「はっきり言って、うちの相手になりません」
再び、短い沈黙。
「ところでさ。艦、何隻か足りなくない?」
ルサルカが軽い調子で言った。
「左舷のほう、見てみてください」
艦隊が一斉に振り向く。
水平線の向こうから、ゆっくりと姿を現したのは――
消えたはずのフリゲート艦隊だった。
四隻のムリカ駆逐艦に曳航されながら。
まるで、巨大な鉄の母鳥の後ろをついていく四十隻の木造アヒルのように、整然と並んでいる。
「かわいいでしょ?」
ルサルカが笑う。
「乗っ取るの、すっごく簡単でした。あー……じゃなかった。鹵獲でしたね」
少し間が空く。
「でも、まだ理解できてないみたいだから――ちょっとデモンストレーションしましょうか」
スピーカー越しに、彼女が楽しそうに言った。
「さてと……あなたたちの一番大きい船、一隻壊しますね」
「……」
「うーん……どれにしようかなー」
歌うような声。
「どれにしようかなー……」
そして。
「あっ、後ろのやつ!」
士官が震える声で言った。
「提督……あれ、コンカラー号です」
ルサルカの声が続く。
「左端の船、見えます? あれ、駆逐艦って言います」
「よーく見てくださいね」
ヒュォォォォォォォッ。
左端のムリカ駆逐艦から、一本の光が空へと飛び出した。
「今、あなたたちに向かって飛んでいくのは、トマホーク・ミサイルって言います」
ルサルカは、やけに丁寧に説明した。
「射程は、だいたい二千五百キロです」
「敵攻撃接近!!」
ヴァンドリアの水兵たちが叫ぶ。
「防御配置!!」
砲門が回転する。
魔導士たちが結界を展開する。
風魔法が唸りを上げ、艦は必死に進路を変えようとした。
だが――
ドゴォォォォォォォォンッ!!!
コンカラー号は、眩い火球の中で消えた。
魔法障壁は一瞬で破壊された。
衝撃波が周囲の艦船を襲い、帆を引き裂き、甲板の人間を吹き飛ばす。
コンカラー号の乗組員は――
一人も生き残らなかった。
「提督!! コンカラー号、消滅しました!!」
「あれ?」
ルサルカの声が、わざとらしく驚いた。
「何かしようとしてました?」
くすくす笑う声。
「あー、ダメダメ」
「うちのミサイルはね、速くて、正確で、すごくよく壊れるんです」
そして彼女は、さらりと言った。
「それに――何百発も持ってきてますし」
ロレンツォ提督の手が震えていた。
「……どうやって……」
彼はかすれた声で呟いた。
「どうやってあんなことができる……」
「奴ら……我々から何マイルも離れているのに……」
「では、もう一つだけデモをお見せしましょう」
ルサルカの明るい声が、再びスピーカーから流れた。
「右端のヘリを見てください。えーっと……あなたたちがヘル・ドラゴンフライって呼んでる、あの空飛ぶやつです」
彼女は軽く咳払いをする。
「これから、ビューンって飛んで――そのあと、もう一隻の船がドーンってなります」
ヴァイパーが発射した。
ヒュオォォォッ。
二発のAGM-114ヘルファイアミサイルが、艦隊の先頭にいた一二四門戦列艦へと一直線に飛んでいく。
艦の魔導士たちは即座に反応した。
空中に、きらめく魔法障壁が展開される。
しかし――
一発目のミサイルが、その障壁に直撃した。
バキィィィン!
障壁は粉砕された。
そして。
道が開いたところへ、二発目が突っ込む。
ドォォォォォン!!
ドォォォォォン!!
一二四門戦列艦は巨大な火球に包まれ、船体が真っ二つに裂けた。
ゆっくりと、海へ沈み始める。
「グローリー号が沈む!!」
見張りが絶叫した。
「そうでーす」
ルサルカが気軽に付け加える。
「うち、あなたたちの船を沈める方法、いろいろ持ってるんですよね」
海では、生き残った水兵たちが必死に浮かぶ破片へしがみついていた。
だが――
水面の下で、黒い影が動く。
「な、何かいるぞ!」
漂流者の一人が叫んだ。
「あっ!」
ルサルカが楽しそうな声を上げた。
「そういえば知ってました? 魔王国の海域って、危険生物だらけなんです」
少し間を置いて、彼女は付け加える。
「特に――デーモンシャークとか」
海面が激しく泡立つ。
群れをなしたデーモンシャークが、水面に姿を現した。
普通のサメの二倍の大きさ。
真っ黒な体。
六つの目。
そして、三枚の背びれ。
「ぎゃああああ!! 助けてくれ!! ああああああ!!」
「うわあああああああ!!」
海上に悲鳴が響く。
「あーあ」
ルサルカが、わざとらしく甘い声で言った。
「かわいそうな水兵さんたち。子供たち残して、サメのオヤツになっちゃいましたね」
彼女は鼻をすすったふりをする。
「ごめんね、子供たち。パパはもう今夜、帰らないよ。しくしく」
ヴァンドリアの船から、必死にロープが投げられる。
だが――
デーモンシャークは速すぎた。
数分後。
悲鳴は完全に消えた。
海は、ゆっくりと赤く染まっていく。
「はい」
ルサルカが明るく言った。
「というわけで、プレゼン終了です」
次の瞬間、声の調子が冷たく変わる。
「じゃあクソ野郎ども。今すぐ降伏すれば、部下の命は助かる」
「あなたたちは殺しません。約束します」
「制限時間は一時間」
ヘリコプターは旋回し、ゆっくりと遠ざかっていった。
ローター音が、次第に小さくなっていく。
ヴァンドリア艦隊は――
凍りついたように動けなかった。
怒り。
屈辱。
そして信じられないという感情が、提督の胸を焼いていた。
「……こ、これは……」
ロレンツォが震える声で呟く。
「この屈辱……」
―――
その数分後
ヴァンドリア艦隊
薄暗い作戦室の中で、ロレンツォ提督は黙って座っていた。
与えられた一時間の猶予を使い、艦長たちは激しく議論を交わしている。
「奴らの攻撃力は本物だ」
一人の艦長が言った。
「それは否定できない」
「だが、奴らの言葉をすべて信じるわけにはいかない」
別の艦長が反論する。
「必ずどこかに嘘が混じっているはずだ」
「それでも、我々のほうが数では勝っている」
三人目が言う。
「四十隻対十一隻……いや、フリゲートを曳航している四隻を除けば、実質七隻だ」
「もしかしたら、全部ハッタリかもしれない」
誰かが小さく言った。
「“トマホーク”を何百発も持っている、というのも嘘では?」
「それなら、フリゲートを破壊せず、わざわざ破壊工作にした理由も説明できる」
「……だが、ならばなぜ鹵獲した?」
疑問は、堂々巡りを続ける。
一つの答えが出るたびに――
新しい疑問が、二つ増えていくのだった。
やがて――
ロレンツォ提督がゆっくりと立ち上がった。
その瞬間、作戦室はぴたりと静まり返る。
先ほどまで激しく議論していた艦長たちも、言葉を止めた。
提督の視線が、部屋の中をゆっくりと巡る。
長年海を渡り歩いてきた歴戦の男たち。だが今は、まるで自分たちに都合の悪い定理を必死に否定しようとする学者のように議論していた。
「諸君」
ロレンツォは落ち着いた声で言った。
「この戦争は、もはや悪魔を征服するための戦争ではない」
言葉が部屋に沈むのを待つ。
「我々は今日、もっと恐ろしい事実を知った」
彼は両手をテーブルに置いた。
「奴らは船を持っている」
静かな声だった。
「海を越える船だ」
「そして――」
「我々の大陸のどの海岸にも侵攻できる船だ」
提督は小さく息を吐く。
「しかも我々は、それを自分たちで招き入れた」
「この戦争を始めたことでな」
重い沈黙が落ちた。
艦長たちは全員、その意味を理解していた。
王国の傲慢は、ただスズメバチの巣を突いただけではない。
その巣が――
海を渡れることを発見してしまったのだ。
「だが」
ロレンツォは続けた。
「我々の任務は変わらない」
「祖国の海岸に近づく脅威を止めることだ」
彼ははっきりと言い切る。
「ゆえに――ここで奴らの海軍を止める」
艦長たちの背筋が伸びた。
混乱していた空気に、再び軍人の規律が戻ってくる。
「私は、カカ艦長の仮説に賭ける」
ロレンツォは言った。
「奴らの見せたものはすべて、手の込んだハッタリだ」
彼は周囲を見渡す。
「悪魔が慈悲深いなど、聞いたことがあるか?」
誰も答えない。
「もし奴らに我々を完全に殲滅する力があるなら」
「とっくにやっている」
艦長の一人が慎重に言った。
「……つまり、奴らのブラフに乗る、と?」
「そうだ」
ロレンツォは即答した。
「数で押す」
「艦隊は散開隊形で突撃する」
「白昼なら、奴らの夜襲の奇襲は再現できない」
別の艦長が口を挟んだ。
「ですが提督。距離が遠すぎます。しかも奴らの兵器は我々より遥かに射程が長い」
「だからこそ」
ロレンツォは迷いなく言う。
「距離を一気に詰める」
「すべての魔導士を、防御配置から外す」
数人の艦長が固まった。
「彼らには風魔法を連続詠唱させる」
「帆を最大まで膨らませ、船を限界速度で走らせる」
「マストが折れる危険があっても構わん」
一人の艦長がゆっくりと言った。
「提督……それでは我々は」
「魔法防御なしで戦うことになります」
「そうだ」
ロレンツォは短く答えた。
「速度だけが我々の希望だ」
そして彼は、苦い息を吐いた。
「それに――」
「我々の魔導士の盾など」
静かな声で言う。
「奴らの火力の前では無意味だ」
提督は、一人ずつ艦長の目を見る。
「諸君」
「私は嘘はつかない」
作戦室の空気が張り詰める。
「我々の多くは死ぬだろう」
「いや――」
「おそらく全員だ」
誰も言葉を発しなかった。
「だが」
ロレンツォは続ける。
「奴らの船を数隻でも沈めることができれば」
「我が王国の未来は、少しだけ良くなる」
慎重で。
経験豊富で。
部下に慕われている提督。
そのロレンツォが――
死を口にするのは、本当に他に選択肢がない時だけだった。
それで十分だった。
艦長たちは一斉に立ち上がる。
そして敬礼した。
「提督! あなたの指揮下で戦えたことを誇りに思います!」
ロレンツォは静かにうなずいた。
「誇りに思うのは――」
「こちらの方だ」




